妖からの守り方

垣崎 奏

文字の大きさ
上 下
91 / 120
第二篇

5.緑翠の嫉妬※

しおりを挟む
 
 緑翠の慶事で止まっていた商談が、一度に動き始めた。先日の例外は別としても、数件の身請け話が進んでいる。最高級館としては、並行で交渉に入るのは稀だ。

 今回の身請け商談は、黄玉宮の下位芸者に向けられたもので、おそらくこの男は、ニンゲンの匂いも黄玉宮に来るたびに感じていただろう。その好奇心を商談時に解決しようと、口に出し盛り込んできた。黄玉宮の三階の座敷にしか上がったことがないのなら、翠月の姿をまともに見るのも今回が初めてだろう。身請け商談など何度も経験しているが、緑翠が感じる緊張は普段と異なっていた。

 身請けと送り出しが成立すれば、ひとりの芸者を育て見届けたことになり、夜光からの箔に磨きがかかる。最高級館である深碧館が、借金で芸者や働き手を縛り付けていないからこその、身請け率の高さだ。他の廓なら、借金の返済が終わるまで身請けできないし、それでも身請けしたければ御客が借金を肩替わりするしかない。

 翠月に同席を頼むと、緑翠の見立て通り断らなかった。「その場にいた方が有利に進むなら、同席します」と応えた。

(断ってくれた方が…、いや、内儀としては断らないのが正解か)

 商談の場で問題を起こす御客はいないと信じたいし、見世とは異なり、翠月に何かあっても緑翠が隣にいる状況だ。御客とふたりきりにさせなければ、緑翠が対応できると、少しでも安心できる要素を探した。

 何せ、身請け商談なのだ。楼主としては身請けされれば売上が大きく立つし、その分座敷に空きができ、下位芸者の見世が盛り上がる。最高級館の御客はその辺りの事情も知っている分、商談では緑翠が下手に出ることも多い。

 御客が求めたのであれば、楼主としてできる限り従いたいが、翠月の了承を得た後も直前まで悩んだ。見世を求められるだろうと予想はしていたし、翠月にも話して心構えをさせた。内儀として立ち会うことは間違っていないが、翠月はニンゲンだ。下位芸者の身請けで、ニンゲンに興味本位で近寄ってみたいと言う妖も多い中、そこまで手の内を明かす必要はあるだろうか。

(むしろ上位の身請けなら体裁を気にして、ニンゲンへの興味を表に出さない、か…)


 *


 翠月は基本的に、緑翠と商談相手が話しているのを聞いているだけだったが、芸者として、黄玉宮の座敷でたくさんの御客から褒められた楽や舞を求められ、応えた。

 それが、緑翠の目には綺麗に映らなかった。緑翠の前で、別の男の目が翠月に向いているからだ。翠月の楽や舞は、黄玉宮の淡雪や星羅に匹敵するほどになっているだろう。緑翠が翠月を内儀にするのも納得させられるほど、妖を魅了するのは間違いない。

 星羅や淡雪も、多少の危機感は持っているだろう。天月のように、翠月が一番手に昇る実力があることを感じ取っているはずだが、緑翠が翠月をこれ以上目立たせたくないのを、ふたりは知っている。

 翠月の、儚い小柄な体型。普段は隠れている、肘から手首の白く滑らかな素肌。うっとりとした眼差し。当然、音や振りを間違えることはない。

 他の男がどのような目をして眺めているのかが見えてしまうと、緑翠は冷静でいられない。内儀として公表しているからこそ、商談の場に翠月は同席しているし、他の妖に盗られることなど絶対にあり得ないと、分かってはいるのだが。


 *****


 寝間に戻ってきた緑翠の気が、立っていた。日記を閉じる間もなく身体の自由を奪われ、唇を寄せられ、舌が早急に絡んでくる。商談に翠月が同席した後の緑翠は、だいたいいつもこうだ。発情期がないと言いながらも、一度翠月と床に入ってからは、触れるだけではなく求められることが一段と増えた。

「あっ…、ん、んんっ」

 翠月よりもはるかに逞しく力の強い腕に抱き込まれ、頭を大きな手のひらに預けているだけでも、息が乱れる。口が離れたかと思えば頭を肩に押し付けられ、痛いほどに抱き締められた後、力は緩んだ。翠月が、緑翠の首に手を回す。それを合図に、緑翠が翠月の背中にある帯を解いていく。

 翠月の着物を暴けば即押し倒され、緑翠の舌と手による全身の愛撫が始まるが、今日は違うらしい。ひたすら抱き締められ、翠月の肩に緑翠が顔を埋めていた。「緑翠さま?」と声をかけると、そのまま話し始めた。息が当たって、くすぐったい。

「少し、匂いを嗅いでいた。慣れすぎて、翠のものが漂うことに違和感がなさすぎる」
「んあっ」

 首元にあった舌が、そのまま翠月の肌を舐め、耳に到達する。形を確認するようにゆっくりと舌が這い、その孔を吸われる。反対側は緑翠の親指が撫でていて、翠月は頭を動かせなかった。

「ん…、んんっ」
「……」

 背中を支えられ、寝かされる。緑翠は着物を脱ぎ、身に着けた石を背中へと回して、翠月の足を伸ばし揃えてから、這うように身体を乗せる。気遣われていたのも初めのうちだけで、今では断りもなく体重を預けてくる。この重さが、翠月は好きだった。翠月を守ってくれる、緑翠の重さを直に感じられる。

 口を奪われている間に、緑翠の手は翠月の胸へ向かう。軽く撫でていたと思えば、急に頂きを摘まれた。

「んんっ!」

(つよい…っ)

 いつもならもっと焦らして、くすぐったさで翠月が身体を捻るようになるまで、直接感じるところには触れない。今日の緑翠は焦っているようにも思う。何か、理由がある。

 すぐに、そんなことを考える余裕はなくなった。緑翠が、素肌に触れて翠月を翻弄していく。まだまだ若く、成熟していく途中にある翠月の身体は、緑翠の愛撫に素直に反応する。

「あっ、ああっ、ん…」
「果ててもいい」
「ん…、あ、ん、んああっ!」

 両方を一度に摘まれ、翠月は身体を反ったが、上には緑翠がいる。より密着を深めただけで、快感を逃し切ることはできない。

 ぶるぶると震える身体に、さらに舌の刺激が加わる。乳首を指で弄られただけで果ててしまったのに、舐められてしまえばもう、翠月の頭は真っ白だった。足を上げ緑翠の腰に絡め、胸にある頭に手を回し、嬌声を上げるだけだ。

 不意に、這っていた舌と手が止まった。

「……りょくすい、さま?」
「商談は深碧館の要だから、同席させているが…、翠は誘惑が上手すぎる」
「え…?」
「あんな姿、他の男に見られたくない」
「え、…え? ……さま?」

 緑翠と目が合った。あえて、懐かしい呼び方をしたから、顔を上げてくれたのだろう。

「ふっ…、自分でも可笑しいとは思う。発情期もなく過ごしてきたのに、翠相手だと触れたくなる。翠の座敷に上がるのは、上客中の上客にしたいと願ってしまうし、俺にはそれができてしまう。これが星羅の言う嫉妬なのだろうな」
「え?」
「翠の楽も舞も書も床も、俺だけのものになればいい」
「私は芸者ですよ?」
「分かっている。そうさせたのは俺だ。楽しんでいるようで何より。ただし、相手をするのは今も昔も上客だけだ。滅多に姿を見せないことで価値は上がる。商売としても間違っていない」

 緑翠は、翠月と目を合わせたまま、利き手の中指と薬指を舐める。何をされるのか分かった翠月は、緑翠の腰に絡めていた足を解いた。おそらく、そんな準備をせずとも竿を受け入れられるほどに、とっくに濡れているはずだ。

「……待ち遠しいか」
「うん……、んあ、ああっ…」

 割れ目をなぞり蕾をかすめた後、一本ではなく、二本突き立てられているのは、その圧迫感で分かる。弱いところを知っている緑翠は、あっという間に翠月を高めてしまう。

「何故、回を重ねる度に柔らかくなる?」
「んえ、んっ、なに…?」
「翠の中、熱くて…、まとわりついて離さない」

 果てる直前の翠月から、指が抜かれる。いつもなら、もっともっと解され溶かされ、いよいよという頃にはもうぐったりと力が入らないのに。

 そんなことを思っていた翠月は、身体を離した緑翠が翠月の足を抱え、その竿を入口に宛てがったのに気付いた。

(もう? 入るとは思うけど、でもそれって)

「っんあああ、ん、まってっ、まってっ……っ、んああっ、ああっ!」
「っ…、すまない」

 ゆっくり挿れられないことを、いつも謝られるから、もちろん翠月はその想定をしたが、それ以上だった。一気に奥まで到達し、そのままぐりぐりと押し付けるように腰を回してくる。身体ががくがくと、翠月の意志に関係なく震えてしまう。

 腕で翠月の足を抱えた緑翠は、手で蕾にも触れている。翠月はもう、緑翠の方を見ることはできなかった。顎が反るのを止められない。

「あっ、あっ、も、んん、ああ!!」
「ん……」

 大きく身体が跳ねる翠月だが、緑翠によって抑え込まれる。息を整えようとするも、緑翠に腰を掴まれ、本格的な律動を開始されては、もう何もできない。

 くるくると体位を変えながら、何度も果てさせられるのが常だ。翠月は嫌ではないし、むしろ気持ちいいと伝えるのに、緑翠は毎度満足感と後悔が入り混じるらしい。翌日の翠月が、下腹部痛と腰痛で起き上がれなくなるから。


 *****


 当然のようにひとつの布団へ誘うと、緑翠の腕の中に翠月が収まる。ひとりで眠るよりもずっと癒されると分かってからは、共寝をする・しないに関わらず、毎晩この姿勢で目を閉じる。

 緑翠は翠月よりも早く起きるため、布団から抜け出す際には気を遣う。起こしてしまっても、翠月にとっては早すぎる起床でまどろんでいる。そのぼんやりした顔を少々眺め楽しんだ後、布団を掛け直し拍子を取ってやると、また夢の世界へと戻っていく。

(今の翠は、どんな夢を見ているのだろうな…、幸せなものだと良いが)
しおりを挟む
お読みくださいましてありがとうございます
    ☆読了送信フォーム
選択式です!気軽な感想お待ちしております!

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

処理中です...