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第二篇
5.緑翠の嫉妬※
しおりを挟む緑翠の慶事で止まっていた商談が、一度に動き始めた。先日の例外は別としても、数件の身請け話が進んでいる。最高級館としては、並行で交渉に入るのは稀だ。
今回の身請け商談は、黄玉宮の下位芸者に向けられたもので、おそらくこの男は、ニンゲンの匂いも黄玉宮に来るたびに感じていただろう。その好奇心を商談時に解決しようと、口に出し盛り込んできた。黄玉宮の三階の座敷にしか上がったことがないのなら、翠月の姿をまともに見るのも今回が初めてだろう。身請け商談など何度も経験しているが、緑翠が感じる緊張は普段と異なっていた。
身請けと送り出しが成立すれば、ひとりの芸者を育て見届けたことになり、夜光からの箔に磨きがかかる。最高級館である深碧館が、借金で芸者や働き手を縛り付けていないからこその、身請け率の高さだ。他の廓なら、借金の返済が終わるまで身請けできないし、それでも身請けしたければ御客が借金を肩替わりするしかない。
翠月に同席を頼むと、緑翠の見立て通り断らなかった。「その場にいた方が有利に進むなら、同席します」と応えた。
(断ってくれた方が…、いや、内儀としては断らないのが正解か)
商談の場で問題を起こす御客はいないと信じたいし、見世とは異なり、翠月に何かあっても緑翠が隣にいる状況だ。御客とふたりきりにさせなければ、緑翠が対応できると、少しでも安心できる要素を探した。
何せ、身請け商談なのだ。楼主としては身請けされれば売上が大きく立つし、その分座敷に空きができ、下位芸者の見世が盛り上がる。最高級館の御客はその辺りの事情も知っている分、商談では緑翠が下手に出ることも多い。
御客が求めたのであれば、楼主としてできる限り従いたいが、翠月の了承を得た後も直前まで悩んだ。見世を求められるだろうと予想はしていたし、翠月にも話して心構えをさせた。内儀として立ち会うことは間違っていないが、翠月はニンゲンだ。下位芸者の身請けで、ニンゲンに興味本位で近寄ってみたいと言う妖も多い中、そこまで手の内を明かす必要はあるだろうか。
(むしろ上位の身請けなら体裁を気にして、ニンゲンへの興味を表に出さない、か…)
*
翠月は基本的に、緑翠と商談相手が話しているのを聞いているだけだったが、芸者として、黄玉宮の座敷でたくさんの御客から褒められた楽や舞を求められ、応えた。
それが、緑翠の目には綺麗に映らなかった。緑翠の前で、別の男の目が翠月に向いているからだ。翠月の楽や舞は、黄玉宮の淡雪や星羅に匹敵するほどになっているだろう。緑翠が翠月を内儀にするのも納得させられるほど、妖を魅了するのは間違いない。
星羅や淡雪も、多少の危機感は持っているだろう。天月のように、翠月が一番手に昇る実力があることを感じ取っているはずだが、緑翠が翠月をこれ以上目立たせたくないのを、ふたりは知っている。
翠月の、儚い小柄な体型。普段は隠れている、肘から手首の白く滑らかな素肌。うっとりとした眼差し。当然、音や振りを間違えることはない。
他の男がどのような目をして眺めているのかが見えてしまうと、緑翠は冷静でいられない。内儀として公表しているからこそ、商談の場に翠月は同席しているし、他の妖に盗られることなど絶対にあり得ないと、分かってはいるのだが。
*****
寝間に戻ってきた緑翠の気が、立っていた。日記を閉じる間もなく身体の自由を奪われ、唇を寄せられ、舌が早急に絡んでくる。商談に翠月が同席した後の緑翠は、だいたいいつもこうだ。発情期がないと言いながらも、一度翠月と床に入ってからは、触れるだけではなく求められることが一段と増えた。
「あっ…、ん、んんっ」
翠月よりもはるかに逞しく力の強い腕に抱き込まれ、頭を大きな手のひらに預けているだけでも、息が乱れる。口が離れたかと思えば頭を肩に押し付けられ、痛いほどに抱き締められた後、力は緩んだ。翠月が、緑翠の首に手を回す。それを合図に、緑翠が翠月の背中にある帯を解いていく。
翠月の着物を暴けば即押し倒され、緑翠の舌と手による全身の愛撫が始まるが、今日は違うらしい。ひたすら抱き締められ、翠月の肩に緑翠が顔を埋めていた。「緑翠さま?」と声をかけると、そのまま話し始めた。息が当たって、くすぐったい。
「少し、匂いを嗅いでいた。慣れすぎて、翠のものが漂うことに違和感がなさすぎる」
「んあっ」
首元にあった舌が、そのまま翠月の肌を舐め、耳に到達する。形を確認するようにゆっくりと舌が這い、その孔を吸われる。反対側は緑翠の親指が撫でていて、翠月は頭を動かせなかった。
「ん…、んんっ」
「……」
背中を支えられ、寝かされる。緑翠は着物を脱ぎ、身に着けた石を背中へと回して、翠月の足を伸ばし揃えてから、這うように身体を乗せる。気遣われていたのも初めのうちだけで、今では断りもなく体重を預けてくる。この重さが、翠月は好きだった。翠月を守ってくれる、緑翠の重さを直に感じられる。
口を奪われている間に、緑翠の手は翠月の胸へ向かう。軽く撫でていたと思えば、急に頂きを摘まれた。
「んんっ!」
(つよい…っ)
いつもならもっと焦らして、くすぐったさで翠月が身体を捻るようになるまで、直接感じるところには触れない。今日の緑翠は焦っているようにも思う。何か、理由がある。
すぐに、そんなことを考える余裕はなくなった。緑翠が、素肌に触れて翠月を翻弄していく。まだまだ若く、成熟していく途中にある翠月の身体は、緑翠の愛撫に素直に反応する。
「あっ、ああっ、ん…」
「果ててもいい」
「ん…、あ、ん、んああっ!」
両方を一度に摘まれ、翠月は身体を反ったが、上には緑翠がいる。より密着を深めただけで、快感を逃し切ることはできない。
ぶるぶると震える身体に、さらに舌の刺激が加わる。乳首を指で弄られただけで果ててしまったのに、舐められてしまえばもう、翠月の頭は真っ白だった。足を上げ緑翠の腰に絡め、胸にある頭に手を回し、嬌声を上げるだけだ。
不意に、這っていた舌と手が止まった。
「……りょくすい、さま?」
「商談は深碧館の要だから、同席させているが…、翠は誘惑が上手すぎる」
「え…?」
「あんな姿、他の男に見られたくない」
「え、…え? ……楼主さま?」
緑翠と目が合った。あえて、懐かしい呼び方をしたから、顔を上げてくれたのだろう。
「ふっ…、自分でも可笑しいとは思う。発情期もなく過ごしてきたのに、翠相手だと触れたくなる。翠の座敷に上がるのは、上客中の上客にしたいと願ってしまうし、俺にはそれができてしまう。これが星羅の言う嫉妬なのだろうな」
「え?」
「翠の楽も舞も書も床も、俺だけのものになればいい」
「私は芸者ですよ?」
「分かっている。そうさせたのは俺だ。楽しんでいるようで何より。ただし、相手をするのは今も昔も上客だけだ。滅多に姿を見せないことで価値は上がる。商売としても間違っていない」
緑翠は、翠月と目を合わせたまま、利き手の中指と薬指を舐める。何をされるのか分かった翠月は、緑翠の腰に絡めていた足を解いた。おそらく、そんな準備をせずとも竿を受け入れられるほどに、とっくに濡れているはずだ。
「……待ち遠しいか」
「うん……、んあ、ああっ…」
割れ目をなぞり蕾をかすめた後、一本ではなく、二本突き立てられているのは、その圧迫感で分かる。弱いところを知っている緑翠は、あっという間に翠月を高めてしまう。
「何故、回を重ねる度に柔らかくなる?」
「んえ、んっ、なに…?」
「翠の中、熱くて…、まとわりついて離さない」
果てる直前の翠月から、指が抜かれる。いつもなら、もっともっと解され溶かされ、いよいよという頃にはもうぐったりと力が入らないのに。
そんなことを思っていた翠月は、身体を離した緑翠が翠月の足を抱え、その竿を入口に宛てがったのに気付いた。
(もう? 入るとは思うけど、でもそれって)
「っんあああ、ん、まってっ、まってっ……っ、んああっ、ああっ!」
「っ…、すまない」
ゆっくり挿れられないことを、いつも謝られるから、もちろん翠月はその想定をしたが、それ以上だった。一気に奥まで到達し、そのままぐりぐりと押し付けるように腰を回してくる。身体ががくがくと、翠月の意志に関係なく震えてしまう。
腕で翠月の足を抱えた緑翠は、手で蕾にも触れている。翠月はもう、緑翠の方を見ることはできなかった。顎が反るのを止められない。
「あっ、あっ、も、んん、ああ!!」
「ん……」
大きく身体が跳ねる翠月だが、緑翠によって抑え込まれる。息を整えようとするも、緑翠に腰を掴まれ、本格的な律動を開始されては、もう何もできない。
くるくると体位を変えながら、何度も果てさせられるのが常だ。翠月は嫌ではないし、むしろ気持ちいいと伝えるのに、緑翠は毎度満足感と後悔が入り混じるらしい。翌日の翠月が、下腹部痛と腰痛で起き上がれなくなるから。
*****
当然のようにひとつの布団へ誘うと、緑翠の腕の中に翠月が収まる。ひとりで眠るよりもずっと癒されると分かってからは、共寝をする・しないに関わらず、毎晩この姿勢で目を閉じる。
緑翠は翠月よりも早く起きるため、布団から抜け出す際には気を遣う。起こしてしまっても、翠月にとっては早すぎる起床でまどろんでいる。そのぼんやりした顔を少々眺め楽しんだ後、布団を掛け直し拍子を取ってやると、また夢の世界へと戻っていく。
(今の翠は、どんな夢を見ているのだろうな…、幸せなものだと良いが)
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