妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

85.掌中の珠 3

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 翌朝、普段通りに先に起き、一切何も纏っていない緑翠自身と翠月に、昨夜を思い出し、貫いた事実を噛みしめた。翠月に布団を掛け直すついでに額に口を寄せ、着物を羽織って書斎へ向かう。どんな私情があろうとも、廓は回る。それに、近侍からの手紙を読まなければならない。

 近侍は姉の側仕えだったこともあり、元々他の働き手とは相容れなかったらしい。皇家の屋敷では、働き手は私物を与えられなかったが、この近侍は姉からいろいろと受け取っていたようで、その整理や姉の寝間の片付けも終え、深碧館に移る準備が整ったと書かれていた。

 後は、朧が迎えに行くだけだ。朧とはまだ、皇家としての仕事や楼主代理の件など、話せていない事も多い。それも全て、翠月を内儀とする準備を先に進めたからだ。

 そろそろ、目を覚ますだろうか。下階へ降り、侍女たちから翠月の着物を受け取って寝間に戻ると、翠月はまだ穏やかに寝息を立てていた。その表情を眺め、自然と目が開くのを待った。


 *


「ん…」
「はよ、翠」

 身体を起こす前の翠月に、口を寄せる。翠玉宮の中であれば、いつどこで接吻をしても誰も咎めない。着替えてもらいながら、話しかける。

「身体はなんともないか?」
「…ここが痛い」

 翠月が触れている位置は、臍の下辺りだ。

「ああ、やはり…」
「緑翠さま?」

 欲に溺れたことを認めざるを得ない。翠月が酷く痛がっているように見えないのが救いだ。

「体格差の問題だろうな。薬もあるが、飲むか?」
「そこまでではないです」
「そうか、無理はするな」
「はい」

 翠月は見世に出ると言ったが、当然緑翠が認めなかった。黄玉宮の三番手、黄檗おうばくの間を使う翠月だ、多少休みが増えても御客が減ることはない。

「緑翠さま」
「ん?」
「肩の狐は、何か意味が?」
「ああ、これか…」

 緑翠自身が意識して確認する事はない。風呂でも、普段通り目に入るだけだ。

「生を受けてすぐ、皇の血を引く者として刻まれたらしい。墨が入っている者は少ないからな、驚いただろう」
「緑翠さまは、何かあると狐を出しますよね」
「安眠材としても連絡係としても優秀だ」

「墨と同じ動物を出せるんですか?」
「どうだろうな、皇は代々狐が多いだけで、墨の動物とは関係ないはず。俺は一致してるがな。毎日風呂で目に入るし、動物といえば無意識に狐だったかもしれない」
「他にも墨、あるんですか?」
「…この辺りにないか?」

 翠月の勘には、驚かされるばかりだ。襟足や項がよく見えるよう、翠月から簪を借り髪を留めた。翠月は膝立ちで、座った緑翠の首元に触れてくる。

「小さいが、入っているはずだ」
「あった、ここ。黒子みたい、でも模様になってます」
「模様には特に意味がない」
「意味がない?」
「……特別に見せたいと思った者に、見せられればいいと思って、深碧館ここを継いでから好みの絵柄を選んで彫った。俺が髪を上げることは滅多にないからな」

 まん丸な目をした翠月を引き寄せ、唇を奪う。深碧館を継いですぐ、緑翠は芸者に回されている。身体の全てを、緑翠の意思を問わず知られてしまった。ゆえに、自発的に身体を開いてもいいと思った相手には、見せられる物を残しておきたかった。


 *****


 あの日から、緑翠が翠月を《翠》と呼ぶようになったことに、当然気付いていた。寝間でふたりきりだと、頻繁にそう呼んでくる。《月》は本名にはない字で天月も持っているから、緑翠に呼ばれるのであれば、翠と呼ばれる方が気に入った。

 翠玉宮に居る時の緑翠は、翠月に触れていたいのか今まで以上に距離が近い。翠月が離れなければ、緑翠はずっと側にいる。変わらないのは、緑翠が翠月よりも遅く寝て、早く起きていることだ。翠月が何かしら活動をしている間、緑翠は絶対に起きている。

 内儀となることを受け入れてからは、余計に緑翠の保護を感じるようになり、翠月はありがたく感じていた。

(どの表情も、楼主としての緑翠さまからは見られない)


 *


 数日振りに、見世に復帰する許可が降り、準備のために陽の高い時間から黄玉宮に向かった。一番に会ったあずさから、祝福を受ける。何に対してかと聞くと、「聡い翠月さまは、言わなくても分かるでしょう?」と返された。

(……何も知らなかったのは、私だけ?)

 はしゃぐ梓の相手をしていると、星羅せいらがやってきて横に座った。

「緑翠さまと上手くいったのね」

 梓が運んでくれた茶を、零しそうになる。

「肌艶が違うもの。ここにいる妖はみんな慣れちゃって気づかないでしょうけど」
「そんなに違いますか」
「当然よ、誰と床に入ったと思ってるの」

 妖も人間も共通して、緑翠が顔も体格も整っていると認識されていることに、今更気が付いた。銀髪が綺麗だと思ったことはあっても、翠月は緑翠の見た目を意識してこなかった。この世界に来てからずっと、緑翠が隣で寝ることが当たり前だったのだ。

 翠月が黄玉宮の広間にいることを聞きつけ、珍しく淡雪あわゆきも顔を出す。

「緑翠さまもちゃんと男だったのね、私の誘いには全然なびいてくれなかったのに。糸遊いとゆうの直接的な色仕掛けもずっと躱していたし」
「淡雪、星羅」

 どこから話を聞いていたのだろう。見回っていたのか、緑翠が覗いてくる。

「表立って話しかけるなんて珍しい、いかがいたしましたか」

 星羅がそう聞くと、緑翠は少し困ったように左手首の組紐に触れた。普段、翠玉宮の外では見せない表情だと、翠月は思った。緑翠は一度俯いてから、覚悟を決めたように目を開く。

「……助かった。感謝する」
「まあ!」
「翠月を、頼んだ」
「かしこまりました、さま」

 真っ赤になった翠月が、黄玉宮の上位芸者と世話係に揶揄われたのは、言うまでもない。
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