妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

81.現天皇・夜光 2

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「通常、高位の方には妖力にて、こちらの戸を開けて頂きます」
「ああ、平気だ」
「左様ですか、それでは私はこちらにて。またお見送りの際に」
「ご苦労」

 神社と同様に、妖力で貴族を判断している。皇家の社でも使われている手段で、高位であれば備えている選別手段と考えていいのだろう。手をかざし妖力で戸を引くと、その先に襖が見える。翠月に異変がないことを確認してから、廊下で正座し、襖を指が入るほどだけ引き、隙間から声を通した。

「夜光さま、皇家当主・緑翠でございます。仰せの通り、翠月と共に参りました」
「待っていた。座敷の中へ」
「失礼いたします」

 初めて目にした夜光の姿に、緑翠は見入ってしまった。夜光が、緑翠と同じ銀髪を下ろしていたからだ。夜光が手で、目の前に座るよう指示してくる。翠月を促した後、その隣に腰を下ろした。

「ほう、お前も銀髪だったのか。珍しいな。帽子を取って見せてくれ。崩れても構わない」

 襟足が見えたのだろう、夜光に言われた通り、貴族の正装として被っていた帽子を取った。中に収めていた髪を首を振って落としきった後、両手で軽く梳いた。

「代理に相応しいな」
「…夜光さまと同じことに驚いています。祖父は黒髪でしたから」
「祖父か。私の記憶が正しければ、皇家は銀髪が生まれやすいはずだが」
「存じ上げません。父の記憶はありませんので、何とも」

 頭を下げようとするが、すぐに止められてしまう。夜光は好奇の目で、緑翠を見ているように感じられた。

「今更に確認するが、この話は奥方に聞かせても?」
「ええ、彼女はすでに知っています」
「そうか…、皇家の継承の件、裏の通りなのか? 下町にも回ってしまっているようだが」
「ええ、瓦版で確認した限りは妾の子とのみ。ニンゲンとの混血であることも、間違いございません」

「え?」
「ん?」
「おや?」

 姿勢を正してやり取りを聞いていた翠月が、驚いたように緑翠を見ている。この短い会話の中で、翠月が知らないことがあっただろうか。

「翠月と言ったか、発言を許可する。緑翠に問いたいことがあるのだろう?」

 便りから察していた夜光の雰囲気と、目の前の夜光に相違はない。物腰が柔らかく、ニンゲンに対しても緑翠と同等の応対を見せる。翠月は、夜光に目をやって会釈をしてから、緑翠に向き直った。

「……『ニンゲンとの混血』?」
「話していなかったか?」
「私が聞いたのは、緑翠さまが妾の子であることだけです」
「…そうか、驚かせてすまない。父の妾である母が、ニンゲンだったんだ」

 翠月には、後でもう一度話す必要があるだろう。あの時には、そこまで伝えていなかったのか。むしろ、翠月にはそれを伝えるべきだったし、何故伝えていないのか、当時の自分が理解できない。

「緑翠、この座敷であれば、私に話す際も普段通りで構わないぞ。お前は最高位貴族、本来であれば私の友でもおかしくない立場の妖だからな」
「勿体ないお言葉です」
「まあよい。誤解は解けたか?」
「誤解…、伝達不足だったようです。失礼いたしました」

 一度断られているため額をつけるわけにもいかず、軽く目線を下げ会釈をする。顔を上げて目に入ったのは、やはり面白そうに緑翠を見る夜光だ。

「お前、謝り癖がついているだろう。深碧館の楼主はそんなに頭を下げることが多いのか?」
「…楼主としては意識しておりませんが、心当たりはあります」
「ほう?」
「身の上話にはなりますが」
「良いぞ、許可する」

 本家の妖だった姉の妖力を奪ってから、何をするにも頭を下げることを要求されたことを伝えた。とにかく自らを下げることが、皇家の本邸に訪れる際に緑翠を守った。そんな機会は、多くなかったにしても、癖として染みついている。

「皇の本家、彼女の名は翡翠だったか」
「ええ、覚えていてくださったのですか」
「彼女がまだ歩けもしない頃に一度会っているのでな。亡くなったと書かれていたはずだが」

 裏で回した手紙は、互いに返事を書いた時点で焼却処分しているため、記憶の中にしか情報が残らない。そのため、夜光は対面でも話し、より濃い記憶として覚えようとしている。

「ええ、僕が立ち会いました」
「便りでももらったが、口頭でも説明を願おう」
「かしこまりました」


 *


 一通りの説明を終えて、皇家の現状を夜光に共有したところで、夜光が翠月に目を向けた。ただやり取りを聞いていただけの翠月にとっては、自身に夜光の興味が向いたことは意外だっただろう。

「皇家当主が惹かれたニンゲンか。芸者ではあるんだろう? 一曲見せてくれないか」

 翠月が緑翠を見てくる。緑翠が頷くと、夜光が侍女を呼び寄せた。侍女の演奏に合わせ、翠月が立ち上がり、帯に差していた扇を広げ舞い始める。

 夜光はやはり、翠月を知っていた。それに、緑翠が保護以上の感情を持っていることも、気付いている。緑翠を皇家当主として天皇が認める他に、緑翠の婚姻相手も確認するつもりで、翠月を呼んだのだ。

 稽古に出始めた頃は、向こうの世界でもやっていたという楽が得意見世だった翠月は、すっかり舞もものにしていた。

(妖艶で、男を誘う……。芸者として、満点の舞だ)

「緑翠、ここは私と芸者、ふたりにするべきではないのか?」
「残念ながら、致しかねます」
「もし子ができても、払ってしまえばよい」
「っ、ニンゲンと床を共にするおつもりですか?」
「そういう未来があってもいいだろう? 高位貴族でも血を重視しない者が出てきている中、純血に苦しむのも見ていて辛いものがある」

 夜光からそんな言葉が出たことに驚き、緑翠自身と瑠璃が過ぎったが、その動揺は表に現さず済んだと思いたい。夜光は、緑翠を揺さぶっているようにも見える。

「…それは同意いたしますが、夜光さまが翠月と床を同じくすることは、楼主として承諾できかねます」
「はっはっ、相当に惚れこんでおるようで何よりだ」

 急に笑い出した夜光に、翠月の足が止まる。落としてしまった扇を緑翠が拾って、翠月に渡す。背中を支えながら、隣に座るよう手で示す。夜光の目の前ではあるが、翠月の耳元に口を寄せる。

「今のは夜光さまのお遊びだ。翠月の粗相ではない」

 緑翠が座り直し夜光を見るが、その目は敵意が含まれていただろう。翠月は、深碧館の中でも一流の芸者だ。弄ばれるのを前に、楼主としても良い気分ではいられない。

「試すようなことをしてすまない。少々、噂は聞いていたものでな」
「詳しく聞いても?」
「怒るな、すまなかった。星羅や淡雪、それから柘榴ざくろが、ここに来ると翠月の話をよくするのだ。そんなにも魅力的なニンゲンがいるのかと、この目で確かめてみたかった」

「…柘榴さまは、翠月を毎度指名する上客ですね」
「お前、先程とは妖が変わったようだぞ。自覚はあると思うが」
「当然でしょう。内儀にする女ですよ?」
「そうか」
「っ……」

 言わされたと思った時には、もう言葉が出た後だった。この座敷には夜光と侍女、翠月しかいない。緑翠は夜光を睨むが、意味ありげな笑みしか返って来なかった。

「また定期的に芸者を送ってくれ。妃が私を床に誘う、いい勉強になる」
「…かしこまりました、本日はこれで」

 一応、頭を下げる。謁見で分かったことは、想定よりもずっと、夜光は親しみやすく絡みやすく、立ち回りの上手い妖だ。深碧館で例えるなら、烏夜が近いか。相手の手中に入ってしまえば、必要のないことまで緑翠から聞き出すだろう。
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