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第一篇
72.妖力の継承
しおりを挟む「……緑翠さま、落ち着かれましたか」
「悪い、少し思い出していた」
「申し訳ありません、そのようなお話を持ちかけたのは私ですから…」
おそらく、緑翠が再び冷静になるのを待っていたのだろう。朧が茶を用意し直していた。緑翠が一口啜ったのを見てから、話を続ける。
「……心を決められて嬉しくはございますが、貴方さまには貴族として、後継問題が残っています」
「翠月が内儀になることを夜光さまがどう思うか次第ではあるが…、進めていいのであれば、純粋な妖の血は四分の一になる。もし無事に子を宿せたとしても、妖力を持つかは怪しいと思っていた」
「すでにお考えでしたか」
最高位貴族である緑翠の内儀選びに、天皇である夜光の承認が必要なことは、深碧館を継ぐ折に聞かされていた。緑翠がこれから成そうとしていることは、貴族としての位も妖力も無視した婚姻だ。夜光とは孔雀を介した手紙でのやり取りを行っており、相談はできるだろうが、承認が受けられるかは定かでない。
「妖力に関しては、瑠璃さまから裏で回してもらった」
「伺っても?」
「妖力の遺伝について文書を依頼した。さすがに、この世界に生きているニンゲン同士では妖力を持たないが、どちらかが妖で、妖力を持てば子も持つ可能性が残る。妖同士でも姉さまのように、妖力が極端に少ない者もいる。妖力を持つ・持たない、それを決める要素として可能性が高いのは、夫婦の相性だそうだ」
「相性?」
「双方の好意の強さだ」
廓を経営していることもあり、身体の相性だと緑翠は思ったが、瑠璃からの手紙を読むうちに誤解に気付いた。瑠璃の指す相性とは、互いに想い合っているかどうか、その一点だ。
朧が、あえて間を取るように茶を啜った。緑翠と話す時、朧も自らの湯呑を用意はするが、滅多に飲むことはない。その仕草に、緑翠は顔を上げた。
「……先代を鑑みるに、確かにそうかもしれませんね」
「心当たりが?」
「先代は女性を、格下で鬱憤晴らしの相手としか見ていませんでしたが、貴方さまの母に当たるニンゲンには、妖力を使わずに貫いたと聞いています」
「妖力を使わず? 服従ではないと?」
「はい」
緑翠は驚きを隠さなかった。父は妖で、皇の当主だった。母はニンゲンで、妾だった。その事実から、母の扱いはぞんざいなものだったと、決めつけていた。
自らも行おうとしていることなのに、父もそうだったとは考えが回らなかった。服従でなかったなら、父はニンゲンである母を守るために、より強力な妖力の受け渡しのために、その身を貫いたのだろう。
(……っ)
この書斎には朧しかいないし、まだ見世が終わる時刻にはなっていない。他に考えられることはないか、思い出せるものを探す。
「…ふたりそろって、処刑だったはずだな」
「左様でございます」
緑翠がこの妖力を持っているのも、妖である父とニンゲンの母が好意を持ち合っていたからと言えるのだろう。父も、皇家として後継問題には向き合ったはずだ。高位貴族の婚姻で、妖力や家柄の位で相手はどうやっても限られる。
姉の母に、緑翠は会ったことがない。貴族の婚姻で妖力のつり合いだけを見た、上辺だけの夫婦だったのは想像に容易い。おそらく、父が感情を優先した結果、緑翠が生まれた。父なりに、もがいた結果なのかもしれない。ひとり処刑を免れた緑翠も、高位貴族であることからは逃れられない。
「それも、あるのでしょうが…。貴方さまは、聞いておられないのですか」
「…何をだ?」
朧が含みを持たせ、言葉を選んでいる。再び茶を啜って、戸惑う緑翠に伝えてくる。
「……生まれて数日後には、先代と共に処刑される予定だったにも関わらず、妖力が強すぎて回避されたのが、貴方さまです。誕生から処刑予定日までの短期間に、あまりに愛しい弟君に、触れてしまった方がいるのですよ」
朧の言葉を耳にするなり、呆気にとられ固まってしまった。次に発した声は、裏返っていた。
「……っ、まさか!」
「最後まで、それを言葉にはされなかったのですね、翡翠さまは」
「姉さまは、その頃、すでに俺に…?」
「左様で。翡翠さまも幼かったので、少し成長された頃に伺った限りでは、翡翠さまにも真偽は分からないと。ですが、生まれたての貴方さまが可愛くて、口を寄せてしまったと、当時おっしゃっていました。当主さま…、貴方さまの祖父は、子の言葉だと無視されましたが、心優しい翡翠さまがそう思われ、動かれたことも自然かと。翡翠さまは幼い頃、妖力の制御がお上手でしたから…。処刑が決まった時にはもう、貴方さまの妖力は皇家の誰よりも高く、翡翠さまの妖力が三分の一ほどに減っていることも、誰の目にも明らかでした」
(姉さま……)
愛しいと思って、無意識に口を寄せてしまう。緑翠にも経験がある。その相手は、もうすぐ内儀に指名しようとしているニンゲンだ。ただ、姉に関しては、疑問も残る。
「…俺の妖力は、翠月に与えても元に戻る」
「それが、通常の妖力の動きです。私も妖力を使った後、しばらくすれば元通りです。戻らなかった翡翠さまは、やはりあの屋敷の強力な妖力に当てられ、服従を拒み続けた結果、体力や気力も消耗されたのかと。深碧館に来てからも、翡翠さまの様子が何も届かないのはむしろ不自然でした」
姉からもらった妖力を、活かしたい。翠月を守るには、妖力が必要なのは分かり切っている。では、その先の代はどうだろう。皇家は最高位貴族で、緑翠は絶対に、後継を残さなければならない。
「…もし、翠月との子が宿って、微量でも妖力を持つなら、その子は妖だ。姉さまが俺にしたように、俺から妖力を分け与えることができる」
「机上は、そうでしょう」
「全く持たなければ、その子はニンゲンで、自ら妖力を増やせはしないが、翠月と同じように俺の妖力で守っていく必要がある」
「ええ、理解に相違はありませんよ、緑翠さま」
それでもまだ、疑問は湧いてくる。緑翠は自身の出自について、この機会に明らかにしておきたかった。
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