妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

67.翠月の夢見 3

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「話ついでに、俺の実家の話をもう少し聞いてくれるか?」
「…聞くだけなら」
「俺が翠月に話したい。難しければ、流してもいい。寝間は同じだ。聞きたくなったら、その時に聞き直せばいい」
「はい」

 次は頬に口付け、翠月の目を覗く。姉と似た翠色の瞳は、緑翠が話し出すのを待っていた。

「久々会った当主に、服従の印を打ってきた」
「服従の印?」
「呪いと言えば分かるか? 身体の一部に妖力を込め、俺か俺以上の妖力を持つ者がその印を消さなければ、俺から逃れられない。文字通り服従させる証明だ」
「それは……」

 翠月は聡いから、気付いただろう。緑翠が翠月に着けさせている指輪も、今は外している簪も、見方を変えれば印に近い物である。それを翠月が身に着けているから、緑翠は翠月の居場所を追うことができる。違いは、好意か敵意か、その二択でしかない。表情を変えない翠月に手を伸ばしても、払われない。

(大丈夫、翠月には好意として伝わっている)

「……俺は皇家の本家であって、本家ではない。母が妾だから、分家一族も俺を養子にすらしたくなかったらしいが、俺しか皇家を継げる者もいない。妾の子でも、皇家当主だった父の血が流れているのは間違いない。俺を追い出そうとしていた割に、俺にここを継がせてもう十年が経つ。神社の例祭も、俺が立つようになってもう七年になる。実家とは、いい加減けじめをつけたかった」
「……」
「貴族最高位の皇家なんて、血縁の全くない養子を迎えたら大混乱に陥る。妾の子でも、俺がいてよかったと、思ってもらわないと困る」
「そういう、世界なんですね」
「ああ」

 翠月が両手で、頬に触れていた緑翠の手を包んだ。普段、緑翠から触れることはあっても、翠月から緑翠に触れることは珍しく、あからさまに驚いてしまい、一息吐いた。

「…姉さまには、感謝しかない。会えない時間が長かったのは、俺が実家に帰ろうとしなかったのも一因だ。それでも、最後を俺に預けてくれた。これで、俺も踏み出せる」

 首を傾げるような翠月が、目に入る。横になっていてもそう見えるのだから、不思議なものだ。

「今は分からなくていい。いずれ、理解できる」

 おそらく、翠月なら時が経てば自ら悟り、緑翠に確認してくるだろう。緑翠の手に伝わるあたたかさに、安堵する。

 緑翠が説明すべきではあるのも分かっているが、緑翠は自身の感情を殺して、見ないふりをして生きてきた。皇家との関係に区切りがつき迷いも消えたが、将来への不安が完全になくなったかと言えばそうではない。

 高位貴族である身分は、どうしても一生ついて回る。何かしらの罰で貴族から下ろされる例はあるだろうが、ニンゲンを守るためにも、緑翠が要らないと思っていた身分の維持が実は必要だった。高位貴族の当主として、深碧館の運営やニンゲンの保護以外にもこなすべき義務は増え、慌ただしく日々を過ごすことになるだろう。

 月白のように、深碧館の揺れに気付く妖は少ないが、御客に察せられるよりは身内の方が安心できる。何か勘付く妖が外部にいるとすれば、同じ高位貴族だろうか。ひとり、翠月の常連で距離を縮めたがる者が思い当たる。

(表家業では付き合いがあるが…、裏が何かによっては厄介だ)


「聞き疲れていないか」と尋ねると、「問題ありません」と返ってきた。あまり無理はさせたくないが、話を聞いて冴えていそうな翠月に、妖力で眠ることを強要したくもない。もう少し話しても、許されるだろうか。

「……翠月がこちらの世界に渡ってきて、名前を聞いたとき、驚いた。お前は翡翠ひすいと名乗った。姉さまと同じ名だ」
「……」
「俺は生まれつき、ニンゲンに近づいても他の妖が感じるような違和感が少なかった。前にも言ったと思うが、天月とも違う翠月の匂いを、今も心地よく感じている」
「そう、ですか」

 前髪を払うと、翠月の匂いが舞う。香油の使われている宮では、それぞれの香油の匂いが漂っている。今まで見世終わりの日でも、翠月からはほぼ翠月の匂いしか感じられなかった。おそらく、翠玉宮の匂いが緑翠の好みだとどこかで悟り、黄玉宮では風呂を借りなくなったのだろう。

「こうすると、何か感じるものはあるか?」

 妖力を渡そうと、額に口を寄せる。妖力の受け渡しは、翠月の意識がここまではっきりとした折にはしてこなかったはずだ。普段とは異なる感覚で、少し驚かせてしまったか。

「…あたたかいです」
「嫌ではないな?」
「はい」

 やはり、翠月に絆されていると、認めざるを得なかった。むしろ、もっと早くから、周辺の準備を進めるべきだった。

「眠れそうか?」
「緑翠さまがいないよりは、ずっと」
「そうか。目をつぶって、ゆっくりお休み」
「おやすみなさい、緑翠さま」

 腰のあたりで拍子をつけてやると、すぐに寝息を立てる。ふと目線を上げると、組み途中の丸台が見える。眠りにつきにくい中で、ひとりで時間を過ごしていたのだろう。

(……やっと、重石が取れた。これで俺も、自由に動ける)
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