妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

54.その身の仇 3

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 翌日の昼間、目を覚まさない翠月の世話を春霖・秋霖に頼んだ後、紅玉宮の宮番・東雲しののめと、瑪瑙宮の書斎を借りて話す場を設けた。芸者や世話係に話を聞かれたくはないし、邪魔をされないためにも地下なら安心だ。

 月白つきしろが茶を出してくれる。見回る座敷もないのだろう、そのまま第三者として同席するようだ。東雲がそれを咎めないため、緑翠も触れなかった。

「……緑翠さま、申し訳ありません。薄氷うすらい白露しらつゆが言っていたことは、事実だと思っています」
「顔を上げろ。証拠は残っていない。宮番のお前が、紅玉の芸者の味方でなくてどうする」
「しかし…」

 東雲の責任感も理解できるし、緑翠も実質の主犯は糸遊いとゆうだと思っている。ただ、この事件は楼主である緑翠が紅玉宮を避けていたために起きたものとも捉えられ、東雲がひとりで抱えるものではないし、起こるべくして起きたと言ってもいい。そして、それを変えるために楼主が行えることは、もうひとつしか残されていない。

「上位の身請けが一番だと思うが、どう考える」
「それは…!」
「前々から、考えてはいた。少々、積極的に動こうかと思う」

 口を噤み言葉を選んだのだろう、落ち着かせるように一口茶を啜ってから、東雲が考えを聞かせてくれた。

「……糸遊が緑翠さまを慕っているのは以前から感じておりますが、今回の翠月に対しての仕打ちはあまりにも行き過ぎています。蒼玉の一番手も巻き込んでいますし、黒曜行きでも仕方なかったかと」
「証拠がない上に、一番手が黒曜行きは外面、楼主として避けたい。一番手まで登った芸者に、無理に身請けを強いることはしないが、多少、気にかけるようには頼みたい」
「かしこまりました」

 察しのいい月白が頷いているのが視界に入った。元芸者の火葬を見届けた折に、月白と話した内容を実行する時を迎えている。この事件がなければ、緑翠が積極的に動き出すことはなかったかもしれない。

 東雲からの翠月と天月への謝罪も、緑翠が受け取った。おそらく翠月は数日寝込んだままになるし、翠玉宮の上階に妖を近づけたくなかった。それはおそらく、宵も同様に思っているだろう。


 *****


「夜の間はずっと、緑翠さまが付き添っていらっしゃいますよ」
「私たちは、緑翠さまが出られている間に、こうして来ています」
「そう」

 翠月が思っていた通りだった。着けたら外せなくなった新しい指輪と、寝たきりで今は使わない簪も、きっと緑翠が枕元に置いて行った物だ。

 あの日、何があったのかはよく覚えていない。薄氷と白露に唆され、下町に下りたことまでは記憶にある。緑翠によって治療が行われて、見慣れた寝間で回復を待っていることは理解できる。妖力について知っていたはずなのに、また当たってしまった。

 あの時、一緒に居た天月とは逸れたのだろうか。無事、蒼玉宮に戻れているのだろうか。翠月が伏せているし、天月も同じ目に遭っているかもしれない。

「ねえ、天月がどうしてるかって、分かる?」
「いいえ。緑翠さまに、聞いてみましょうか?」
「うん、お願い」

 翠月は夜、緑翠が戻ってくる前に眠ってしまう。目を開けていようと頑張っても、瞼は下りてきて、春霖・秋霖に見守られながら眠り、目を覚ますともう陽が高く上った後だ。目が覚めて少し話せるようになってから何日も、緑翠には出会えていなかった。

 妖力には気を付けるように、ずっと言われていたのに、結果はこれだ。緑翠が翠月の床見世の解禁を渋っていたのは、この認識の甘さに思うところがあるのかもしれない。

(せめて、天月が無事で……)


 *****


「…緑翠さま」
「なんだ?」

 翠玉宮の一階、裏庭が見える縁側で組紐を組んで過ごしていると、朧に話しかけられる。分かりやすく、上階の広間や露台を避けているのだから、朧が話しかけるのも無理はないだろう。

「翠月さまのところへは?」
「夜には、必ず」
「意識のある時刻に、側に居たいとは?」

 手を止めて、朧を見る。翠月は昼間には目を覚ますようになって、支えられながら粥なども食べていると聞いている。

(俺ができることは決まっている。ただ、今の俺に余裕が無さすぎる)

 天月も含め、守ってやれなかったことへの後悔が酷い。糸遊や見習いふたりもある意味で被害者だ。

 緑翠が、翠月が来るよりも前に糸遊からの視線へ対処していれば、ここまでの事件は起きなかったはずだ。さらに言えば、ニンゲンである翠月を芸者にしなければ、ここまでの大事は起きなかっただろう。糸遊は、昔から緑翠への熱とそれに伴う嫉妬が激しい。緑翠への色仕掛けを堂々と行って、手に入れようとしてきた。それを、のらりくらりと躱し続けた結果だった。

「翠月さまは、貴方さまが対面したどの女性とも異なっています。立場的にも、貴方さまから近づいてあげてください」
「……そうだな」
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