妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

51.柘榴との見世

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「御贔屓に感謝いたします、柘榴さま」
「どうも。黄玉は空いてます?」
「ええ、どうぞ」

 朧の居る番台に顔を出した緑翠は、受付をしていた柘榴と出くわした。あの一件以降、緑翠と商館としての正式な印を交わした柘榴は、九重屋として昼間によく反物を持ち込むし、翠月目当てで頻繁に見世にも来るようになり、顔を合わせる機会が増えた。

 翠月は昼間の買い付け以外に、見世の心付けとして着物をもらっているようだが、贈られた着物を翠玉宮に持ち帰ることはなく、緑翠が実際に見た事はなかった。黎明や星羅から聞くに、黄玉宮らしく、かつ翠月に合う落ち着きのある色を揃えているらしい。緑翠は楼主として、それが間違った関係ではないと理解しているが、気に食わないのも自覚していた。

(線引きが、ここまで難しくなるとは……)


 *


 翠月が、柘榴との距離を縮めることに悪気を持っていないことや、芸者として成長したい向上心で動いていることも重々承知している。それでも緑翠は、翠月が心配だった。翠月は芸者である前にニンゲンで、常連客になりつつある柘榴は妖だ。いくら高位貴族で常識があると言っても、橄欖のようなことが起きないとも言い切れない。

 緑翠は翠月を芸者へと育てる決断をしたが、天月のように成功していると公には認めづらかった。月白の言うように、天月は宵に任せられた部分が大きく、今回は緑翠の心労が溜まっているからだろう。

 寝間で日記を開いていた翠月の隣に腰を下ろす。いつの間にか、緑翠から話し出す時の合図となり、翠月が手を止めて向き直ってくれる。

「……男の懐に、入るな」
「柘榴さまですか? 着物を合わせてもらっている時は当然近くなりますよ」

 緑翠はあえて名を出さずに翠月に伝えた。翠月は、誰のことを言っているのか心当たりがあったようだ。それだけでも、緑翠が少し安心できる要素だった。

「それでも、だ。今は何もなくても、床に連れ込まれるかもしれない。狙っていると、宣言されているからな」
「…分かりました」

 緑翠が危惧しているのは、翠月と柘榴の関係だけではない。高位貴族である柘榴の見世に入りたい芸者は多数、だが柘榴の指名はあの一件で翠月を知って以来、ずっと翠月だ。翠月が柘榴に慣れれば慣れるほど、柘榴からも芸者からも、何をされるか読めなくなっていく。

(翠月を、火種にしたくはない。ニンゲンで、ただでさえ目立つのだから)


 *****


 翠月には、緑翠の心配も分かるが、少し過保護にも思えていた。高位貴族で翠月の見世に来るのは柘榴だけで、他にも数名の御客とはひとりでの見世を経験した。その誰もが常識的で、あの緑の宝石を持った妖のように、無理に距離を縮めるようなことはない。黎明や星羅、朧の睨みが利いているのも分かった。

(柘榴さまとは、天月と孔雀さまのような関係だと思うんだけど)

 ここ最近、柘榴が深碧館に御客として来るときは、きまって翠月を指名しているのを、黎明に教えてもらった。翠月が突然ひとりで見世に出なければならなくなったあの日に、黄玉宮に居たことも聞いて、きっと翠月を指名する前によく見世に入っていた芸者がいるはずだと、思うようになった。

「柘榴さまは、私の前は誰を指名なさっていたのですか」
「気になるかい?」
「少し。芸者として聞くべきではないのかもしれません」

 気になっても、直接尋ねる芸者はいないだろう。嫉妬や執着をされれば面倒だと御客は分かっていて、しっかり遊びとして割り切れる芸者に流れていく。翠月は、柘榴との関係であれば、聞いてもいいと感じたし、それが伝わっているとも思った。

「まあ、僕だから聞けることだね」
「はい」
「常連ってほどではなかったけど、基本的には夕星、埋まっていれば星羅だったなあ。世話係の子は、僕を覚えているよね?」
「はい、以前よりお世話になっております」

 柘榴は、梓にも話を振りながら食事を楽しむ。翠月を指名する前からそうだったらしく、夕星の世話係だった梓には馴染みの光景らしい。

「夕星は近衛さんの身請けを受けてしまうし、星羅は深碧館のために大金を払ってくれる客にしか付かない。あ、あくまでも御客からはそう見られてるってことね。それでも一番手に居続けられるほど気高くて、それがいいって御客ももちろんいるから成り立ってる。淡雪は黄玉宮の割に床が好きだと噂でね。だから避けてたんだ」
「そうだったんですね」
「そろそろ、僕も身を固めたいんだけど、都合が合わないんだよ。翠月って、すごく僕の好みだし、独特の匂いにも慣れた。あとは緑翠さまからの床見世の解禁を待ってるんだけどなあ」
「……」

 淡雪との床には入らない柘榴が、翠月との床は望んでいる。床に入りたい相手には、こういう迫り方をするのだろうか。

 緑翠に注意されたことが蘇る。星羅から言われたことも過ぎる。芸者と御客の関係である以上、いつまでも食事や舞、楽見世だけでは居られない。それが分かっているからこそ、緑翠に床見世に出たいと言ったが、許可はまだ遠そうだ。余計に、無理に襲われる可能性だって上がるのではないか。

(…今の私には、何が足りないの?)

「うん、身構えるうちは襲わないよ、安心して。僕は高位貴族。身分的にニンゲンを身請けできないし、何か事が起きるととにかく面倒なんだ。時期が来るまで、おとなしくしておくよ」
「…そうですか」
「急に距離を取らないで。聞いてきたのは翠月じゃないか。これで一曲舞って見せて」
「かしこまりました」

 それからの柘榴は、いつもと同じように見世を楽しんでいるように見えた。翠月自身は少し考え事をしつつ距離を取るように接したが、柘榴から咎められることはなかった。
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