妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

44.手の虎は身を破る 3

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「朧、まだ起きているか」
「当然です、緑翠さま」
「上客だが、今後柘榴さまに、注意しておいてくれ」
「柘榴さまですか、かしこまりました」

 朧の反応からも、柘榴が注意対象になっていない御客なのは分かった。さっと記録を確認する限り、橄欖が発情期に座敷に上がる場合には、紅玉宮に通していたらしい。どこからか翠月の噂を聞きつけ、黄玉宮へ通すよう無理に要求したのだろう。

「黎明がこちらへ来次第、私からも謝罪を」
「いや、その前に俺が判断を誤った」
「何か心当たりが?」
「後で話す」
「かしこまりました」

 柘榴が高位貴族であることは、宝石を持つことで間違いない。妖力も相当持ち合わせているはず。不明で不安なのは、柘榴の家名とその序列だ。

 緑翠の皇家が貴族最高位であるのは知っているが、柘榴の家名が分からない以上、正確な序列がどこなのか、見当をつけられなかった。高位貴族の中でも皇と序列が離れていれば、まだ気楽に連絡を取ることができるが、もし近ければ、夜光と同程度の敬意を必要とする。宝石名で高位なことは分かるため、わざわざ花街で家名まで明かす必要がないのだ。

 本来であれば、皇家の一員として生まれた緑翠は、高位貴族たちとは顔見知りであってもおかしくない。貴族の集まりには一度も参加したことがなく、序列なども朧から聞いただけだった。朧は朧で、貴族ではないため、緑翠に教えられることにも限界がある。

(宝石名は限られる。異なる家名に同じ名前が生きていることもあるし、柘榴から聞くしかないか…)

 今日の月は妖しく不自然に揺れていた。翠月と天月は、非番にするべきだったのだろう。今まで、天月だけの時は何も起きなかったが、それは蒼玉宮が普段から問題の少ない宮だったからとも言える。女芸者の集まる黄玉宮にニンゲンが増えたことを、考慮に入れなければならなかった。

「緑翠さま」

 黎明が声を掛けてきた。天月が翠玉宮にいるからだろう、宵も連れている。そのまま朧の部屋で、顔を合わせた。


 *


 黎明が翠月との対面を望んだが、宮番から言うことはないと諭した。今回の件は、見世前の緑翠の判断が誤っていたのだ。

 緑翠が話して納得させた黎明と宵が、朧の書斎を出ていく。そのまま一角を借り、布団を敷く。


 黎明や東雲について考えるには、翠月のいないこの間がちょうどいいかもしれないと、無理に頭を切り替える。緑翠の日記は上階の書斎にあるため、朧が持ち出している深碧館の記録を開いて、ここ三月ほどの出来事を思い出す。

 翠月が来て黄玉宮に出入りするようになって、仕事の段取りは確実に変化した。黄玉宮は翠月を芸者として育てつつ妖から守るために奮闘しているし、紅玉宮はニンゲンを受け入れる黄玉宮への敵対心を深めている。それぞれの宮番は、芸者への気遣いを今まで以上に行っているだろう。おそらく、宵や暁、朧もそれは感じ取って、手が回れば手伝っているはず。

 天月が来た際も一日の段取りは変わったが、男色の蒼玉宮で以前から閉鎖的だった。紅玉宮との対立も、黄玉宮に比べると少ないし、宮番の宵が天月への攻撃を許すわけがない。


 今日御客として来た橄欖は、皇や夜光に恨みがあるようだった。あの言い振り方から想像するに、宝石名を持つ高位貴族ではあるが相当に落ち目なのだろう。

 子を宿し育てることを推し進めている夜光は、発情期を抑制する薬の流通を減らし高騰させていると、御客として来た孔雀から受け取った手紙にあった。高位であればまだ、薬を手に入れられるそうだが、今後、薬が手に入らず発情期を制御できない貴族による、芸者襲撃も増えるのかもしれない。

 大きく一息吐く。翠月が来てから、考えることが一気に増えた。気が散っていると、どれも上手く進まなくなる。取捨選択、優先順位を明確につける必要がある。

(翠月への妖力の受け渡しも、覚悟を決めなければ)


 *****


 翌朝、翠月が目を覚ますと、すでに天月は身体を起こしていて、暇そうに胡座をかいていた。

「ん、起きた?」
「おはよ」
「うん、おはよう。身体はどう?」
「……」
「寝たままでもいいよ、僕しかいないしね」

 天月は布団をたたみ、春霖・秋霖に頼んだ朝食を食べながら翠月の疑問に答えてくれた。翠月の盆もあったが、思ったより身体が怠く、天月の言葉に甘えることにした。

「天月は、無理にされたことある?」
「…今のところはないよ」
「そう」
「女の子の方が、重いと思う。特別だもんね」
「いつかは、床のある座敷も来るよね」

「翠月は、まだ先なんじゃないかな」
「どうして?」
「見世が上手だから。書も楽も、舞も上手い。床に頼らなくても御客がつく」
「そういうもの?」
「うん、上手く言えないけど、稽古があんまりな芸者ほど、身体を開くのは早いよ。翠月は、黄玉で面倒を見てもらえてるから、覚悟が決まるまで待ってもらえるよ」
「…うん」

 紅玉宮の芸者は、床見世が激しい。それはつまり、床に入らないと固定客がつかないと言い換えられる。黄玉宮で見習いをやっている翠月は、教養や見世の技量を宮番や上位芸者、緑翠に認められていると思っていい。天月の目からも、その自信を受け取った。

「翠月が床に入るかどうかは緑翠さまの判断だから、嫌ならそう伝えるだけだよ」
「……」
「芸者だからって、嫌なことまでする必要はないよ。緑翠さまも強要はしない。納得できるまで話を聞いてくれる」

「…言われたことがある」
「ん?」
「楼主さまに、『納得できるまで話せ』って」
「うん、緑翠さまはほんとにそうしてくれる楼主だよ」

 食べ終えて手を合わせつつ、天月が口にした。

「翠月、緑翠さまのこと、まだ『楼主さま』ってまだ呼んでたんだね」
「うん…?」
「名前で、呼んであげて。昨日、すごく心配してたから」
「うん」

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