妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

34.各々の床見世 1 ※

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 食事に付き合った後、帳の先へ入る淡雪と、今日の御客である定衛じょうえいを見送った。定衛は星羅の常連、近衛このえの部下にあたる妖らしい。それでも、淡雪と比べると年上に見えた。

 普段の座敷より灯りの減らされた奥の間を、帳の隙間から覗き見る。

「しっかり見ておいてね」と、見世の前に淡雪から言われた。淡雪は茶髪に茶色の目で、容姿が星羅に敵わないと思う。それでも二番手にいるのは、何か理由があるのだろう。

 実際に目の当たりにすると緊張もあるが、好奇心の方が強いかもしれない。翠月も、いずれ床見世に出る時が来る。先輩の見世を勉強できるうちに、活かせるところを探しておくのが、芸者として上に進む一歩になる。星羅だけでなく、天月や君影にも言われたことだ。

「定衛さま、本日はどのように?」
「そうだな…、まずは脱いで見せてくれ」
「かしこまりました」

 淡雪が自分で帯を緩め、定衛に背中を向ける。その角度や灯の当たり方が綺麗に見えると分かってやっているのが、淡雪の目線で分かった。

「淡雪、今日も変わらず綺麗だ」
「ありがとうございます」

 定衛が淡雪の体型を確認するように撫でていく。くすぐったいのか、「ふふっ」と淡雪が笑っている。

「くびれがたまらないな」
「興奮なさっていますわね」
「隠す必要もないだろう?」
「ええ、定衛さま」

 淡雪が定衛の着物の上から手を這わせている。定衛はすでに露わになった淡雪の胸に手を伸ばし、触れていく。

「あっ、そこ…、気持ちいい」
「そうか」

 相手が年配なこともあり、ふたりで気持ちいいところを探して、淡雪主導で上に乗り擦り付け、腰使いを見せたり、後ろ取りをさせたり。

「美しいな、淡雪」

 寝台の上で体温を確認し合うような、婆から個別に聞いた内容よりもずっと、ゆっくりとした床だ。

「ん…、それ、続けて」
「いいんだな、嬉しいよ、淡雪」

 激しいと思えたのは最後に果てるその一時だけ。行燈の灯でも十分に、淡雪が綺麗に見えた。芸者として誇り高く、床への熱意みたいなものを、翠月なりに受け取った。


 今日の定衛は泊まりではないため、淡雪が柚・芹の用意した湯と手拭で定衛を清め、着物を羽織るのを手伝う。淡雪も世話係の手を借りながら着衣を整え、その場で黎明に引き渡し見送って、淡雪の今日の見世は終わりだ。

 定衛への礼から頭を上げた淡雪が、翠月の方を振り返る。

「翠月、崩していいわよ。初めて見た床はどうだった?」
「…すごく、綺麗でした」

 どうやら淡雪は、星羅のようにすぐに風呂に向かうタイプではないらしい。疲れている様子もなく、そのまま蒲公英たんぽぽの間の中央に座って、翠月に話しかける。

「何を綺麗だと思った?」
「淡雪さんが灯りに照らされてるところ。それから、お互いに相手を確認するような進め方も」
「ふふ、よく見てたわね」

「淡雪、入っても?」
「ええ、どうぞ」

 定衛を番台まで送ってすぐに帰ってきた黎明が、翠月の正面に腰を下ろし、話しかけてくる。

「翠月、気分はどうだ?」
「気分?」
「情事を見るのは初めてだろう? 吐きそうになったりしてないか」
「問題ありません」
「そうか、ならそれでいい。俺が翠玉まで送る」
「ありがとうございます」

 黎明がすぐに迎えに来ることを、淡雪は知っていたのだろう。翠月は鶯色の着物に着替え、翠玉宮へ戻ってから風呂に入った。

 初めて男女の絡みを見た。衝撃と言えば衝撃だった。でもそれ以上に、淡雪の美しさが印象に残った。ただ、疲れたのは確かで、緑翠が戻ってくる前に眠ってしまった。


 *


 翠月が紅玉宮に入るのは、今日が初めてだ。みんなが翠月の匂いに振り返る。宮番の東雲しののめに案内されながら、説明を聞く。

「翠月が来ることは伝えてある。気にするな」
「はい」
「今日の御客は紅玉宮うちの常連で、ニンゲンの匂いよりも欲優先の御客だ。そこも心配しなくていい」
「分かりました」
「泊まり客だから、床が終わったらそっと出て来い。声を掛ける必要はない。あと見世の間も体調が悪くなれば、その時もそっと出て来たらいい。目を逸らすのも手だ。無理はするな」
「はい」

 なぜそんなに心配するのかと、少し不安になる。紅玉宮は黄玉宮とは異なると、いろんな妖から聞いている。ある程度、覚悟はしてきたつもりだけど、紅玉宮の宮番である東雲がそこまで言うほどなのか。

 東雲と共に、ときの間の敷居を跨ぐ。黄玉宮のように丁寧な用意をされるわけではなく、座敷に入った途端、名前も教えてくれない世話係に着物を着せられて、待機するだけだった。

 翠月の戸惑いはそれだけでは終わらなかった。一度番台まで戻った東雲が、すぐに御客を連れ帰ってきて、大柄な男は人間である翠月に目もくれず、そのまま敷物に寝転んだ。事前情報があったとはいえ、驚いた。

 紅玉宮は、床見世だけでも成り立つ宮だ。逆に、黄玉宮では食事や書・楽・舞・語見世を経て、芸者に気に入られ、常連客と認められないと床には進めない。

 慣れ親しんだ黄玉宮との違いを感じながら、二番手・三番手の飛燕・胡蝶の床を見る。黄玉宮では聞かない、御客ひとりに芸者がふたりつく床だ。

「相変わらずふたりは硬くするのが上手いな」
「あら」
「おかげでお前たちでないとここまで立ち上がらない。発情期も治らないし、困ったものだ」
「嬉しいお言葉ですわ」

 淡雪の床とは似ても似つかない、激しい情事。顔が見れたわけではないが、元気で若そうな男は休憩をせず、ずっと芸者を感じさせている。両手でそれぞれの秘部を解しながら、両方の乳首を責められつつ竿に触れられていても、男は果てない。

「さ、今日はどちらから?」
「私から、お願いしますわ」
「ん、おいで、飛燕」
「…ああっ!」
「奥、好きだろ?」
「あっ、ああっ」

 飛燕が男の相手をしている間、胡蝶が飛燕に触れている。翠月は、東雲の助言通り、直視を避けた。声だけでも十分だ。

(…地下を通った時みたいだ)

 同じように、耳に手を当てて声を遮ってみる。くぐもった中でも、その声は突き抜けてくる。隣の座敷には一番手の糸遊がいるはずだが、今日は非番なのだろうか。

(外に漏れないように、妖力が使われているとか…?)

 そんなことを考えて気を逸らさないと、翠月には刺激が強すぎた。

「あっ、ああっ、あん、んああっ!」
「よかっただろ? さ、胡蝶の番だ」
「待ちくたびれましたわ」
「大丈夫だ、硬さは残っている」

「ああ…」
「ゆっくり入るのも、好きだろう?」
「あっ、んんっ、あ、もっと…!」
「仕方のない子だ」
「ああっ、あ、それ、気持ちい…っ、んああっ!」

 最後は目を開けて、御客が擦り付けて外で果て、芸者を肩に侍らせて息を整えているのを見た。翠月は静かにゆっくり一息吐いた後、邪魔をしないようにそっと襖を開ける。

 目の前に、腕を組んだ緑翠と東雲がいた。「ついて来い」と指で示される。座敷から離れてから緑翠が口を開く。

「…見回りの刻だったから、出てくるのを待っていた」
「ありがとうございます」
「なんともないか?」

 その質問は、明らかに翠月を気遣ったものだ。黒曜宮を見た時に、耳を塞いでくれたのはこの妖だった。その選択肢を、とっくに教えてもらっていた。

「…はい、勉強になりました」
「そうか…。ここの御座敷は特殊で、基本はふたりでつくことはしない。一対一で御客と向き合うことになる」
「はい」

 紅玉と黄玉がなぜ相容れないのか、はっきりと分かった気がした。それぞれ、上位芸者の飛燕・胡蝶と淡雪しか床を知らないが、それでも全く違った。紅玉宮は見聞きできないほどに激しくて、黄玉宮は綺麗で落ち着いた床だ。

(見習いとして入ったのが黄玉で、よかった)
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