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第一篇
23.春霖・秋霖の身の上話
しおりを挟む「ねえ、春霖・秋霖」
「はい、何でしょう、翠月さま」
名前をどこからどうやって聞いているのか、今でもまだ掴めない翠玉宮の侍女たちは、相変わらずセットで呼ばないと来ない。黎明に翠玉宮に送ってもらってからは、やっと一息吐けた分、いつもと違うことに気付いてしまった。
「この香油は、黄玉のもの?」
「そうですね、翠玉では使っていないものです」
「気に入りませんか?」
各宮で、使っている香油も違っているのだろう。今の翠月が自分の匂いに違和感を感じるのは、黄玉宮で風呂に入ったからだ。戻ってきた翠玉宮の匂いは、緑翠の匂いでもある。
(私でも感じられるくらいだし、妖それぞれに好みがあるんだろうな)
稽古場は無臭に感じていたが、もしかしたら妖には嗅ぎ分けられているのかもしれない。黄玉宮の香油…、星羅と一緒に風呂に入ったから、この香油が使われたのだろう。たぶん、蒼玉宮や紅玉宮も固定の香油がある。
(天月から特別匂わなかったのは、人間で妖にとってすでに匂いがある状態だから? それとも男だから?)
「いつもと違ってちょっと落ち着かない」
「お風呂の準備をしますね」
黄玉宮を出る前に風呂は入っているが、黄玉宮の香油を仕上げにつけてくれたのだろう。改めて慣れた翠玉宮の風呂に入って、翠玉宮の匂いを嗅ぎながら、ふたりを見ていて思い出した。
「そういえば、柚と芹、黄玉の世話係も双子だった。深碧館で集めてるとか、何か意味があるの?」
何か、言いにくいことを聞いてしまったのだろう。双子が少し困ったように顔を見合わせてから、答えてくれる。
「…双子は、そこまで珍しくはありません」
「ただ、一度に複数、子が生まれることを嫌う平民は多くいます」
「どうして?」
「…ここで生活できている私たちが話すのは、少しおこがましいかもしれません」
「翠月さまは人間で、こちらの世界のことをあまりご存知ないので、お話します」
話したくなければ話さなくても、と言いかけたが、ふたりがそこまで暗くは見えなかったから、教えてもらうことにした。ふたりからの敬語は外れないが、毎日顔を合わせてふた月近くは経つ。それなりに、距離は縮められているはず。
「双子であれば、命はふたつ、同時に育っていきます。食べる量も寝る場所も何もかも二倍です」
「医師を呼ぶのも苦労する平民に、一度に複数の子を育てる余裕はなく、死活問題に発展します」
「ああ…」
翠月の予想より、現実的な理由だった。この世界には妖力が存在するし、呪いとかそういう物もあるのかと思っていた。
「ここに来たのは?」
「十三の時です、翠月さま」
「例祭の時に家族と離れ…、おそらく故意ですが」
「例祭?」
「毎年秋に行われる、神社のお祭りです」
「大勢の妖が通りに溢れるので、紛れさせやすいのです」
「へえ…」
「そこで、暁さまに声を掛けていただきました」
「藍玉の宮番?」
「はい」
(楼主さまではなかったんだ。少し、意外)
芸者は、自分から働きに来ている場合がほとんどらしい。他の侍女や世話係がどういう経緯でここにいるのか、聞いてみたかった。
「『双子なら、この先も行くところがないだろう』と、ふたりで一緒に働かないかと誘っていただきました」
「私たちが緑翠さまの代になってから初めての双子で、それから他の宮にも増えました」
「先に働いていた双子はいなかったんだ」
「後に確認した時には、たまたまだと言われました」
双子は珍しくないが、深碧館に来るのはこのふたりが初めてだったらしい。下町の他の商売に買われているとか、そういうことだろうか。ある程度まで育っていれば、働かせることは可能だ。働くにはまだ幼いような年齢の妖も、藍玉宮には居る。成長すればするほど、金銭負担が増えていくのは兄弟のいない翠月にも想像できた。
「他の宮の双子も皆、例祭で家族と逸れたと言っていました」
「それだけあの時期は、子をわざと手放しやすいのでしょうね」
「翠玉と黄玉以外にも、双子がいるの?」
「紅玉と藍玉には居ませんが、蒼玉の東風と南風は双子です」
「紅玉には、双子の世話係は付かないかもしれません」
「うん?」
女の芸者が配属されるのは紅玉宮か黄玉宮と聞いて、藍玉宮にある稽古場で見世の訓練を受けてきた。その間、天月から紅玉宮のいい話は聞かなかった。「きっと翠月は黄玉だね」と言われ続け、その通りに見習いとして黄玉宮の敷居をまたいだ。なんとなく、紅玉宮がどういう宮なのか、分かってきてはいた。
「紅玉は、自意識の高い集団です。人間や双子など、異質な者への反発が強い宮なのです」
「翠月さまも、紅玉からは攻撃が向くかもしれません」
「うん、あったよ」
「人間ほどではないにしても、双子も相応に嫌われます」
「なるほどね…」
妖としてこの世界で生きていても、虐げられる者はいる。その中で、匂いのする人間がいかに異質なのか、翠月は改めて知ることとなった。
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