妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

21.初めての御座敷 2

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「星羅さま、ご準備いかがでしょうか」
「どうぞお入りくださいませ」

 黎明が御客を連れて、星羅を訪ねてくる。見世の始めには宮番が立ち合い、終わりはタイミングが合えば宮番、合わなければ世話係が番台まで送ることになっている。

 入って来た御客は、星羅よりもずっと年上に見える。翠月が孫くらいの年齢になるだろうか。仕事として、割り切って相手をするのが、芸者だ。

近衛このえさま、本日も御指名感謝いたします。見習いの同席をお許しくださいますか?」
「ああ、星羅の頼みであれば何でも」
「感謝いたします、近衛さま」

 星羅に促され、名乗った後に頭を下げた。いつも通りの座敷の所作だ。

「ほう、人間ニンゲンか…」

 頭を上げる前に、春霖・秋霖の言葉が過ぎる。あの双子は、妖によって匂いの感じ方には差があると言っていた。近衛の次の言葉で、今回の見世が決まるようなものだ。

「…顔をよく見せてくれ、翠月。立派な礼じゃないか」
「稽古を始めてまだひと月も経っておりませんのよ、近衛さま」
「おお、そうかそうか。婆さんの気合が見えるな」
「申し伝えます。きっと喜びますわ」

(ひとまず、認められた…)

 床見世もある廓で、隙を狙っている御客もいるそうだ。ある程度の警戒も必要で、打ち解けた頃に襲われることも、なくはないらしい。妖力を使われたら、人間は避けられない。翠月は、こうして実際の見世を見て、天月からも御客の見分け方を聞いて、できるようにならないといけない。御客からの誘いを逆手に取る芸者もいるとも聞いたが、どこまでが実現可能なのか、翠月には判断できなかった。


 *


 近衛との会話は、星羅がどんどん進めてくれる。星羅が近衛の様々な好みをよく覚えていて、会話も食事もよく進んだ。たまに振られる当たり障りのない言葉も、思ったままに応えるだけでよかった。星羅のフォローもあって、近衛は気分良さそうに酔っているようだ。

(これが、黄玉の一番手…)

 途中、星羅の勧めで琴を数曲披露した。星羅に聴かせたことはなかったが、御客も含めて満足させるには筝曲でよかったと思った。舞よりも、ずっと得意だと感じられる翠月の武器だ。

「ひと月経たずにこの腕前。なかなか将来の楽しみな見習いじゃないか、星羅」
「ええ、わたくしもそう思いますわ、近衛さま」

 近衛が手を伸ばしてもギリギリ触れられない距離を、星羅は保ちながら会話を続けている。翠月も、酒を注ぐ以外では、星羅以上に近くに寄らないように気を付ける。この距離感が、床のない御客との近さで、覚えておく必要がある。ひとりで座敷に上がるようになれば、御客と世話係と自分しかこの間にいないことになる。基本優位なのは御客なことも、星羅の言動から実感させられる。

(襲われないように、自衛すること。同じ人間の天月には、繰り返し言われた)

「…お楽しみのところ失礼いたします。近衛さま、近くご退座いただきたく」
「おお、もうそんなに経ったか」

 襖の隙間から、黎明が時間を伝えに来た。御客は、番台で滞在予定の時間と、どんな見世を芸者と楽しみたいのかを伝えている。その時間が近づけば、こうして宮番が教えに来る。

 星羅のような上位芸者は、指名客からの延長希望にも対応できるよう、当日は他の予約を受けていないことがほとんどらしい。御客が先着で、上位芸者である星羅の見世の時間を買うのだ。

(この世界でのお金の価値はよく分からないけど…。星羅さんがすごく稼ぐ芸者なのは、近衛さまの飲みっぷりからも分かる)

 御客は見世が終わればもう一度番台へ寄り、飲食代などを支払ってから帰る。星羅ほどの芸者であれば、その場で次回を決める常連ばかりだそうだ。

「本日もあっという間でしたわね」
「翠月も居たからな。次の機会にも、同席を頼もう」
「ありがとうございます」

 星羅に促され、書の稽古をした時に書いた名刺を近衛に渡す。緑翠から判子を貸してもらえず、まだ箔はない。それでも、何もないよりは御客の記憶に残るだろう。

(本当に、私も指名されるんだろうか…? 近衛さまにしか分からないことだけど)

 この後の精算で、予約を取るか取らないか。それを知るのは近衛だけだ。
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