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第一篇
20.初めての御座敷 1
しおりを挟む翠月は、順調にこちらの世界に馴染んでいると、緑翠は感じていた。天月が時間を割いてくれるおかげで、翠月を任せて、自分の楼主としての仕事を進められる。
顔を合わせれば、現状の報告も入れてくれるし、稽古での翠月の様子は、あえて聞き出さなくても勝手に頭に入っていた。天月からは、同じニンゲンが来て、嬉しいと思っているのが溢れ出ていた。
「緑翠さま」
「黎明か、珍しいな」
「星羅が、翠月を借りたいと」
「……まだ稽古を始めてひと月も経っていないが?」
黄玉宮の一番手である星羅は、どこで翠月の情報を得たのだろうか。翠月と仲の良い天月は蒼玉宮の一番手で、女禁制、語見世の苦手な天月には手紙も通じない。
黄玉宮の芸者が、自らの宮から出ることはほぼない。もし紅玉宮の芸者と出会いでもすれば嫌味の言い合いになるため、明言はしていないが、禁じているようなものだ。天月が深碧館内を自由に出入りできているのは、蒼玉宮が男色の集まりで、紅玉宮・黄玉宮とは御客の好みが異なるからだ。
(天月が宵に話して、宵から黎明に渡ったか?)
蒼玉宮の宮番・宵から、黄玉宮の宮番・黎明に話が行ったなら、星羅が翠月を知ってもおかしくはない。
「御客を選ぶなら、いい。黄玉の一番手につく御客なら、妙なことはしないだろうが、翠月はニンゲンだ。気をつけてやってくれ」
「かしこまりました」
*****
「貴女が翠月ね?」
「本日はよろしくお願いいたします」
翠月は黎明の案内で、黄玉宮の一番手の座敷、藤黄の間に入った。二文字であれば、看板の逆さ文字も大変なものではない。そこで、着付け前の星羅が迎えてくれた。金色の髪をまだ下ろしていて、瞳も金色、見た目は派手だと思った。初対面でも分かる、自信に満ちたオーラがある。
「急に呼んでごめんなさいね? 早速、黄玉の着物に着替えてくれるかしら」
「はい」
柚と芹の双子、それから菘という世話係が翠月を着替えさせた。双子は一応名前を教えてくれただけで、翠玉宮の侍女である春霖・秋霖と同じく、特に見分けなくていいのが、他の妖の動きで分かった。
淡い黄色、でも世話係と同じものではなく、少し上質な物だろう。上位芸者になれば、座敷に出る時の着物の色を選べるようになるとも聞いた。翠月の黒髪もあっという間に結われ、仕上げは星羅自身が、翠月の帯に扇と簪を差した。
「黄玉の御座敷に上がる時は、その簪を差してね。髪でなくてもいいわ」
「分かりました」
見習いのうちは、宮の色を身に着けていないと、どの宮所属として座敷に出ているのか御客が分からず、混乱させてしまうそうだ。きちんと芸者として認められた後に見世に出ればそんな心配は要らないが、翠月はまだ見習いだ。今まで着ていた翠玉宮の薄緑の着物は、世話係によって畳まれて襖の奥へ運ばれていった。
少し落ち着いて、座敷の装飾を見ているうちに、御客を迎えるための着物に着替えた星羅が現れた。さすが、一番手。天月以外の芸者を知らないが、そう思わせる豪華さだ。櫛も化粧も煌びやかで、こだわって身に着けているのが、細部まで見なくても分かる。
座敷に入る上での注意事項や、見世の始め方、終え方を聞く。婆からも教わっているが、宮によってしきたりもあるらしい。まず気をつけることは、御客をひとりにしないこと。酒のおかわりなど何か外に用があれば、世話係を呼んで準備してもらう。自分で取りに行くことはしない。
それから、御客が何より最優先なことも、繰り返し言われた。御客の希望をできる限り叶えてあげること。それが芸者の務めだ。
「ただし、床はまだだめよ。貴女が床見世をするのはまだ先。今は楽や舞の評価をもらって、自主稽古に活かしなさい」
「はい」
「今日の御客は私の常連さまで、毎回私を指名してくださる御方。若い頃は町奉行として下町を守っていたそうで、少し大柄だけれど、宝石の名を持つ御方ではないし、多少の粗相も見逃してくれる優しい御方よ。貴女のことも黎明から聞いて、大丈夫だと思ったから呼んだの。自信を持って」
「ありがとうございます」
いきなりの座敷に戸惑うかと思っていたが、実際のところは好奇心の方が勝った。今まで翠月が接していた妖は深碧館内の芸者や侍女、見習いに限られていて、御客として来る妖への興味が湧いたのだ。
妖であれば当然知っている下町の職業も、翠月は知らない。その都度、どんな仕事なのかを覚えていくだけだ。
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