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第一篇
17.黒系宮・瑪瑙宮と黒曜宮 5
しおりを挟む「上も大変だろう?」
「みんな、緑翠さまほど線引きが上手くないので」
「俺も、なりたくてこうなってるわけではないが?」
「知っています」
妖力が高ければ、欲も強いのが普通だ。地下の宮番たちには、緑翠が薬がなくても発情期が薄いことを伝えてあるが、上階の宮番は薬で抑えていると思っている。どちらにしても、緑翠は特別、興奮しないようにと意識する必要もなく、床見世の最中の廊下を歩くことができる。毎晩の見回りで、その情事の濃さに驚くことはあっても、反応することはない。
「緑翠さまは将来、苦労しそうですね」
「将来?」
「貴族の方には、後継が必要でしょう?」
「ああ、それにはまず相手からだな」
「そうですね」
貴族とは、ややこしいものだ。平民とは違って、その血を絶やしてはならない。どんな手でも、血統を残さなければならない。瑠璃のように女しかいない場合でも、男仕事の家業を継がなくてはならないのだ。
緑翠自身、その血縁や家名に振り回された側の妖だ。深碧館の内部で、皇家の内情を全て把握しているのは朧だけで、残りの者は知らない。
そろそろ、雑談は十分だろう。上階の宮番とは当然上階で会うが、黒曜宮の烏夜には倫理違反の芸者を任せていることもあり、ここまでゆっくりと話せる間を取ることが少ない。
「それで、何か変化は?」
「特別ありません。あれば報告していますから」
「だろうな」
「あえて言うなら、少し常識的な殿方が増えましたね」
「常識的?」
「子を宿せば身請けを強要されると、身籠らないようにされる方が増えました」
「まあ、常識的だが…、今更だ」
「そうなんですよね。誰の子を宿したかなんて、生まれてからも確認のしようがないのに」
(瑠璃が疑問に思うのも当然だったということだな…)
緑翠は、無理もない、と思った。ふた月前のあの日から、緑翠の気は翠月に向いた。他への注意が反れても仕方ない。ただ、たとえ裏家業だとしても、夜光から認められた仕事のひとつではある。気付かなければならなかったことだ。
「客入り自体が減ったわけではないんだな?」
「ええ、今日は少ない方ですが、基本的に毎日、激しい情事が行われていますよ」
「なら、いい。黒曜にいる芸者を身籠らせたからといって、身請けを高額に、なんてしないが…」
「おっしゃる通り、特定ができないことも含め、お伝えしています」
「それでいい。最近子払いがないと、瑠璃さまが気にかけてくださった」
「ありがたいお話ですね」
烏夜と月白のふたりは、瑠璃が裏家業として、緑翠の子払いを手伝っていることを知っている。これが、上階の宮番とは大きく異なる部分だ。他にも上階の御客で、裏口から黒系宮に出入りする高位貴族はいるのだ。それを、地下の宮番には教えている。瑠璃は、黒曜宮での出産に関わる医者だし、瑪瑙宮の元芸者の診察も請け負っている。関係者である緑翠、烏夜、月白と楼主代理の朧以外で知るのは、天皇である夜光のみだ。
「無理をさせることはないが、子払いがないことも、頭の片隅には入れておいてくれ」
「承知しました」
黒系宮で生まれた子は、平民で子を育てたいと思っている夫婦へ届けられる。これが、子払いだ。母親の行先が決まっている場合は、一緒に身請けされ育てられることもあるが、母親の身請けが決まることは滅多にない。母親と父親が一緒に生活すると話がまとまったとしても、子は要らないと払われる。
女の身体負荷が大きい出産を、医師を気軽に呼ぶことができない平民は、なかなか望まない。平民の家庭は、実の血縁でなくても成り立っている。だから余計に、貴族は血縁重視に偏っている。それが、貴族である証とでも言うように。
(夜光さまは、子払いを認めていらっしゃる。国家の次世代を育てることは、どんな生まれであっても国益であると言い切る御方)
花街出身であることは平民の夫婦に伝えられず、本人にも確認する術はない。出生は伏せられたまま、孤児は育ての親の元で成長する。
貴族が血縁に縛られるのは、裏家業も含め生業が上手くいっている証拠ともとれる。より高位の貴族であればあるほど、利益を出し続けるために努力し、夜光に認められているという箔を維持しようとする。言い換えれば、箔を得るためなら、代々行ってきた生業を継承するために、性別を偽ることも厭わないのが、高位貴族だ。
緑翠も、自身が高位貴族であるが故に振り回され、その継承問題は未だ解決していない。
(俺の場合は、より面倒だが…。深碧館の、表に出るニンゲンが増える。実家に知られると何かと面倒だな)
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