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第一篇
13.黒系宮・瑪瑙宮と黒曜宮 1
しおりを挟む「緑翠さま」
「宵か」
「左様で。瑠璃さまが、一言申したいとのこと」
「分かった、すぐに向かう。天月の座敷だな?」
「はい」
朧と番台に立っていた緑翠に、宵が伝えてきた。楼主として、たまには番台に顔を出しておかないと、御客に舐められる。
瑠璃は、女禁制の蒼玉宮に来る御客の中でも、上客のひとりであるが、普段は隠している表での立場は特殊で、男装をして振る舞っている女である。これを、緑翠は知っていて、女の中では瑠璃にだけ、蒼玉宮の出入りを許可している。当然、裏で交わした条件はある。
医師として働く者は男しかいない。女でその仕事に就くには、家の存続のためとはいえ、やはり偽るしかなかったのだろう。
女であるため体格は華奢だが、髪は短く揃え、天月よりも少し背は高いだろうか。おそらく、本来の声はもう少し高いのだろうが、低く声を出す。瑠璃は女だと明らかになってはいけない。
事情を打ち明けられていることもあり、瑠璃と対面するとなると、毎度妙に気を遣ってしまう。緑翠も、代々皇家が生業としてきた深碧館の楼主となったし、裏家業も同じく継いでいる。血縁という縛りは、どの高位貴族も同様だろう。
今日も瑠璃は天月を指名し、もしかすると二番手の君影も一緒に見世に入っているかもしれない。華奢で小柄なふたりは、瑠璃が女であることを知らない。瑠璃のことを知っているのは、緑翠と朧、それから蒼玉宮の宵、瑪瑙宮の月白、そして黒曜宮の烏夜だけだ。芸者にも世話係にも教えていない。秘め事を知る人数は、絞るに限る。
蒼玉宮の廊下を進み、一番手の水縹の間の前で正座し、襖を少し開く。楼主として御客に、到着したことを伝える。
「瑠璃さま、お待たせいたしました。緑翠でございます」
「お待ちしておりました」
瑠璃の許しを得てから、座敷の中へ足を踏み入れる。本来、見世の間は襖を閉じきり、部外者は入らないものだが、御客が望めば話は別だ。
天月と、やはり同じ座敷にいた君影が一緒に奥へと引き上げる。それぞれの座敷は御客の通る廊下とは反対側、宮の中央部で繋がっており、世話係が行き来できるようになっている。その間で、芸者のふたりは一旦待機する。
今回の見世では、食事を楽しまれたようだ。「失礼」と断って盆を退かしてから、瑠璃のすぐ横に、彼女とは逆を向いて腰を下ろす。これが、緑翠の耳に口を寄せて話す瑠璃のための、基本姿勢である。
(瑠璃との会話は、芸者に聞かれたい話ではないからな)
「…地下では、宿らずで?」
「ええ、徴があれば、お伝えしております」
扇ではなく杯で口元を隠しながら、瑠璃が話す。女にしては低い、潜めた声に返していく。
「彼らの致し方なら、いつ宿ってもおかしくないものを」
「隠していると?」
「いいえ、緑翠さまが何か操作しているとは思っておりません。隠したところで、医師が居なければ対処は不可能ですから。ただ少し、間が空いているなと」
「その点は認めますが、見世の仕方を変えたわけではありませんよ」
「そうですか、疑問は解消しました」
「では、失礼しても?」
「ええ、わざわざありがとうございます」
「こちらこそ、どうぞお楽しみください」
天月と君影を呼んで、ふたりが瑠璃と話し始めたのを確認してから、一礼して座敷を退出した。
瑠璃は、天月がニンゲンであることに気付いたその日、つまり天月が見習いとして座敷を踏んだ日から、ずっと天月を指名している。裏で顔を合わせた時に確認すると、「ニンゲンの動きに興味があったから」と答えられ、緑翠は聞いたことを後悔した。瑠璃は表でも裏でも医師なのだ。「解剖したいわけではないですよ」と付け加えられ、年長者に弄ばれていると気付いた時には、何ヶ月経っていただろうか。初め数ヶ月は、宵に警戒するよう伝えていた。
(子払い、か。瑠璃に指摘されるまで、気にかけていなかったが…。確かに、最近徴を聞かないな)
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