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第一篇
11.翠玉宮の侍女 1
しおりを挟む「翠月さま、お話しても?」
「はい」
「私たちは侍女ですので、敬語でなくて大丈夫です」
「そう」
春霖と秋霖がふたりそろって話しかけてきた。昨日はとりあえず従って風呂に入ったが、今日もそうなるんだろうか。
「こちら、緑翠さまが」
「日記の一式?」
「はい。使い方はご存知で?」
「なんとなく」
「そうですか」
侍女たちが少し驚いたように見えた。普通は知らないものだったようだ。
「人間だから、知らないと思った?」
「いえ、ここは平民出身の妖ばかりで、使ったことがないと言う者も多いのです。藍玉では、全員に確認していますよ」
「机も寝間にご用意しましたので、ご自由にお使いください」
「ありがとう」
(平民出身の妖……)
試しにその日記をペラペラと捲ってみる。天月がくれたメモとは違って、穴が開けられて綴じられて、一冊にまとまっている。適当なページに、そのメモが飛ばないように挟んでしまう。
「ねえ」
「はい、何でしょうか、翠月さま」
《さま》付けに慣れず、止めてほしいと言いたくなるが、たぶん聞き入れてくれない。
このふたりは、侍女だ。自分たちでそう言っていた。深碧館での序列は、楼主である緑翠、代理の朧、それから各宮の一番手・二番手・三番手、それ以外の芸者と並ぶんだろう。天月の話によれば、翠玉宮にいるこのふたりの侍女は見世には関わらない。深碧館での侍女の立場が人間の次に低いことは、なんとなく予想ができた。
「……ここはどうして平民出身の妖ばかりなの? 他には位の高い妖もいるの?」
「深いところを突いてきますね」
「おそらく、徐々に分かることですが、軽くお話いたします」
他の廓には、貴族や権力者などに、借金を作らせる楼主が多いらしい。策に嵌まり没落してしまった家出身の令嬢が、芸者として廓に入って、やりたくもない見世で借金を返す。早く返して廓を出たければ、身体を使う床見世をする必要がある。それが、普通の芸者へのなり方だそうだ。
そういった廓では、平民の男が安く元貴族の女芸者を襲えると人気らしいが、深碧館の芸者や御客はいい顔をしない。そもそも、教養をしっかり教えて、床のない見世ができる芸者を育てようとする廓は、深碧館だけと言っていいらしい。
深碧館の芸者は基本的に、「芸者になりたい」と希望して入る者だけ。周辺の一帯では最高級館であるため、御客も高位で、ある程度の社会的地位がある。婚約者探しや勉強のために芸者希望として、平民がたくさん集まってくるそうだ。その分、見習いの段階で脱落し実家に帰る者や別の廓に行く者もいると、説明を受ける。
深碧館には、元々貴族だった妖がいないわけではなく、それを隠すために偽名を使っているらしい。高位貴族でなければ、宝石関連の名前も持っていないし、そのままの場合もあるとか。
そもそも、貴族が芸者を目指すこと自体稀で、借金などの取引をしない深碧館にはまずない状況だそうだ。それでも、社会的地位のある相手を探しに、貴族であっても芸者を選んだ妖がいるという噂は、侍女や芸者と共に御客の相手をする世話係の間で根強く流れているらしい。ふたりには、それが誰のことかは分からないそうだ。
(偽名だと分かっているのは、私と天月だけ。それもみんなが知っているわけじゃない。他にも偽名はいるかもしれない)
「他にも何か、聞きたいことはありませんか?」
「緑翠さまより、頼まれているのですが」
「ああ、そういうこと…」
翠玉宮から緑翠が見世に出たし、天月も見世だ。翠月がひとりになるからと、侍女たちに声を掛けていったんだろう。天月から聞いたことを整理するのに、ちょうどいいかもしれない。
(楼主さまも、見世…? いや、ここのトップだし、天月と同じことをするわけじゃないはず。とりあえず、もっと基本的なところから…)
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