好液者の少年

垣崎 奏

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3.お出掛け

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 オスカーに守られる一環として、夕飯がてら学食で話すだけだと、レンは思っていた。「出掛けてみてもいいだろうか」と、オスカーに声を掛けられ驚いたのをよく覚えている。

 オスカーは吸血鬼で、直接太陽に当たることができないため、陽の長いこれからの季節はどうしても活動時間が遅くなる。長袖を着ていれば問題ないとオスカーは言い張ったが、レンが気を遣って、夜に動くことになった。

 陽が落ちてから、食事時を過ぎた飲食店で夕飯を食べつつ話し、その後のオスカーは、レンを誰もいない天然の展望台に連れていってくれることが多かった。夜目が利き、樹の上にもレンを抱えたまま登れてしまう。「上から世界を見下ろすと、少し気が落ち着く」と、オスカーは何ヵ所か、こういった展望台を決めているらしかった。

 せっかくならと、レンはカメラを持ち出し、素材となる風景をたくさん撮った。レンが合間に盗み見たオスカーは、満足気に微笑んでいるように見えた。

 絶対に、オスカーはいい被写体になる。スタイルも顔も整っていると、レンは思った。物憂げな雰囲気もあって、上手く表現できるようにシャッターを切りたいと感じていたが、オスカーを被写体とする許可をもらう勇気は出なかった。レンは人が中心となる写真をあまり撮ったことがなく、モデルの提案はできなかった。

 おそらくオスカーは、レンを連れ回すことに何か意図を持っている。教えて欲しいと思っていないわけではないが、聞こうとも思えなかった。尋ねてしまったら、普通の人間では来られない風景を撮るのが、難しくなってしまうような気がした。

 大学生になってから初めてこの地域へ出てきたレンは、ひとりでは入れないところに連れて行ってくれるオスカーを、研究者と学部生の立場なのに、学内で初めてできた友人だと感じていた。

 写真を撮れることももちろんだが、オスカーの話は面白い。吸血鬼関連の話ももちろんあったが、オスカーの同僚のことや試験の攻略法など、レンは飽きなかった。

 遊びに行った日のオスカーは絶対に、レンをひとりで帰さない。話しながら、下宿先へと送り届けてくれた。


 レンは、段々とオスカーに惹かれていると自覚し始めていた。一緒にいて楽しいし、心地いい。オスカーと居て、レンが嫌だと感じることは何もない。

 高校までのレン、いや、オスカーに出会うまでのレンは、他人に興味が薄かった。クラスメイトの顔もぼんやりとは覚えている程度で、レンの瞳に映るのはいつも、カメラのレンズを通した被写体としての顔だった。

 オスカーは、人間のレンの血を求めているだけなのも分かっているのに、会う頻度が上がるのを止められなかった。


 *


 オスカーが行きつけだというバーは、レンからすればすごく大人な場所だった。レンはまだ未成年で、アルコールは飲めない。今まで行った飲食店で、それはオスカーも知っているはずだった。

 カウンター席に着いてすぐ、オスカーはバーテンから真っ赤なグラスを受け取って、補助血液を取り出した。

 ソフトドリンクを頼んだレンは、目を見開いてしまった。補助血液を外で見せることには抵抗があると、思い込んでいたのだ。


「このバーは、ドレッシングや調味料の持参が認められている不思議な店だ。自分で好みの味に変えて飲食ができる。真っ赤なカクテルに混ぜると、色も混ざって、味も幾分か飲みやすくなる。成分や効力にも問題はない」
「なるほど、だからここでは出したんですね」
「そうだ。普段は研究室か、自室に居る時にしか飲まない」


 オスカーは補助血液を垂らして、グラスに刺さっていたマドラーで馴染ませてから、口をつけた。いつもと同じ味だったのか数回頷いた後、レンに話を続けてくれた。


「匂いを感じたことはないが、この店には俺と同じ性質の者が関わっていそうでな」
「ああ、何か気になることでも?」
「俺は探偵ではないし、補助血液が上手く行き届けばいいと思っているだけだ。公に商売ができている以上、目立つような有害さを持つ可能性は低い。もしそうなら、レンをここに連れてくるのは危険だ」


 オスカーと話すようになったレンは、吸血鬼の性質についても普通の人間より随分と理解していた。オスカーは直接口に出しはしなかったが、目立つ有害さとは、吸血鬼が人間を襲って吸血することだ。

 レンは、オスカー曰く、吸血鬼にとって凶悪な血の持ち主だ。有害な吸血鬼、つまり人間を襲ってしまうほどに血に飢えた吸血鬼が居るとすれば、レンは血を出すわけにはいかない。


 *


 オスカーは、レンの問いにはああ答えながらも、レンを連れ回すことで吸血鬼を炙り出そうとしているのは事実で、狙いだった。

 人間の血を無理矢理吸う輩がいて、当然犯罪ではあるが、吸血鬼には警察組織がない。人間中心の世界では、吸血鬼に力で勝てないため、人間の警備は意味がない。全ては、吸血鬼側の理性とモラルに任されている。

 吸血鬼にとってレンが好液者である以上、レンが外で血を出してしまった時に寄ってきそうな、パートナーのいない飢えた吸血鬼を、オスカーは把握しておきたかった。

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