好液者の少年

垣崎 奏

文字の大きさ
上 下
2 / 13

2.事実確認 1

しおりを挟む

 オスカーに会ってから、都会に出て撮影をする合間に、確かにちらほらと吸血鬼らしき長袖の人が目に入るようになった。

 今回の依頼主は写真だけが欲しいとのことだったため、同行して構図や色の確認をすることはなかった。ひとりで指定されたカフェのケーキとドリンクを撮影し、食べる。もちろん、店には事前許可を取ってある。

 その帰り道でも、これから本格的な夏が始まろうとするのに長袖の人がいて、頭から離れなくなってしまった。


 *


 レンの本業は当然大学生で、大学図書館には入り放題だった。吸血鬼についてオスカーに聞いてから妙に落ち着かなくなってしまったレンは、講義の合間に図書館で調べてみることにした。

 さすが、大学図書館。名刺を見る限り、オスカーの研究もここでやっているらしく、吸血鬼関連の専門図書もたくさん見つかった。

 吸血鬼は、人間の血を飲むことで、人間に紛れて生活ができる。食事は人間と同じように取るが、人間の血液を飲まなければ気性が荒くなり、理性を失い、なりふり構わず人間を襲うようになる。

 オスカーの話が本当なら、レンの血は狙われやすい匂いをしているらしい。オスカーに出会うまでは全く意識していなかったのに、だんだんと怖くなってしまった。


 大学を休むわけにはいかず、撮影も辞めたくないレンは、オスカーに電話を掛けた。連絡を取ることそのものにも悩んだし、いつ掛けようかタイミングにも迷った。

 研究者の一日を知っているわけがない。結局、午後の講義が終わって家に帰り、日が変わる手前で掛けることになってしまった。素直に「本を読んだら怖くなってきた」と話すと、遅い時間に掛けてしまったことは何ひとつ触れられず、「先日はすまなかった」と謝られた。

 そして、抵抗感がないようにと、後日、慣れた学食での夕飯に誘われた。


 *


「本を、読んだのだな。勉強熱心なのはいいことだ。怖くなったと言っていたが、当然気になったこともあるんだろう?」


 レンはオスカーの勧めた学食のコーヒーを手に、端のラウンジに向かい合って座っていた。オスカーがコーヒーを一口にした後、言ったのがこの言葉だった。吸血鬼は心まで読めるのだろうかとレンは思ったが、どれもレンが電話で言った内容なだけで、オスカーは話し始めるきっかけをくれただけだ。


「……血を飲まないと、どうなるんですか」
「人間の血を飲まないとどうなるかは、一言では言い表せない。荒れる、自暴自棄になる、周りが見えなくなる。血を浴びるように飲み干すまで止まらない、止められない」
「うわ……、あ、すみません」
「いや、素直に思ったことを言ってくれて構わない。読んだ内容と、同じか?」
「……はい」


 正直、本を読んでからも戸惑いしかなかったレンだが、面と向かって事実を伝えられると、受け入れるしかなかった。それでも、混乱はしたままだ。


「そうだろうな、ここに置いてある書籍選びには、俺も関わっている。他には何か見たか?」
「えーと、太陽が苦手だと」
「ああ、肌が焼けて灰になる。多少であれば回復するが、回復が間に合わないほど長時間浴びれば、そのまま死に至る」
「死……」
「最近の吸血鬼の死因の大半は、太陽への憧れだ。これだけ人間に紛れてしまえば無理もない」


 レンは「へえ……」と返すのがやっとだった。本に書いてあったこと、全てがオスカーによって肯定されていく。存在は知っていたが、近いところにいるとは思っていなかったのだ。


 *


「今更なのだが、名前を聞いてもいいだろうか」
「あ、レンと言います、レン・クラウチ」


「名乗ってなくてすみません」と謝りながら、レンは名乗った。オスカーは気にすることなく、話を続ける。


「レンの血は、言い表すのならば、『凶悪』だ」
「凶悪……」
「吸血鬼にとっては、気が狂うほどの匂いがする。しばらく吸血していない者が近づけば、一瞬で噛みついているだろう。吸血が間に合っているものでも、理性を乱される」


 オスカーが自分の首元を指さした。吸血する時にそこからすることは、レンにも伝わった。


「もし吸血鬼に噛まれたら……」
「ああ、噛まれた方も吸血鬼になる」
「人間の血を?」
「そうだ、求めている。ただ、パートナーがいれば、吸血は楽になる。互いの血で補えるからな」
「パートナー?」
「パートナーであれば、相手が吸血鬼でも血が満たされる。吸血する血の相性の話だが、人間風に言えば恋愛とでも言えばいいだろうか。男女問わず、吸血と性交をするだけの関係も含むが」


 レンには縁遠い話で、ぼっと顔が火照ってしまう。今まで、そんな関係になる相手はおらず、大学に来ても今のところ変わっていない。


「…パートナーは?」
「俺にはいない。今までもいたことがない。だからこれを」


 胸ポケットから出てきたパックには、《補助血液》と書かれてある。栄養補給のゼリーに、パッケージは似ていた。あまり人に見せるものではないのか、オスカーはすぐに戻した。


「あまり美味しいとは思えないが、これがないと人間を襲ってしまう。だから、俺は研究をしている。パートナーがいたこともないし、本当に美味しい味など知らないのだがな」
「もし、研究のために血を飲むとしたら、僕は噛まれて吸血鬼に?」
「いや、これと同じくパックに血をもらう。献血と言えば想像ができるだろうか。数十分かけて抜き、それを保存する。あくまで研究としてもらい、俺が飲むわけではない」


「なるほど」と相槌を打った。レンは血を抜いた経験があっただろうかと考えてみるも、毎年の健康診断ですら検査項目にはないから、思い出せる記憶はなかった。


「…ちなみにそれは本物ですか?」
「これは便宜上血液と呼んでいるが、完全な血液は生み出せない。動物の血液は使っているが、フェイクなだけだ。人間の血には勝てないし、特にレンの血はその上を行く」
「……」
「戦争がたくさんあった頃は、戦場に行けば補給できたが、今の時代、この国では難しい。動物の血すら手に入りにくいくらいだ。少し生々しい話だったな、すまない」
「いえ…、知れてよかったです」


 レンは、こういったグロテスクな話題を、学食で聞いても体調に出ない自分に感謝した。何なら、さっきオスカーとここで夕飯を食べたところだ。人によっては、吐き気を感じただろう。


「俺からも、少し聞いていいだろうか」と、オスカーが断りを入れてくる。レンとしては、吸血鬼の話をずっと聞いていて、自分の話をするのは休憩にちょうどいいと思った。


「今まで、血が出るような怪我は?」
「大きなものは何も。あっても、かすり傷とか」
「そうか…、今までレンの近くには吸血鬼がいなかったのだな。この大学へはいつから?」
「今年からです」
「つまり先月からの新入生か」
「そうです」
「今まで気づかなかったわけだ。下宿だろう?」
「え、はい」


 新入生であることはともかく、何故下宿であることまで分かったのだろう。この前送ってもらった時には、オスカーが家のドアの前に来たわけではない。マンションのロビーに送ってもらっただけで、そのマンションが世帯向けか単身向けかなんて、分からないと思った。

 そんなレンの疑問を感じ取ったのか、オスカーは聞かずとも話してくれた。


「この大学で研究をすることになった際、周囲に住む人間については軽く調べた。他の吸血鬼がいないことも、匂いで分かっていた。それで、俺の研究に協力できる人間も、俺の本能を狂わせる人間もいないと分かってここに定住している」
「それじゃあ…」


 オスカーは、大学から出て行かないといけないんじゃないか。もしオスカーが、生徒であるレンを襲うような事態になれば、一大事では済まない。レンの心配は、すぐに払拭された。


「ああ、研究場所を変えることは今のところ考えていない。その本人と連絡が取れているし、俺は補助血液を飲めるからな」
「ああ、それならよかったです」

「レンが嫌でなければ、またこうして話すことはできるか? レンに近づく吸血鬼がいれば、把握しておきたい」
「はい、構いません。でも…」
「何か?」
「献血をする勇気はまだ出ないというか…」
「ああ、その話か。無理にとは言わない。気が向いた時に話すが、副作用もないわけではない。ただ、レンは狙われやすい。見守っていないと俺が落ち着かない」
「…よろしくお願いします」


 こうして、レンの日常は大きく変わることになった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王と宰相は妻達黙認の秘密の関係

ミクリ21 (新)
BL
王と宰相は、妻も子もいるけど秘密の関係。 でも妻達は黙認している。 だって妻達は………。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

俺は勇者のお友だち

むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。 2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

処理中です...