好液者の少年

垣崎 奏

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1.出会い

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 レンは、この春から写真を学びに大学生になった18歳だ。いろんなバックグラウンドを持つ人が集まるこの地域では、地味な黒髪に茶色の目で、写真を撮るには紛れられてちょうどよかった。

 写真や映像表現を学べると有名なこの学部に入れば、高校時代から続けている、写真を売買することにも箔がつく。レンはすでに地元では少し名の知れた写真家で、広報誌の飲食店紹介の写真に採用されたこともあった。

 下宿先から近い馴染みのカフェに、いつも通りひとりで入った。今日撮影した写真をどう加工して自分のサイトに投稿するか、食べながら方針を決めようと思ったのだ。


って…」


 たまたま手に取った、新しくなったメニュー表で指を切ってしまったようだ。こんな傷、舐めておけば治る。一応持っていた絆創膏を巻いておいた。

 メニューが変わっても、普段からよく頼むものは残っていた。サラダ、スープ、それからパンのついた、ハンバーグセットを頂いた。


 *


 絆創膏のある指に違和感を感じながらカフェの外に出ると、目の前にひとり、長身の男性が腕を組んで立っていた。レンが半袖なのに対し、長袖を指先まで隠すように着て、目深に帽子を被ったその男性は、まるでレンを待ち構えていたかのようだった。


「急にすまない。こちらへ」


 その男性の緊迫した低い声に、レンは断れなかった。何やら事情があるらしいのは、伝わってきた。

 飲食店の並ぶ通りから一本入った、死角になる路地に、レンよりも頭半分ほど背の高い男性とふたりだ。レンも低くはないが、この人が細すぎず、かといってマッチョな訳でもなく、同性のレンから見ても羨ましいほどスタイルがいい。悪い人な印象は受けず、顔も整っていて、写真映えしそうだと、レンは思った。


「……不快だとは思うが、させて欲しい」


 何をするのかと問う暇もなく、男性が膝をついて、レンの手を取り、指に巻いた絆創膏を剥がした。そのまま口を近づけ、その傷に舌で触れた。

 レンはされるがままで、起こったことに目を開くことしかできなかった。舐められたこともそうだが、さっき作ったはずの傷が、跡形もなく消えた。治ってしまったのだ。


「……かなり、吸血鬼を誘惑する血だ。襲われる可能性が高い」
「吸血鬼……? こんな田舎に?」
「そこまで田舎とは思わないが…、普段は皆上手く隠れている。俺のように、太陽を避けている人を見たら疑った方がいい。今まで意識していなかっただけで、目につくようになる」


 春先にしては分厚い長袖で、帽子もおしゃれにしては大きく、深く被ったその男性は、確かに太陽が苦手そうだった。ぐるっと周囲を見回して、男性はさらに言葉を続けた。


「この後、時間はあるか?」
「え、あ、はい」
「少し、話を聞いてほしい」


 言われるがまま、レンは男性と路地を歩いて、喫茶店へ連れて行かれた。店員さんと、談笑している数名のお客さんしかいないが、落ち着いた雰囲気で、重そうな話をするには適していそうだった。

「好きなものを注文するといい」と言われ、レンはとりあえずアイスコーヒーを頼んだ。


「自己紹介が遅れた。こういう者だ」


 丁寧に両手で名刺を渡され、レンは受け取った。男性の名前は、オスカー・ウィリアムズ。見覚えのある、レンが通う大学の校章や企業のエンブレムが印刷されていた。


「俺自身、吸血鬼だ。知っている人間は限られるがな」
「そう、でしょうね……、初めて出会いました」


 この世界に、吸血鬼は、いることにはいるのだ。太陽を浴びられない体質で、大なり小なり牙があると聞く。ただみんな上手く人間に紛れて生きていて、レンは会ったことがなかった。いや、身近にいても気付くことがなかった。


「俺は研究が仕事だ。特に、吸血鬼が好む血液の研究をしている。もし協力してくれるのであれば、連絡がほしい。そんな匂いを放つ血には、なかなか出会えないのでな」
「はあ……」
「考える時間が必要なことも分かっている。連絡を待っている」
「…分かりました」

「まだ、匂いが漂っている。嫌でなければ、家まで送りたい」
「え、そんな、大丈夫です」
「吸血鬼は基本、身を隠している。近寄られても、気付けないと思わないか?」
「……お願いします」


 レンが折れるしか、選択肢はなかった。
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