ふたりで居たい理由-Side H-

垣崎 奏

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H-27.クラスメイト

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☆☆☆


「ひーなちゃん」
「……」
「冷たいなあ、ご飯くらい一緒に食べてもいいじゃん」


明らかに嫌な態度は出しているはず。それでも正面に座って、私の目の前で食べる。前の席の子は、学食利用らしく、昼休みにはいつもいなくなる。


「ひなちゃん、食べるの早い」
「急いでるから」
「せっかくオレと話せるのに?」
「私は話したくない」


話しても無駄なんだけど、黙って離れたら負けな気がして。こいつがいいように噂を流すような気がして。それなら、クラス中の女子の視線が向いてるうちに、聞いておいてもらおう。


「オレは話したいんだけど。いつになったら、オレのこと見てくれるの」
「は?」
「オレのこと、意識してくれないの」
「しないね」


衝撃を受けたらしい小林を放置して、立ち上がって教室を出てすぐ、声が聞こえた。


「思いっきり嫌がってんだろ…」
「え」


(今の誰、誰の声?)

私に向けられた、同情の言葉に聞こえた。振り返ってみても、当てはまりそうな人が誰かは見当がつかない。

状況を飲み込めていたし、クラスメイトだろうか。分かるのは、男子の声だったことだけ。

あいつから離れることしか考えてなかったし、今の気分で図書室に行く気にはなれなかった。このイラつきと驚きを持ったまま、図書室にある本を適当に選んで読んでも、文字を追うだけの作業になってしまう。

執着してくるけど、追いかけてはこない。私が席を立てば、女子が相手をしてくれるんだろう。





掃除の時間になると、嫌でも顔を合わせる。箒を持ってるくせに、床を掃かない。支えにして、女子としゃべってる。


「おーい、小林、お前ちゃんと働けよー」
「はーい」


熱血担任が今日は見に来てるのか。注意されたあいつが掃除に戻ると、女子がフリーになって視線が私に集まる。

昼休みに絡まれるから、目の敵にされてるんだろう。勝手にどうぞ。ただ、そうやって見るだけで手を動かさないのは頂けない。あいつの掃除当番が終わるのを待ってるなら、少しは手伝ったらどうだ。


「長谷川、ちょっと」


掃除が終わった頃、担任に呼ばれた。私に用があったから、見に来てたんだ。先生だから、そこまで警戒しなくてもいいんだけど、やっぱり半歩後ろに下がってしまう。


「…お前、小林に絡まれてるだろう」
「え、はい」


知ってるんだ。普通に知らないと思ってたから、驚いて少しのけぞった。


「ちょっと難ありなんだよ、あいつ」
「はあ…」
「学校外でもトラブル起こしてるから、気をつけろよ」
「はい…?」


なんだかよく分からないけど、あいつは見た目は普通のウザ絡み系不良らしい。気を付けろと言われても、何にかが分からなければ対策を取れない。一体、どうしろと。


「まあ、分かんねえよな…」


私の様子を見た担任が、軽く説明してくれた。問題児として有名な小林がこのクラスに居るのに、よりによって何でこのクラスに転入生を入れるのか、と学年の会議でも抗議したが、「羽柴はしば先生だから大丈夫でしょう」と押し切られてしまったらしい。


「本人に言われてもって感じだよな、悪い。ただ、味方なのは覚えていてくれ。何かあれば、授業終わりでも呼び止めていいから」
「分かりました、ありがとうございます」


本当は、納得なんかしていない。教師が問題生徒だと認識してるなら、そっちでどうにかしてくれればいいのに。ここは一旦、分かったふりをしておかないと、担任が帰してくれないと思った。





そうだ、今日は裏道じゃなくて図書館だ。自転車に乗って、しばらく走ってから気が付いた。

端に寄って自転車を停めて、一度携帯を見る。集合場所を、聞いていなかったから。通知がすでに入ってた。


「直接図書館行ってるね」


放課後になってすぐ送ってくれていたんだろう。既読をつけただけで、携帯をしまって図書館へ向かった。





「ごめん、待ったよね」
「ん、大丈夫。お疲れ様」


単語帳だろうか、何か本を広げている基樹くんの隣に自転車を停めて、スクールバッグを持つ。基樹くんの後ろについて、エントランスホールから三階へ上がって、受付で席番をもらう。パーテーションはあるけど隣同士、窓側の集中しやすい席を譲ってもらった。

携帯を机に置いてから、ざっと、今日出た課題を確かめる。真っ暗になる時間までここにいるなら、十分終えられる。課題を終えてからでも、受験対策の復習をやる時間はかなり残るだろう。

まずは苦手意識のある数学から、教科書とノートを開いて課題を進める。教科書にある確認問題の解き直しで、発展問題のように難しくはない。ある意味片手間でできるからこそ、気付いてしまった。

(…基樹くん、全然自習する気ない)

イスを大きく後ろに引いたまま、たまに参考書か何かを持ってはいるけど、読み込む様子はない。大半、その目が何を見ているかと思えば、私だ。

私ばかり勉強して、それをずっと見られている。たぶん基樹くんはそれが楽しいんだろうけど、私はそこまで見られたいわけじゃない。やるならやるで、勉強に集中させて欲しい。それこそ、自習はひとりでもできるから。

ちらっと左後ろを振り返ると、やっぱり目が合った。真っ赤になったんだろう、パーテーションに隠れてしまう。

(ふふっ)

流石に予想通りすぎて、心の中で笑ってしまう。あそこまで分かりやすく人のことを見ておいて、目が合わないと思っていたんだろうか。





「おにぎり食べに、裏道行かない?」


時間を確認するために机に置いていた携帯が光って、基樹くんの通知を開く。外はもう暗いし、確かにいつもおにぎりを食べている時間だろうか。そう言われると、お腹が空いている気もする。


「あと一問だけ」
「分かった」


それでキリがつくから。拒否されないと思って、送った。開いたままだったトーク画面には、すぐに返信が来た。





自転車を押して、裏道に停めて、いつもの縁石に座る。


「今度、グループ自習室行ってみる?」
「なにそれ」
「しゃべれる自習室。今日みたく、隣に居るのにメッセ送らなくて済むから。おにぎり食べるのは流石にできないけど」
「…うん」


さっき、自習室で目が合ったことで、たぶん基樹くんは懲りてると思う。あんな風に、じっと見られての自習じゃなければ、また勉強しに行くのも良いと思った。

おにぎりを食べ終えて、少し考える。集合場所が図書館で、普段と違ったから抜け落ちていたけど、今日も小林に絡まれたこと、話しておいた方がいいんだろうか。


「……しゃべれるようになったから、しゃべるんだけど」
「うん」
「あいつ、今日も絡んできたよ」
「…今日はなんて?」


今はもう、図書館も挟んでいるしそこまで感情的になることはないはず。思い出しても、面倒だったとしか思わない。


「ご飯くらい、一緒に食べてもいいよねって。私はひとりになりたくて急いでるし、そもそも一緒に食べたくないのに」
「…うん」

「おかげでイライラするから、本読むのも進まないし」
「集中できないんだ?」
「ただ文字を追う作業になる」


最近、昼休みに図書室へ行けてないから、本を読み進められない。休み時間に少しずつ読むものの、次の授業の復習を軽くしたり、移動したり、意外と時間は少ない。

知ってるシリーズの読み直しなんて、すぐ終わると思ったのに。





真っ暗になって街灯が目立つようになった道を、いつも通り自転車を押して歩く。そういえば、担任にも言われたことを、まだ話してない。《何に気を付ける》のか、基樹くんなら分かるんだろうか。


「……担任に、注意するように言われたんだよね」
「なにを?」
「あいつ。なんかよく分かんないけど、不良らしくて。同じクラスに転入生来るって聞いて、担任が抗議したって」


別に、私は基本ひとりでいるし、あいつが絡んでこなければ何も起こらない。あいつから、逃げられさえすれば問題ないはず。


「…昨日みたいなのあったら教えてよ?」
「うん」


基樹くんはそれ以降、少し考え込むように歩いて、曲がり角から去っていった。今までの転入先でも、気を付けることは何も変わらない。クラスで目立たず、ひとりでこなせばいいだけ。必要な時に、頼るひとさえ見つけておけば、それでいい。


家に帰って思い出したのは、昼休みに聞いたあの男子の声だ。私が嫌がってることを、はっきり声に出してた。クラス内に、気持ちを分かってくれる人がいるかもしれない。

基樹くんが一番頼れるのは間違いないけど、他校の人だ。同じ高校、同じクラスに居てくれる方が、学校生活は楽になる。その人と、放課後を一緒に過ごすかはまた別の話。とりあえず、あいつから逃げる理由を作ってくれる人が居て欲しい。
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