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後日譚:エピローグにかえて
21.ふたりの旅行 中
しおりを挟む通りに面して並べられたアクセサリーに、ルークが足を止めた。期間限定の路面店らしい。金具が太陽に反射していて、きっとミアの茶髪にも似合うだろう。
「ルーク?」
「うん」
「もう持ってるよ」
ミアの言葉に頷きながら、髪飾りをひとつ手に取った。今回、ミアは魔術で髪をまとめ、ルークが贈った髪飾りを着けている。ルークが魔術なしでやってあげられるのは相変わらずハーフアップだけで、三つ編みも修得しようと頑張っている最中だ。
「よく使うし何個あってもいいんじゃない?」
「使ってほしい?」
「…買ってあげたい」
ミアのまとめ髪を崩さないように、そっと当てる。アクセサリー全般に疎いルークでも分かるほど、やはりミアに馴染んでいる。
(小説と焼菓子以外でミアが好む物、やっと見つけたんだ)
会計を終え髪飾りを受け取ると、ミアに手を引かれ、路地へと連れられた。その表情はきらきらと明るく、期待に満ちていた。
「着けてくれる?」
「…これ、解くの?」
「魔術、使えるでしょ」
「んー、他国だからなあ…、オルディスに怒られたくはない」
「気配消してもだめかな」
「たぶん。任務でさんざんやってるけど、全部国内だったし」
「そっか。じゃあ押さえてるから、ゆっくり抜いて。同じところに新しいの刺して」
ミアの手助けもあって、整えられた髪を大きく損なわずに差し替えることに成功した。ミアの髪に触れられる時間を増やそうと思えば、ベッドで激しくしなければいいだけだが、それがルークには難しい。
「ルークって、苦手だよね、オルディスのこと」
「オルディス自身は別に。悪い奴じゃないし。ただ、貴族としての行動がどうのって言われると、とたんに興味が失せる」
「任せちゃっていいんじゃないの? そのための夜会だったんでしょ?」
「まあね。僕は本当に、ミアと魔術以外には興味を持てないみたいだ」
ミアはもう、昔の面影もないほど、ルークに砕けて話してくる。当然、嬉しいことで、ルークも咎めない。ミアの賢さに救われたことも多く、思ったことを素直に口に出してくれるのはありがたかった。
☆
宿に向かいながら、ゆっくりと街の探索を続けた。オッドアイを見せて歩いているが、嫌な気分にはならなかった。むしろ歓迎され、屋台の店主にはわざわざ話しかけられ、試食をもらうほどだった。ミアが特に気に入った焼菓子を、袋に詰めてもらった。
宿はこの地域の領主の別荘だ。星空を見たいと調べ始めたが、国王夫妻が新婚旅行に出るオッドアイ夫妻を単なる宿には泊められないと言い始め、いつの間にかオルディスも会話に入って決めた屋敷だった。これもセントレ王国の公爵家として、受け入れなければならないことらしい。
ミアとのんびり過ごしたかったルークは、その話し合いが面倒に感じられたが、ミアがルークの意見を聞きたがり、参加せざるをえなかった。ふたりきりでないのなら、宿泊の部屋の位置が遠いこと、食堂以外の部屋も別がいいと希望した。外を歩くと新しいミアの反応が見えるが、それだけ可愛いミアを他人に知られることになる。ベッドに入れば、我慢が効かなくなるのは分かりきっていた。
☆
陽が落ちきる前に宿に戻る。徒歩で向かえる距離だと聞いて、こんな街の近くに屋敷があるのかと思ったが、今回泊まるのはあくまでも別荘で、そこまで大きなものではないはずだ。
だんだんと人通りが減るものの、道はまっすぐ続いている。ミアの手を握ったまま、少し丘を登ると急に目の前が開け、こじんまりしたいかにも別荘として使われていそうな屋敷が見えてきた。元の持ち主のものだろうか、弱い結界も感じられる。外からの侵入を検知する程度で、個人やその行動を監視できるほどのものではない。
玄関までのアプローチをゆっくりと進む。別荘と聞いたが庭園も管理され、おそらく常に使用人が入っている屋敷なのだろう。ミアが好きそうな外観だと思って隣を見ると、やはりきらきらと楽しそうで、ルークは口元を緩めた。
(ほんと、その顔をよく見せてくれるようになったね)
外から帰って、本来なら風呂に入るところだが、そのまま屋敷内を見て回ることにした。風呂上がりのミアの匂いを嗅いでしまったら、我慢できる気がしなかった。ルークの希望どおり、客室と主寝室は屋敷の正反対の位置にあるし、浴室もそれぞれにあった。廊下には天井まで続く窓が設けられ、バルコニーに出られるようになっていた。
扉を開けバルコニーに出るとすぐ、手すりにつかまって身を乗り出すミアに、ルークはまたふっと笑った。まだ夕焼けが見えるだけだが、そんなに喜んでくれるなら、来たかいがある。
すっと端に目をやると、白いハイテーブルが準備されている。紅茶や焼菓子を置くのにちょうどよさそうだった。
「ここから星も見えるんだよね?」
「そう聞いてる」
星空を見るために展望台へ向かうことを想定していたが、この屋敷から鑑賞するのを勧められ、ミアが了承した。星空が綺麗なぶん、街中から明かりを消すそうで、いくら徒歩で帰れるとは言っても、暗闇の中を外部の人間に歩かせられないというのが、領主の意見だった。
☆
食堂に下りると夕食がふたり分、配膳まで終えられ、フードカバーがされていた。今回使用人としてついてきたオルディスと馭者は、別で食べると聞いている。着席して、ビーフシチューとパン、付け合わせのマッシュポテトをいただいた。
「ねえ、ルーク…」
「これ、すごく美味しいね、僕も思った」
長時間煮込んだであろう牛肉は、分かりやすく口の中で解けていった。野菜はほぼ形が残っていないが、その甘味や香りは感じられる。
ふたりで住む屋敷でも作ることのあるメニューで、それを不味いと思うことは全くないものの、目の前にあるものは別格だった。
「レシピを教えてもらうことってできるのかな」
「オルディスに聞いてみる。明日も食事を用意するはずだし」
「オルディスが作ったの?」
「どうだろうね、料理人を呼んでるのかも。この地方の郷土料理かもよ」
「確かに」
オルディスが料理をするなんて、思いたくはない。セントレ王国に来てからの拠点はジョンかルークの書斎で、台所は湯を沸かせる程度しか併設されていない。元王族で、そもそもそんなことをする機会などなかったはずだ。
「ルーク?」
「ん、なんでもないよ」
険しい顔をしていたのだろう、ミアが覗き込んできた。ミアがオルディスに、恋愛的に心を向けることはないと分かっているのに、感情を止められない。ゆっくり一息吐いてから、ティーセットを持ったミアとともに食堂を出た。
☆
「真っ暗だ」
「屋敷の明かりもないほうが綺麗だよね、確かに」
再度通った廊下は明かりが消されていた。この滞在中、夜間にはオルディスや馭者、そしてルークとミアしか屋敷にはいないはずだ。おそらく、戻ってきたオルディスが気を回したのだろう。
陽はしっかりと沈み、窓から見えるだけでも、昼間の青空から期待したとおりの星空が広がっていた。ミアからティーセットを受け取り、先にバルコニーへ出るように促す。
「うわあ……」
「…………」
「ルーク?」
「いや…、言葉が出なくて。ここまでとは思ってなかった」
「すごいね」
「うん」
言葉を失うだけではなく、足も止まっていたことに気付き、とりあえずティーセットをハイテーブルへ置いた。星空にも圧倒されるが、その空を見てきらきらと顔を輝かせるミアに、見惚れてしまう。目が合えば、笑ってくれる。近寄ってきたミアが、ルークの手元に置かれたままのティーセットから紅茶を注ぐ。
「あ、ごめん」
「いいよ、そういうルーク、珍しいし」
ミアがハイテーブルに肘を乗せながら、焼菓子を頬張る。
「これも美味しい」
「明日、また買いに行く?」
「うん、行きたい。天気が良ければ、明日も見れるんだよね」
「そうだね」
数日、見越しておいてよかった。災害となれば別だが、日常の天気がどうなるかは魔術でも予知でも分からず、旅行の日程に幅を持たせることしかできなかった。料理や焼菓子については、ミアの興味が強い。明日も街に出て、歩きながら気になるところで食べることになるのだろう。
「寒くはない?」
「大丈夫」
ミアを腕へ引き寄せた。どんな答えを言われても、そうすることは決めていた。ミアも分かっていたのだろう、「ふふっ」と笑っているのが身体の揺れから伝わってくる。
「まだもうちょっと、ここにいたい」
「うん」
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