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後日譚:エピローグにかえて
20.ふたりの旅行 前
しおりを挟む綺麗な星空を見てみたいと言うミアのために、転移で訪れるのも味気ないからと、あえて馬車旅を選んだ。
天気の変化も考慮し一週間ほど滞在する予定で、セントレ王国の西にある目的地、オイスト王国の国境街は大きく、ミアの好きな焼菓子やその他製菓でも有名な観光都市だ。山側、海側ともに展望台があるそうで、夜中には最低限の灯りだけが残されるらしい。
例のごとく、国王夫妻に用意してもらった馬車は、いたって普通のもので、王紋もなく、中にオッドアイ魔術師が乗っているとは分からない。内部には魔術を掛け、長時間乗っていても快適さを保つ。ルークは騎士として遠征にも慣れていたが、ミアは異なるし、オッドアイであることが公表された今、魔術の気配さえ消してしまえば、誰にも気づかれず咎められることはない。
ルークとミアの新婚旅行で、実質はふたり旅だが、正確にはそうではない。オルディスと、チャールズが貸してくれた馭者も一緒だ。このふたりは馬車の運行と宿泊先との交渉、食事の手配など、ルークとミアが魔術なしで快適に旅行を過ごすための使用人で、ルークとミアが選んだ場所を、先回りして下見してくれる。オルディスは当然、馭者にも宣誓魔術が掛かっているため、仕事を放棄するようなことはない。
なぜこんなことになったかと言えば、魔術をあえて使わない旅行をルークがしたいと打ち明けたとき、オルディスが控えめに、ただしはっきりと、「難しいと思う」と口を挟んだからだ。
オルディスは旧エスト王国での経験を基にしてセントレ王国との違いを学び、ルークとミアの世間知らず振りを理解している。ルークは騎士やオッドアイ魔術師の任務として王都の外へ滞在したことはあるが、まったくの私情での旅行は初めてで、ミアも同様だ。オルディスの心配も分からなくはない。
「元王子に、市井が分かるのか?」
「王都に残されても不安なだけだ。地位ある者が外国で粗相をして帰ってきたら、国家間の問題になる。オレは王族じゃないから、サポートはできる。夜会とかと同じだよ」
睨まれながらそう言われ、少し考えても反論できなかったルークが同伴を頼んだ。公爵という身分は、思った以上に面倒だ。
☆
休憩所として選んだカフェに、先にオルディスが向かっている。戻ってくるまではミアとふたり、馬車の中で待機だ。手綱は馭者が握っていて、馬に声を掛けているのも聞こえる。当然、内部の音は遮断魔術で漏れないようになっている。しばらくすると、扉がノックされた。
「お待たせしました。あたたかそうな土地で安心しました」
「ん、どういう意味だ」
「おそらく、カフェまでの道で分かるかと。僕たちは宿の手配を確認してまいります。お好きな時間にお戻りください」
「分かった、ありがとう」
今回オルディスは、人目のあるところでは執事を全うしようとしている。衣服はもともとモノトーンでそれなりのものを身に着けていたのだが、言葉遣いもそれなりに変わって、思わずミアと顔を見合わせてしまった。
カフェまでの道を、ミアの手を握って少し歩く。オルディスが様子を見に行ったのは、馬車が横付けできなかったのも理由のひとつだろう。すれ違った人は皆、セントレ王国の市場と同じようにオッドアイを見て振り返る。ただ、セントレ王国での目線とは異なっていた。畏怖ではなく、歓迎だ。
「ここだ」
隣できらきらと光る瞳に笑い掛けながら、ルークはその扉を開けた。オルディスがすでに話を通しているため、店員に案内されるまま、端の席へ向かい、ミアと対面で腰を下ろした。
店内に客は多くなく、隣の席は空席で、話し声も気にならない。ルークはアーサーに連れられ居酒屋などの飲食店に入ったことがあるものの、ミアは初めてで、やはり周囲を見回していた。
「ミア、どれにする? ふたつ選んで」
「うん」
交換する前提で、ミアに選ばせる。紅茶はルークはストレート、ミアは珍しくレモンを選んだ。
「レモンティー?」
「さすがに甘そうだから」
(まあ、僕はミアの楽しそうな顔が見られれば何でもいいよ)
ミアとカフェの内装を楽しんでいるうちに届いたのは、果物や生クリームが飾り付けられたクレープで、ミアはエリザベスのところで食べたことがあるスイーツらしい。夕食会や執務室で食べるものは手で軽く摘めるものだが、今回のものはカトラリーを使う。ルークのなかでは、スイーツといえばフィンガーフードだった。
「甘いのなのに」
「この見た目も楽しむんだよ」
「へえ…」
「この生地と生クリーム、フルーツを一緒に食べるの」
「なるほどね」
ミアに勧められるがまま、試しに一口運ぶ。
「どう?」
「…思ったより甘くない」
「ルークのは柑橘メインで、クリームも砂糖の少ないものにしたの」
「よかったの?」
「うん、私のは甘いから」
「僕の食べる? 食べない?」
「食べる」
ミアがルークの皿から一口ぶんを切り分け、頷きながら飲み込む。ふと思い出して、カトラリーの使い方が上手くなったと感心していると、少し瞳が潤んでくる。ミアに気付かれないよう、さっとクレープに目を向けた。
「うん、思ったとおり。甘すぎなくて美味しいね」
「ミアのは?」
「たぶんすごく甘いよ」
それでも好奇心が勝ったルークは、ミアの助言を聞きつつ一口もらった。
「…甘い」
「ふふ」
すぐ紅茶に手を伸ばしたルークを見て、ミアが笑う。
(可愛い…、隣に座ってたら、危なかった)
あたたかく迎えられたとはいえ、オッドアイは目立つし、どう報道されているのかも完全には分からない。旧エスト王国での一件は落ち着いたし関係のない国には過去になりつつあるが、いくら夫婦であっても、有名人が外でキスをするなど避けたほうがいいに決まっている。
オルディスに何を言われるか分からないのが、この旅行での最大の懸念だった。
☆
クレープを食べ終え満足げなミアとともに、そのまま通りを歩くことにした。オルディスと馭者は馬車を宿に停め、もろもろの手続きや荷解きをしたあと、自由に観光しているはずで、特別連絡もしなかった。
「この辺りは栄えてるんだね」
「さすが観光都市だ、何か土産でも見ようか」
「ジョン先生と、国王夫妻とジェームス王子に?」
「あ、いや。星空を見るときの焼菓子とか飲み物とか、ミアが記念に買いたい物とか。チャールズに物を買って帰るとか、考えたこともなかった」
「じゃあ、私はあげることにするね」
「あげたいなら、まあ…。この前みたくぶらぶらする感じでいい?」
「うん、むしろそうしたい」
宿での食事の手配はオルディスが済ませているはずで、その心配は要らない。クレープを食べてもいるし、夕飯が多少遅くなっても構わない。ルークとしても、旅の工程を全て任せきることはしたくなかった。
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