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後日譚:エピローグにかえて

16.王子を祝う会 中

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 ウィンダム公爵夫妻は、ホールの正面ではなく、裏手から国王夫妻の方へ回り込んだ。オルディスは正面から入り、国王夫妻に遠くから会釈をしたあと、壁沿いに控えつつ周囲に気を向けた。

 ルークの権限でチャールズとはよく会っているから、それでも許されると思ったし、実際チャールズが耳打ちして、エリザベスがオルディスに向けて手を上げたのも分かった。何かセントレ王国の作法として失礼があっても、ルークの権限で何とかなるのだろう。

 まだ幼く小さいジェームズが国王夫妻の前へ出て、ホールに集まった貴族に向かって礼をすると、拍手が起こる。そして、前もって聞いていたように、ジェームズは乳母に連れられて見えなくなった。

「ここで、ついでと言ってはなんだが、我が国の新しい公爵家を紹介しよう」

 オルディスは目の前の光景に驚いて、固まった。チャールズの声と同時に、ホールがぴりっと静まり返った。報道もされているから、この新しい公爵家が誰のことなのか、皆が知っている。

(あたたかく迎えられるんじゃないのか)

 ウィンダム公爵夫妻が出てきて、国王夫妻主導で拍手が送られる。オルディスも、本当は思い切り拍手を送りたいが、周囲から浮かない程度にとどめる。

 ふたりはまず王家に向けた騎士式礼と、淑女のカーテシーを行ったあと、ホールの中央を向くはずだ。そのとき、ここに集まった貴族たちはどんな反応を見せるのだろう。ふたりの顔が、はっきりと見える瞬間だ。


 ☆


 ウィンダム公爵夫妻はそろって礼をして、しっかりと前を向いた。国王夫妻がいるこのホールで、オッドアイ魔術師兼王家直属騎士とその妻が公爵の地位を示すために立っている。普通は、その場から逃げ出すことなんてできないが、オルディスの目には数名、ホールから出て行ったのが見えた。

(なんだよ、これ……、ふたりとも、セントレの英雄だろ?)

 オッドアイを軽蔑する文化は長期間、セントレ王国に染みついてしまっている。国王夫妻もウィンダム公爵夫妻も諦めているような表情だ。だから、外部から来たオルディスに、あえて見せたかったのだろう。

 オルディスがルークの目線を追うと、その先の令嬢が目を見開いて身体を強張らせているのが見えた。貴族と関わりのないはずのルークが、この令嬢たちのことは認識している。何かあったのは想像がつく。おそらくふたりにとってはマイナスな出来事だったのだろう。

 ウィンダム公爵夫妻がまた一礼をして、舞台から下り、オルディスの方へ向かってきた。オルディスもオルディスで、知り合いがおらず誰にも近寄られてはいなかったから、皆がさっと避け道を開ける。オルディスは不機嫌を隠さず腕を組み、さらに壁にもたれてふたりを待っていた。

「あの睨んでた令嬢は?」
「カートレット侯爵姉妹。名前は確か…」
「レベッカとシャーロットよ」
「よく覚えてるね、そんな感じだった気がする」
「本当に貴族に興味ないんだな」
「ないね」

 オルディスには、このオッドアイ魔術師の夫妻が誰にでも喧嘩を売るようなタイプには見えなかった。どう考えても、そういった面倒なトラブルに、なぜか巻き込まれてしまう側だ。

 その姉妹がルークの母方の親戚と聞いて、また首を傾げることになった。姪や従姉妹ではなく、母方の親戚と回りくどい言い方をルークはした。きっと、これ以上の情報をこの夫妻は持ち合わせていないのだろう。

「何が原因?」
「前に夜会でミアに飲み物を撒かれた」
「国王夫妻の前で?」
「そうだ」
「オッドアイは?」
「発表前」
「発表前? 怒らせるようなことした?」

 オルディスが確認したことは、全て本来ならあり得ないことだ。国王夫妻が見える場所でそんなことを行ったら、エスト王国でなくても処罰が出されるに決まっている。オッドアイの公表前から、ふたりはずっと嫌われ者だったのか。

「…何も。僕が結婚休暇明けでも王家付きに昇進して、家名なしで公爵令嬢とだけ公表されたミアが、初めて表に出た日だ」
「完全にただの嫌がらせだな。オッドアイを見せたらなくなるんじゃない」
「おそらくは」

 オルディスには、少し納得できる部分もあった。たとえ眼帯をしていても、ルークの容姿にも肩書にも、貴族令嬢が黙っていないとは前から思っていたが、結婚相手のミアは、出自が隠された貴族最高位の公爵令嬢だった。エスト王国と繋がっていたウェルスリーの令嬢だとは言えないから、王家がそう発表するしかなかったのは理解できる。嫌味を集めてしまう理由には、確かになったかもしれない。

(なるほどなあ…)

 周りを見渡して、特にメモを取ることもなく、ルークが話す相手の名前と爵位を覚えてしまう。元王子だったこともあって、人の顔と名前、役職などを覚えるのは日常だった。

 セントレ王国の貴族が持つオッドアイへの偏見は分かったが、本当にこれを見せるためだけに、制裁対象であるオルディスをここに入れているのだろうか。その不安が拭えず、チャールズを見ても、何も返っては来なかった。


 ☆


 エリザベスは、国王夫妻への挨拶に来る貴族たちを適当に相手しながら、ホールを動くルークとミアを目で追った。少し距離を取りながら、オルディスがふたりの後ろに控えているのも見えている。

 セントレ王国の貴族たちが、あの美しいふたりに軽々と近づける訳がない。今回、国王夫妻としては、あのふたりの格好にはあまり関わらなかった。

 夜会に出席するのは一応初めてではないし、ふたりには元王子のオルディスがいる。セントレ王国と旧エスト王国では多少違いはあるかもしれないが、夜会経験の豊富な人が基本的にそばにいる状態だ。チャールズとエリザベスは身を引いて、オルディスを立てた。

 ルークとミアの格好を見る限り、オルディスがかなり口を出したのが分かる。ルークが選ばない装飾品も、今日のルークは身に着けている。わざとオルディス宛てに装飾品を送っておいてよかったと、ほっとした。

 日が浅いにしても、公爵家であるルークが質素な格好をしてしまうと、それよりも下位の貴族はさらに質素にならざるを得ない。公爵と言う立場上、その威厳を示す装飾は身に着けなければならない。ルークとミアにそれが理解できているのかは分からないが、少なくともオルディスは理解している。

 ずっと眼帯をして重たい前髪で隠していたけれど、その瞳も両目がしっかりと見えるようになった。二回目の結婚式のときに、ルークもミアも髪型を変えた。何か区切りがついたのだろう。

 やはり、ふたりとも整った顔立ちで、ルークは騎士としては確かに華奢かもしれない。ミアがそばに居なければ、たくさんの女性に話しかけられ困り果てていただろう。女性慣れせずに王都で過ごせていたのは奇跡だ。

「…ルークに取り入ろうなんて、許さないわ。ミアには誰も勝てないもの」
「ベス、漏れてるぞ」
「あら、失礼いたしました」
「まあ、誰にも聞こえてないと思うがな」


 ☆


 チャールズも、あのふたりにはそれなりに思うところがある。エリザベスのほうが特に思い入れがあるようだが、チャールズにとってルークは幼馴染、幼少期から知っている仲だ。自国貴族に受け入れられていないところを見るのは辛かった。国家からの地位の押し付けと言われれば、間違ってはいないが。

 公爵という地位を与えた以上、それを上手く使えるように導いてやる必要はある。どうやらその根回しはエリザベスがオルディスを通じて行ってくれたらしい。当の本人たちが、ふたりで居られればそれで良さそうなのが、このホール内で唯一の救いだ。

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