95 / 103
後日譚:エピローグにかえて
14.オッドアイの会合 後
しおりを挟むルークとオルディスの報告が終わったあと、他に報告をする者は現れず、正式な学会めいた雰囲気は消えた。セントレ王国の紅茶と焼菓子が振る舞われ、皆口々に世間話をする、茶会のような楽し気なものへと変化した。
ルークはミアとふたりでいたが、せっかくだからと女性のオッドアイがミアを誘ってくれ、送り出した。遠目で見ていてもミアの表情は柔らかく、ほっとした。こういった場所に、ミアはまだひとりで行ったことがない。ここまで心配性だと親のようで、呆れるしかない。
ひとりで周囲を見回し、どのグループへ声を掛けようかと迷うルークに、「やっと話しかけられる!」と口に出しながら近づいたのはオルディスだ。
「僕にはいつでも話せるだろう」
「ルークの記憶魔術にあった、マントの人、見たことがある」
今日出した記録魔術のうち、マントを着ていたのは東の魔術師の一団だけだ。そういえば、あのときのオルディスは驚いたような反応をしていた。何か、ルークに伝えておいたほうがいいことでも思い出したのだろうか。
「…場所を変えたい」
「オレもそう思う」
オルディスとふたりで、少し抜けてもいいだろうか。セントレ王国は今回の会合の主催国だから、ジョンもミアも輪の中心となって話している。オルディスが先に話を通していたのだろうか、視線に気付いたジョンが頷いてくれた。オルディスを連れ、ホールから廊下へ出た。
「ここなら大丈夫だろう。念のため、結界を張る」
「ん、賛成」
オッドアイしかいないため、この結界も誰が張ったものかが分かってしまうが、会合中だ。それぞれが自国の利益のために、結界を使った会話をしていてもおかしくはない。
「あの人の名前は知らない。でも、父親とよく話をしてた人だ。国王だし、直接話せる人は少なかったのに、あの人はできてた。エスト出身じゃないのはなんとなく分かってたけど、まさかセントレだとは思わなかった。しかもミアの父親だったとは」
「ミアの生家の話は、また聞きたければミアに許可を取るといい」
「ミアに近づけさせないくせにか?」
「なんだよ」
「いえ、なんでもありません」
オルディスが両手を顔を横に上げ、無抵抗のアピールをしてくる。こういった絡まれ方は経験がなかったのに、悪意がないと分かると少し心地いい気すらするのが不思議だ。
「それでさっきの人、セントレの極東地域が自分の領地だから、攻めて攻撃意思を示したほうがいいって進言してた。魔術師の多いセントレなら、オッドアイももっといてもおかしくないって」
「領民が生活してても関係なかったんだな」
「エストではフードも取ってた。こんな人」
オルディスが記憶魔術を出そうとするが、魔力が足りなかったのか一瞬しか映らなかった。ルークがバックルに手を当て魔力制限を緩めてやると、ルークに認識できる程度の記録がしっかりと映し出された。
「僕が見たのはあの攻撃のときだけで、雰囲気が過去の当主たちと似てるって思うくらいだった。ミアとは、似てないな」
「似てなくてよかったんじゃないの? ルークが制裁したんだろ?」
「まあ…」
ウェルスリーの隠されていない明確な顔を、初めて見た。目はつり上がり、口角も何かを企んでいるようで、悪い人間にしか見えない。ミアはミアだし、ウェルスリーの顔が分かったところで何も変わらないが。
「あと、自分の手術のタイミングはいつになるのか、よく聞いてた」
「やっぱり、狙いはそれだったんだな」
「でも他国の人間だし、何かあって、例えば暴走することになって、自国に報告されるのはマズい。適当に理由をつけて、先延ばしにしてたよ」
「ああ…」
「間違ってはないね。そもそも人工オッドアイなんて作るなって話だけど」
自虐的に話すオルディスに、何と言葉を返していいか分からなかった。何を言っても、オルディスの父親を詰ってしまう。オルディスが自分の父親を手に掛けたのは、もちろん国際会議の時点で、オルディスの記録魔術を見て知っている。
ただ、それをどういう感情で行ったのかは聞いていなかった。ルークとは違って、父親を好いていたが仕方なくやったのかもしれない。もしくは、ルークと同じく、父親が嫌いで、長年の恨みとともにやっとの思いで攻撃したのか。あの日、手枷を嵌められたオルディスが目に涙を溜めていたのも、脳裏に過ぎる。
「父親も、エストから一番近いあの地域の領主が味方なのは有利でしかないし、優遇してたんだ。普通、外部から来た人間は、国王に謁見すらできなかった」
「それはセントレでも一緒だ」
オルディスが、分かりやすく眉を上げた。何か、引っかかることを答えただろうか。
「オレは?」
「ああ、オルディスがチャールズに謁見できるのは、僕の権限だ」
(ああ、そういうことか)
オルディスはセントレ王国にとって、外部から来た魔術師だ。しかも、敵国だった国からやってきて、制裁としてバックルによる魔力制限と宣誓魔術を受けている。
オルディスには、セントレ王国以外に行く場所もない。ただ、セントレ王国で生きるための知識と教養をしっかり身に着ければ、かなり有能なことは分かっている。ある程度、教えてもいいだろう。
「王家付き騎士兼オッドアイ魔術師?」
「表向きにはそうだが、幼馴染なのが大きい」
「へえ、小さいころから王宮に出入りがあったんだ?」
王家だったオルディスには、おそらく伝わっていない。小さいころから遊び相手だったことに違いはないが、普通の貴族の幼馴染とは関係が異なる。
「…僕の生まれは元から貴族だ。オッドアイだからチャールズと話してた」
「あんなに貴族の家名に疎いのに?」
「生まれは貴族だが、貴族として暮らしていたかは別だ」
「なるほど?」
どうやら、オルディスの興味を惹いてしまったらしい。オルディスが情報の管理もできる男であることは分かっていた。宣誓魔術がある限り、どこかに漏らすこともない。
「…僕の父親は、王家の紋章入りの魔術道具を偽造して、今はもう制裁されて屋敷もない魔術師だ。昔、先代国王を脅して、一代爵位と一般の侯爵令嬢を褒賞にもらったらしい。僕の今の爵位はエストから帰ったときに貰ったものだ」
「は?」
「僕とふたりの兄は、それぞれ愛人の魔術師との間にできた異母兄弟。本当の母親とは面識がない」
「…はあ?」
オルディスが戸惑っているのが面白い。悲劇のなかにいるのはオルディスだけだと、思っていたのだろうか。
「さっきも少し触れたけど、僕はこの瞳のせいで、兄弟に虐げられてた。全寮制の学校に行くようになってからは屋敷には帰っていなかったけど、結婚報告をしに来いと言われて、血縁のない母親にそれを聞いた」
「おい、こんなさらっと話していいのかよ」
「別に。僕は父親も兄も嫌いだ。もう関わることもないし、都合の悪いことが起きれば、それを抹消できるくらいには今の身分は何でもありだ」
「急にルークが怖くなってきた」
そう言って両肩を抱きながら、オルディスは口角を意地悪く上げている。こんな話をする年の近い同性はいなかったため、オルディスのその反応は新鮮だった。
「まあ、珍しい家族だとは思うよ」
「そりゃあ…、オレも父親は嫌いだ。縁を切りたかったから清々してる」
「そう? バックルがあっても?」
「これがある今の方が自由だよ。しかも、オレが魔力を全力使えたところで、この国にはルークもミアもジョンもいる。オレの出番は来ない」
「そうかもな」
ルークには、ジョンやチャールズ、アーサーがいたが、オルディスには人生の先輩、尊敬できる人物はいたのだろうか。オルディス個人について興味を持ち始めているが、まだオッドアイの会合は続いている。主催国として、ルークがホールから長時間離席することは避けるべきだろう。オルディスと話すのは、また今度にもできる。
「そろそろ戻るか」
「ひとつだけ!」
オルディスが、ルークの腕を掴んで引き留めた。結界の中で話さないといけないことが、まだあったのか。
「言いにくかったらそれでもいいけど」
「なに」
「さっきの、魔の紋章を解放した話、もっと詳しく聞きたい。ルークとミアの個人的な話になるだろうし、無理にとは言わない。ただ、オレが二種類の魔力を持ったまま生きていられるのと、何か関係するんじゃないかって。紋章持ちは、二種類持ってるから三歳までしか生きられないんだろ?」
ルークはすぐに返事をしなかった。少し、考えたのだ。
ミアは、魔の紋章の魔力だけで成長し、今は紋章の魔力を自身の魔力として使っているはずだ。オルディスは、自分の魔力と姉の魔力、両方を持ったまま生きている。二種類の魔力が、ひとつの体内に留まっているのだ。子どものころに手術を受け、血縁の魔力だから生きていられると、オルディスは仮定していた。
「…確かに、考えてみるのも面白いかもな」
「本当?」
「ミアにも聞いてみる」
「やった!」
どうしてオルディスがそんなにも嬉しそうなのか、ルークには理解できなかったが、特に気に掛けはしなかった。せっかく会合での報告を終え、研究や調査が一段落するかと思ったのに、またひとつ、考える事象が頭の片隅に置かれることになった。
(しかも、また再現例は出せないし…、何かあったときのために、残す意味があるのは分かるけど)
目を細めたままホールへ足を進めようとして、オルディスに袖を引かれた。さすがは元王子、表情の切り替えが完璧で、凛としたよそ行きの顔に戻っていた。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
戦神、この地に眠る
宵の月
恋愛
家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。
歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。
エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。
当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。
辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。
1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる