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後日譚:エピローグにかえて
12.オッドアイの会合 前
しおりを挟むジョンが手を叩き、皆が口々に話していたのを止め、次の言葉を待っている。中央に進んだジョンを囲うように円形に座っているのは全て、オッドアイ魔術師だ。
それぞれに模様や色味に特徴はあるものの、大まかにまとめるとすれば、皆が紫色のマントを着ている。本来であればフードを被り仮面を着けるのだろうが、今回は省略されている。この場にはオッドアイしかおらず、身を隠すような場所ではない。オッドアイ同士、誰かが攻撃魔術を仕掛けようものなら、他から十二分な制裁を受けることも分かっている。
「オッドアイ各位、この度のセントレ王国主催、会合への出席に感謝する。今回は正式に、ルーク・ウィンダム公爵とその妻、ミア・ウィンダム公爵夫人、ふたりのオッドアイを紹介する」
ルークが先にジョンの隣に並び、ミアを呼び寄せ息をそろえて礼をした。ルークは騎士式、ミアは淑女のカーテシーだ。魔術師にも決まった礼作法はあるらしいが、ジョンがこれでいいと言うので、ふたりとも魔術師式を習うことはなかった。
「ミッチェルの弟子夫婦らしい」
「オッドアイ同士の番か」
「あのときの…」
「転移を回復なしで何度も使う、魔力量のヤバいやつだよ」
オッドアイ魔術師とはいえ、皆がジョンのような人ではない。どちらかと言えば、ルークもミアもどんな魔術師なのかは知られていないため、疑問や誤解が生まれていて当然だろう。聞こえないふりをして、一度下がる。
ルークはエスト王国の一件まで、新聞では騎士として報道されていた。ミアに関しても公爵令嬢としか出ておらず、つい最近、匂わせるような情報が出たばかりだ。遠方の国まで届いているかは分からないが、オッドアイの情報共有はそもそも紙を介さずとも可能だ。目の前で通信魔術が使われたとしても、その相手が誰なのか、他人は知りえない。
「それから、オルディス・トレンチも紹介する。旧エスト王国にて第三王子だった者で、人工オッドアイの手術に成功し、自身の目と他人の目を持ち合わせている。魔力量は私たちで確認済みだ。今回、同席させる」
ホール内が、静まる。制裁対象者を会合に同席させることは異例だろう。ルークがちらりと横を見ると、オルディスは顔を上げていなかった。上げられる立場にないのも、自覚があるのだ。さすが元王子というべきか、こういった場での行動を弁えている。
(あの横柄な国王の元で、よく所作を学べたものだな…)
「ルークから」
「はい、師匠。オルディス、戻って」
再びミアとともに前に出た。ルークが許可を出さなければ、オルディスはそのまま頭を下げ続けたはずだ。
オルディスは、自分を見せるのが上手い。きっと、周囲の人間を動かすことにも長けている。ここ数ヶ月、オルディスの監視を兼ねて魔術訓練に付き合ってきた、素直な感想だった。
「さて皆さん、こんにちは。ご紹介いただきました、ルーク・ウィンダムと言います。こちらは妻で番のミアです」
エスト王国の一件で、オッドアイ全員と一度顔を合わせてはいると、ジョンから聞いた。あの国際会議のときに、全員居合わせたらしいが、ルークに名前までは分からなかった。おそらく、ミアにとってもそうだろう。
今回は、着席した机の上に名札があり、判別できるようになっていた。初参加のルークとミアに対しての、ジョンの配慮だろう。会合の主催国だからできたことだ。
「皆さんへの初めの一言をどんな内容にするかは、今日の朝までずっと考えていました。僕はずっと騎士として、オッドアイを隠して生きてきて、今更、ここに立つのもおこがましいかもしれません」
ルークに鋭い目を向けるオッドアイ魔術師たちに、ゆっくりと視線をやった。きっと、学校を卒業してすぐ、この紹介の場に出た人ばかりなのだろう。オッドアイを仲間にすら隠していたのは、ルークが初だとジョンは言っていた。事情があったとしても、ルークは公表するのが遅れたのだ。その理由を、話さなければならない。
「ご存知のとおり、オッドアイがこの世に生まれるのはかなり珍しいことです。僕はそのせいで、生家から虐げられていました。魔術師である父や兄から、毎日のように攻撃的な魔術を受け、魔術とは人を傷つける強さで、苛めるための能力だと思っていたのです。魔術学校から騎士学校に転入するほどに」
息を呑んだオッドアイたちが、隣同士ひそひそと話し始めた。おそらく、魔術制御をどこかで学ぶのはどの国でも共通なのだ。ルークはその専門の学校へは行かず、騎士学校を卒業した。
「そこから、僕の騎士としての人生は始まりました。当然、オッドアイの魔力を野放しにすることはできず、師匠であるジョン・ミッチェル教授からの魔術訓練も受けていました。そして、のちに妻とするミアに、任務で出会ったのです」
ミアを見ると、頷いてくれた。大きく吸って、ゆっくりと吐く。もう一度吸って、声を張る。
「僕の妻であるミアは、僕の番であると同時に、魔の紋章を持っていました」
オルディスの紹介をしたときのように、それ以上に、ホールが静まり返る。隣を見ればミアは笑っているし、後ろを振り返ればオルディスが目を見開いている。そういえば、オルディスにはまだ言っていなかった話だ。
「なっ…」
「今なんて…」
言葉を失ったオッドアイの困惑が伝わってくる。状況を飲み込めた者から、口々話し出す。きっとルークの声は耳に届くだろうから、静まるのを待つことはしない。時間が経つほど予想も増え、共有したい内容は増える一方だろう。
「僕は、三歳までしか生きられないと書物にあった、魔の紋章を持って十六歳まで生きていたミアを解放し、妻として迎え入れました。この経験は、『オッドアイの番探しに役立つかもしれない』と師匠が言うので、経緯をお話しします」
少し、わざと嫌味な言い方をした。明らかに表情を変え、むっと不機嫌になったことを隠さない人もいる。オッドアイは、その強さで人の上に立つことが多い。ルークのような若年者に、上から物を言われた経験がないのだろう。
今ここに集まっているオッドアイたちからすれば、ルークのオッドアイとしての程度は未知数なはずだ。目の前で魔術を使ったのも国際会議のあの一瞬だけで、各国首脳の護衛をしていたから、ここにいる人全てが、ルークの転移魔術を見たとは限らないはずだ。
魔の紋章を解放し、オッドアイの番としてミアを手に入れた、この事実が、どれだけ衝撃的なことか、分からない人はいないだろう。オッドアイは、自分の魔力量が多すぎて、恋愛や本能的な匂いなどで番を確定しても、十分に交わることはできない。
ルークには、それができる相手がいる。この場に居る誰よりも、圧倒的な魔力量を誇ることを、あえて宣言したのだ。
「……二年半ほど前でしょうか。東からの攻撃激化に伴って、国境警備の応援で滞在した領地主の屋敷で、ミアを見かけました。皆さんご存知のとおり、僕はつい最近まで騎士として動いていたので、姿を隠すために変身魔術を使ってミアと会い、匂いで番であることが分かりました」
チャールズの未来予知は、国家機密のため、明確には悟られないようぼかして話す。ミアにも、何をどこまで話すかは打ち合わせをしてある。記録魔術を展開し、当時のミアの顔を全員に見せた。初めて見る生の記憶の魔の紋章に、オッドアイたちがどよめいて、今のミアの顔と見比べている。本当に、今ではもう考えられないくらい、綺麗に紋章は消えている。
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