とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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後日譚:エピローグにかえて

10.式準備 4 身なりの準備

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 数日後、ルークとミアはふたりそろってエリザベスの執務室に来ていた。結婚式用のドレスとタキシードを本格的に縫う前に、サイズの確認のための試着案内があったそうだ。エリザベスはすでに席を外しており、前回の採寸に居た仕立て屋やエリザベスの使用人たちしかいない。仮のドレスをミアに纏わせている仕立て屋に、ルークが聞いた。

「こんな短期間で準備できるものなのか?」
「いえ、一般のご子息やご令嬢のお客様であれば、二ヶ月は少なくともいただいております」

 やはり、こんな短期間で仕立てられるものではない。騎士の制服など、デザインが決まっていればまた別だろうが、基本的に礼服は特注だ。出席者とデザインや色が重なることは避けなければならない。だから、あんなにたくさん、エリザベスは色とりどりにドレスを持っていたのだ。

「おふたりは、お得意様ですので。国王様や王妃様より、早急にとも言付かっておりますし、これからも礼服は必要でしょうから」
「これからも?」
「王妃様が夜会や茶会を好んでいらっしゃるのはご存知でしょう」

 ルークにとっては、思い出したくない事実だ。エリザベスは昔から茶会を開くのが好きだったし、それに出たいチャールズに付き合わされたことはもう何度もミアにも話した。

 この採寸をきっかけに、勝手にルークとミアの礼服を王宮に用意して、参加の当日に断れない状況で誘われるのではないかと、顔をしかめた。

「夜会などは、お好きではないのですね」
「興味がないからな」
「ええ、そうでしょう。ですが、ウィンダム公爵様、この麗しいウィンダム公爵夫人様を他の貴族に自慢しないのは、とてももったいないことですよ」

 着付けの邪魔にならないよう、さっとまとめただけの髪にメイクをしていないミアだが、それでも十二分に綺麗だった。夫として、その姿に何か言ってあげるべきなのは分かっているのだが、何も出てこない。

「入るわよ。あら、ミア。やっぱり似合うわね、その形」
「ありがとうございます」

 使用人のひとりが呼びに行っていたのだろう、エリザベスが帰ってきた。横に並ぶように言われ、バランスを見られる。

「とても素敵ですよ、ウィンダム公爵様、公爵夫人様」

 仕立て屋の一言に、エリザベスの使用人たちも首を立てに振る。エリザベスも、同意しているらしい。

「微調整は当日にもできますので、あまり大きく変わることがなければこのまま進めようと思います。デザインの修正などはございませんか?」

 ルークはミアを見る。礼服は、ミアの希望が大きいから、返事を求めたが、ミアがルークを見ない。鏡を見たまま、目を見開いて、止まっている。

「ミア?」
「…はい、このままで」

 様子が妙なミアが気になるが、エリザベスや他にも人がいるこの執務室では、深く聞くことは止めておいた。


 ☆


 前回エリザベスの執務室に来たときには、注文した礼服の試着をしたが、今回は指輪が届いていた。サイズとデザインの確認をして、リングケースに戻した。実際に身に着けるのは、二回目の結婚式のあとからだ。

「招待客は、私たちとジョンだけ?」
「はい、ありがとうございます」

 ミアはルークを見て、ルークが頷いたのを確認してからエリザベスに言葉を返した。この式はミアの希望が大きい。ミアがひとりで決めたとしても、ルークは従うだけだ。

「せっかく綺麗なのに、身内以外の誰にも見せないのは本当に…」

 仕立て屋も同じことを言っていた。自分の目の前だけでその姿を見せていてくれたらいいと思うのは、どうやら世間の感覚ではないらしい。

「私はルークと写真を撮りたかっただけなので、私はこれで十分です」
「そう」

 ミアがそう言ってくれることで、ルークは少しほっとした。

 セントレ王国に戻ってきてからというもの、ミアを他人に見せたくない気持ちが強くなった。屋敷に留めて出歩かせたくないと思うほどで、魔力暴走によって番をそばに置きたい本能が表に出てきたのだろうと、ジョンとは話した。

 ふたりで街へ出掛けても王宮に顔を出しても、その気持ちが治まることはなく、結果ミアを抱き潰すことに繋がってしまう。ミアも理解してくれてはいるが、ルークがミアの魔の紋章を解放した魔術師で、ミアに自覚があるかは分からないにしてもルークには反抗しづらいはずだ。ルークが加減を覚えなければならないと認識しているのに、滾る血を抑えられない。

 魔力暴走からの回復についても、書物は少ない。オッドアイな時点で、ルークとミアがレアケースであることに変わりはないし、今回のルークの暴走は人工オッドアイのオルディスの魔力によるもので、そもそも不明な点も多い。どうにか、向き合って落ち着かせていくしかないのだ。


 ☆


 セントレ王国での穏やかな日々を過ごす番のオッドアイ魔術師を眺め、エリザベスは、何が何でもこのふたりを夜会に連れ出そうと決めた。王家直属のオッドアイ魔術師の夫婦がこの美しさを持つことは、もっと外に知られるべきだ。

 チャールズから公爵位を与えられているし、他国の王家を案内してもらうことになっても、その見目に引き込まれ、相手は反発心を失うだろう。セントレ王国に敵うとは到底思えないはずだ。

(見目はひとつ、生まれ持った才能でもあるのよ)

 チャールズから聞く限り、ルークは特別任務の際にその見目を活かした情報収集をしていたらしい。全く自覚がないわけではないのだが、どうもそう思えるのは任務についてだけで、社交には興味がないままのようだ。

 貴族の婚姻も、このふたりが公爵家としてしっかり君臨してくれれば、破滅を招くような詐欺紛いなことは減るかもしれない。公爵となってからは確かに日が浅いが、王家に一番近い位置で仕事をしているのは、間違いなくウィンダム公爵家なのだ。その地位を、ふたりはまだ理解し切れていない。

(私がしてあげられること、夜会の招待以外に何があるかしらね…)


 ☆


「ミア」
「なあに」
「前髪を、切ろうと思って」
「前髪を…?」
「式の前に、整えておこうかと」

 せっかく写真を撮るなら、顔が見えたほうがいい。ミアと並んで映るなら、顔を見せる写真を残したいと思った。もう眼帯をせずに外を歩いているし、前髪でオッドアイを隠す必要もなくなったのだ。

「どう思う?」

 ミアの部屋にあるソファでまったりと紅茶を楽しむミアに尋ねた。ミアの手がルークの髪に伸びてきて、少し目を細めたものの、ミアのしたいようにさせる。

 オッドアイを隠すために伸ばしていたことも、わざと前に流すような髪型にしていたのも気付いているだろう。ミアの手に前髪を上げられ、思わず目を閉じると、額にキスをされた。予想外で、驚いたことを隠すようにミアを掬い、膝の上へ乗せた。

「いつから、その髪型なの」
「眼帯を着け始めたころかな、六歳とか?」
「二十年…」
「そうだね」

 普段の生活で、ルークの額を見ることができたのは、本当にミアくらいしかいないのではないか。ミアとこの屋敷に住み始めるまでは騎士の宿舎でも眼帯を取らない生活を送ってきた。

 オッドアイであることは別に、明らかになってもよかった。その強大さは公にされていない。だが、両目の色が異なることが知られていたら、それだけで騎士としての出世は難しかっただろう。皆と違う者は、軍であればなおさら、排除されやすい。

「ミアは、どっちがいい? 前髪、長いほうがいい?」

 ミアは少し考えるように黙って、それから口を開いた。

「…あのね」
「うん」
「小説の挿絵に出てくる王子様は、いつも目が見えてるの」
「…うん?」

 なぜここで、小説の王子様が出てくるのか、ルークには分からなかった。ミアを促して、話してもらう。

「王子様だから、顔がはっきり見えるような短さしか許されていなかったの」
「うん」
「私の王子様の長い前髪、それはそれで好きだけど、短いのも見てみたい」

(『王子様』ね……、僕の前でも、僕をそう呼ぶようになったの?)

 ミアを膝に乗せておいてよかった。今の顔は見られたくない。もう結婚して夫婦となって、二年以上経っているが、それでも見られたくない表情はある。

 ミアと話していると、たまにどうしようもなく余裕が無くなる。ルークが眼帯をしたうえで前髪も使って隠していたほど、オッドアイに引け目があることも、ルークがあまり鏡を見ないことにも、ミアは気付いているはずだ。幼いころの記憶が鮮明に残っていることは、時に残酷だ。

 ジョンは教員らしく、清潔感のある短さを保っているし、それこそ国王のチャールズも短髪だ。ルークは、襟足こそ短いものの、頭頂部は伸ばして顔に流していた。特別に意識をしたわけではなかったが、結果的に、眼帯すら隠すような髪型をずっと取り続けてきた。

「…ルーク、どうして私に聞いたの? したければ、そうするでしょ?」

(ああ、やっぱり…)

 どんな特別任務をこなしていようとも、慣れない感覚だ。

「…背中を押して欲しかった。ありがとう」
「うん」

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