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後日譚:エピローグにかえて
8.式準備 2 仕立て屋との会話 後
しおりを挟む「公爵夫人様には、このように下半身に大きく布を使ったデザインがよろしいかと思います。あまり派手ではなく、簡素なものでも映えるかと。肌も白くお綺麗ですので、素肌を見せるようなものもお勧めでございます。ウィンダム公爵様には、こちらの素朴なものでも十分にございます。一般的には、おふたりが並んだ際の均衡などもご案内いたしますが、おふたりの場合は必要ないかと」
「なぜ?」
「おふたりともお美しく、整っていらっしゃるからです」
他の意見を聞きたくて、エリザベスの使用人に目を向けると激しく頷いていた。ルークとミアにはさっぱり分からず、顔を見合わせたあと、仕立て屋を促した。仕立て屋は少し困ったように目尻を下げ、言葉を続ける。
「私の口からは直接言うことは、本来憚られますが…」
ルークが手を動かし、気配が感じられなくても分かるように、結界を張り直した。この部屋に居る者には、他言無用の合図だ。
「…戦略結婚が多い貴族社会ですから、吊り合いの取れていないご婚姻を仕方なくされる方もいらっしゃいます。その場合、礼服のデザインには、仕立て屋として気を遣うのです」
「どうして?」
ミアからも追撃が入り、仕立て屋は言葉を選びながらも話してくれる。エリザベスの使用人たちも、頷きながら面白そうに聞いている。使用人たちから、仕立て屋の様子はエリザベスに報告されるだろう。嫌われるようなことがあれば、今後の取引に関わるため、仕立て屋は口を閉ざせない。
「ひとつの例として申し上げます。心から望んだ婚姻ではない場合、せめてドレスだけでも好みの物を着ようとなさるご令嬢は多いものです。そうなると、身長差などの見た目もさることながら、ご子息の意向やご予算を無視したデザインを選びがちになり、さらにおふたりの仲は悪化していきます」
「予算?」
「ミアが考えることじゃないよ、大丈夫」
ルークが意識させていなかったことに、ミアが気付いた。いつかは知られると思っていたが、稼ぎとしては全く問題なく出せる金額で、ミアに気を遣ってほしくなかった。せっかく結婚式をやり直すのだ。やりたいことは、全て叶えてほしい。
「エリザベス王妃様より、おうかがいしております。全てのデザインを盛り込んでも十分なほど」
「僕が伝えた金額ではないな?」
「ウィンダム公爵様よりいただいたご予算の金額に、上乗せされたと聞いております。こちらも、王家のご配慮でしょう」
チャールズもエリザベスも、人の知らないところで勝手なことをしてくれる。だが、それがミアにとって有益なことであれば、ルークは特に抗議しない。ありがたく、頂戴しておく。話を先に進めないと、ミアが気にしてしまう。
「デザインの選択を間違えて、仲が悪くなった、その先はどうなるんだ?」
「お好きなものを選ばれること自体は、何も悪くはございません。問題は、ご夫婦で均衡が取れる状態かということなのです」
「均衡…」
「例えば、ご令嬢の希望したデザインにご予算を割かれ、ご子息の礼服にはご予算を割けず、簡素なものになったとします。このおふたりが並ばれたとき、身分が対等に見えないような、とてもこれから生活を共にしていくようには見えないものとなってしまうこともございます。一生に一度の結婚式がそのような状態で、晴れやかな気持ちになっていただけるでしょうか? 関係が悪化するとは思いませんか? 初夜など雰囲気が大切なご夫婦の行事は続きますのに…。私はそういったご婚礼に立ち会うと、とても心苦しいのです。基本的には、幸せのお助けをしている立場ですので」
ルークもミアも、貴族社会はよく知らないため、そんな婚姻があることももちろん身近な話ではないのだが、一年以上前にふたりそろって参加した夜会を思い出す限り、あり得ない話ではないと想像がついた。
「おふたりはとても仲が良いのが伝わってきますので、お互いにお互いを立てる礼服をお選びになるだろうなと。見た目の均衡からしても、申し分ありません」
「そうか」
エリザベスの使用人たちの反応からしても、仕立て屋の見立ては間違っていないのだろう。エリザベスの補佐として、この執務室に出入りしているミアも、何も言わない。
「それで、デザインはどうされますか?」
改めて仕立て屋に聞かれ、ルークもミアも固まってしまった。ふたりとも、礼服を着る機会がほとんどなく、知識がないのだ。薦められるものが、どれでも似合うように思えてしまう。
「…指輪の採寸もしてから、エリザベスに戻ってきてもらおうか」
「うん、そのほうがいい」
「かしこまりました」
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