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後日譚:エピローグにかえて
4.初めての街歩き 前
しおりを挟むミアが、初めて街に出るこの日をとても楽しみにしていた。屋敷や王宮の庭を除くと、ふたりで気楽に外を歩いた経験すらない。
ルークにお気に入りだと公言している、淡いグリーンのワンピースを着たミアは、入念に髪を解いて、軽くメイクも施している。淑女教育のなかでエリザベスの使用人たちから教えてもらったことを思い出すために、魔術を使いたくないと言ったミアの希望に合わせ、ルークは待つことにしたのだ。
準備を終えたミアの手を握り、王宮近くに新設されたルークの執務室に転移した。ジョンの書斎とは使い分けていて、わざわざこのために着飾ったミアを、オルディスに見せる必要はない。
王宮から、王都で一番賑やかな市場へ向かった。転移魔術は使わず、あえて徒歩を選んだ。
ルークが案内をしているものの、数えるほどしか行ったことがない。今まで必要なものを買いに行く以外に、市場に行く用事がなかった。ふたりでひっそりと暮らす屋敷の近くの、普段使いしている市場とは規模の違う、とにかく人の多い市場だ。
あの一件以降、外で眼帯をしなくなったため、制服でなくても名前が分かってしまう有名人となった。オッドアイ魔術師であることが知れ渡って、害はないと聞いていても、人々はふたりから距離を取る。ただし、眼帯がなくても、店に入れるようにはなった。セントレ王国の英雄の入店を断ったとなれば、それこそ評判は落ちるだろう。
市場のメインとなる、石畳の路を歩く。ひさびさ来た市場は人が多いだけではなく馬車も通っているため、周囲には気を付けなければならない。街並みに目を奪われるミアは、挙動不審に顔をあちこちへ向けている。手を引いてミアを誘導しつつ、特にあてもなく前へ進む。
こうやって、寄り添って出歩くこともなかったのだ。普通の夫妻では、やはりないのだろう。周囲から向けられる目線は好奇で、できれば注目されずにふたりの時間を過ごしたかった。
☆
「あ」
「うん?」
ミアの足が止まり、視線の先を追うと、髪用のアクセサリーを売る店があった。道路からでも見えるよう窓に沿って並べられた髪飾りは、どれも少しずつ色や形が違っているようだ。
「気になる? 入ろうか」
ルークはそのままミアの手を引いて、扉を押した。女性の店主は、ルークとミアがオッドアイの有名人であることに気付き驚いたようだが、ひとつ咳払いをして切り替え、ミアの髪色に合うものを次々と勧めてきた。
だが、ふたりともこういった店には慣れていない。話を聞かされているだけなのも嫌で、ルークが検討用のトレーを受け取り、それ以外の会話は断った。
「これは、私の目の色」
「そうだね」
「こっちも、目の色」
「うん」
「これは、ルークの色」
「僕のは関係あるの?」
「あるよ」
ミアが髪飾りを数個、持ち上げては光にかざし眺め、トレーに並べていく。髪飾りを選ぶのに、ルークの瞳の色を気にすることは理解できなかったが、ミアの楽しそうな表情を見られるのは嬉しかった。
近い将来、新調する指輪には、互いの瞳の色の石を嵌め込んでもいいかもしれない。指輪であれば、よっぽどしっかり見ないと気付かないだろう。
結局、迷いに迷うミアを前に、ミアが一番熱心に見ていたピンク色の髪飾りをルークが選んだ。ミアの瞳の色と同じ、ルークが紋章を解放したことで見えるようになった色で、ルークにも思い入れの強い色だ。市場にいる平民の習慣は分からないが、騎士時代から部下に驕ることには慣れていたし、女性に財布を出させないことがルークの常識だった。
他にも買うことはできるが、ミアはあまり喜ばないだろう。幼いころからほぼ物を買い与えてもらえなかったミアは、こうして自分のものを買ってもらうことに慣れていない。戸惑って困ってしまうのは見たくない。ただ、好きなものを実際に見に行って選べるようになったことは、覚えてほしい。
「今日の記念だね」
「来るたびに買ってもいいよ?」
「たくさんあっても使えないよ、私はエリザベスじゃないし」
「そう?」
(小説のお姫様も、たくさんアクセサリーを持ってるんじゃないの?)
ミアの反応は、ルークの想定と異なっていた。王家は大きなクローゼットにいくつもドレスやアクセサリーを収納しているし、エリザベスのもとで淑女教育を受けていたミアなら、それに憧れていると思っていた。平和が戻った今、夜会などの出席も増え、そのぶんミアの目にも触れる機会が増えるはずだ。
包みを店主から受け取り、ミアの手を引きつつ店を出て、すぐ側にあった路地に入った。よっぽど嬉しいのだろう、ミアの顔はほころんで、頬もほんのり赤みがかっている。そんな可愛い顔を、人前に出したくない。自分でも驚くくらい、今のミアを誰かに見られたくなかった。
路地に入った理由が分からず覗き込んでくるミアを、後ろ向きに立たせる。セントレ王国に帰ってきてからの手入れで、張りと艶を取り戻しつつある髪をハーフアップにまとめる。これくらいの簡単なものなら、ルークでも魔術なしでしてあげられる。
(うん、よく似合ってる)
鏡を持ち合わせておらず、その場で記録魔術を出してミアに見せると、嬉しそうな顔が一段と明るくなる。その表情を誰にも見せたくなくて、抱き締めてしまう。
「外だよ」
「外だからだよ」
よく分かっていなさそうなミアに、わざわざ説明してあげるほど、ルークに余裕はない。そんな顔を外でしないでほしいとか、ミアを独り占めしたいとか、本人に言えるわけがない。
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