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後日譚:エピローグにかえて
3.旧エスト王国の調査 後
しおりを挟む「僕たちのことは知らなかった?」
「少なくともオレは、魔術協定の直前、あの森で会うまで知らなかった」
「やっぱりあのとき…」
ルークが後悔を隠すように、口元に手を当てた。ルークに同化魔術を見破られたときが、手術後のオルディスにとっては初めて、自分よりも強いと感じられる魔術師との対面だった。はっきりと覚えている。
「セントレ王国の国境付近で何か起こせば、情勢的にも様子を見に来るのはオッドアイだと張ってた。ただ、そのときの想定はルークじゃなくてミッチェル教授。顔を見たことはなかったけど、調べた限り、セントレ王国にいるオッドアイは若くないだろうって。でも、実際は若い魔術師がオレの攻撃魔術を弾いて、ただ者じゃないと思っていろいろ嗅ぎ回った。隠蔽されまくってて結局掴めずじまい。それでも、ルークが生きてることは分かって、国王はどうにか手に入れようとした」
あのときのルークから逃げられたのは、幸運だった。ルークが事を大きくせず引いてくれた。その場で他の魔術師と同じように、殺されていてもおかしくなかった。
「どうやって?」
「そりゃ、魔術協定で…」
「そっちじゃない。僕が生きてること、どうして分かった?」
「オレの魔力が消えたから」
「消えた?」
「人を自分の魔力で暴走させたこと、ないんだ」
「あるわけないだろっ」
ルークの立場で、他の魔術師を暴走させたことがあったら大事すぎる。分かっていても、その反応が面白く、つい揶揄いたくなる。ルークがどんな話題に気分を害するのか、宣誓魔術のペナルティをもらわないためにも量っている。
「魔力を使うと減るだろ? それが最大量まで回復しなかった。最大量が減ったって言うほうが正しいか。ルークに、持ってかれたんだ。国際会議のあの日も、ふたりを居室で見る前に、オレの魔力が大量に消えた感覚があった。ルークに入れた魔力が中和されて、オレの魔力じゃなくなったから」
「魔力暴走を起こしても中和ができれば、暴走させた側は負けなのか」
「そうだ」
魔力暴走から回復するには、魔術師との交わりが必要だが、相手を選ぶ。暴走しているから、相手への配慮は難しい。普段から決まった交わりの相手、例えば番がいて、状況が分かっていれば話は早い。そうでなければ、状況を理解している間に、暴走した魔力に飲み込まれてしまう。
ルークの暴走は、ミアが一緒に来ていたから止められた。あのオルディスの魔力量を、ミアの魔力だけで中和してしまった。ミアの魔力も、相当強いと、オルディスは評価していた。
今、こんなふうに、この三人で穏やかに資料を読んでいることが信じられないくらい、このオッドアイ魔術師の夫婦には酷いことをした自覚はもちろんある。だから、こうして捜査には協力するし、バックルも宣誓魔術も受け入れている。
ただし、こういう真面目な雰囲気は、あまり得意ではない。どうしても、お堅い王族の集まりを思い出してしまう。旧エスト王国の魔術師とは違って、オルディスの近くにいるこのふたりは賢い。少々揶揄ってカッとなっても、オルディスを殺しはしない。
「今の回復はどうしてるんだ?」
「特に何も。性欲自体は強いわけじゃない」
「なるほど」
オルディスには番もいないし、特定の女とすること自体なかった。毎回、相手は変わっていた。変えざるを得なかった。今はバックルで使える魔力が限られているし、休息だけで回復できる量でも、十分制御を学べるくらいの量が回復する。
「貸してくれる?」
「なにを」
「女のオッドアイ魔術師」
(っ……)
言い過ぎた、と思ったときにはもう遅かった。オルディスの身体は宙に浮き十字に固定され、喉元には辛うじてまだ放たれていない攻撃魔術を向けられている。宣誓魔術のペナルティを発動できる条件が整ってしまったが、ルークは発動させないだろう。まだ、旧エスト王国関連でオルディスから聞き出したい話はあるはずだ。
キレているルークの奥で、ミアが心配そうに見ている。本当にどうして、このふたりは番だと分かったのだろう。
男から見ても整った顔立ちで、騎士としての身体も持つルークに、寄って集る女なんていくらでもいるはずだ。それなのに、ちょっと茶化しただけで、ここまで感情を顕に豹変する。しかも、ミアはオルディスとの年齢差のほうが近い。
(番、だからだろうな…)
「……もう一回言ってみろ。命はない」
「冗談通じないタイプなんだ」
「ミアに関するものは受け入れられない」
「悪かった」
ルークは攻撃魔術を消し飛ばしたが、磔は解かない。オルディスのバックルに、手を伸ばした。
「……」
何をされるのか分かって、オルディスは抵抗しなかった。ルークにとって、それだけのことをオルディスが言ってしまっただけだ。やはり、強い攻撃はされない。ルークにとって、オルディスの管理は王命でもある。ルークの一存だけで、オルディスの命が扱われることはない。
「……僕を怒らせたのが悪い」
バックルにルークの魔力が流れてくる。それでも、いざというときには使える魔力を残してくれているのが、ルークの優しさだ。
「痛むか?」
「少し。慣れると思う」
「なら、それで」
結局、オルディスに罰を与えてもそうやって気遣ってくれる。兄姉の後ろを追いかけていたころが、懐かしくなってくる。
磔を解かれて床に足が着いたとき、目に入ったのはミアだった。ミアは慎重に、ルークを見てからオルディスを見てくれていたらしい。その視線に気付いたルークによって、オルディスからミアは見えなくなった。ミアとオルディスの間に、ルークが割り込んだのだ。
嫉妬心が子どもっぽく分かりやすすぎて苦笑したところを、振り返ったルークに見られた。睨まれたが、両手を上げて無抵抗の意思を示す。
(番を引き離そうなんて思わない。興味は、湧いたけど)
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