とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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後日譚:エピローグにかえて

1.旧エスト王国の調査 前

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 オルディスはふと目に入る、左手首に嵌められたセントレ王国王家の紋章入りのバックルブレスレットに触れた。オルディスがセントレ王国の人間ではなく、管理下にあることを示す証明だ。

 このセントレ王国に来てすぐ、ルークの魔力の入ったバックルで魔力制限を受けた。両手が繋がった手枷だと動きづらかったため、正直助かったのも間違いない。

(あえての、バックルだからな…)

 魔力制限ができれば、どんなアクセサリーでもいいはずだ。首輪ではないだけ、見た目にも配慮されたのだろう。ルークからオルディスへの、意思表示だと受け取った。それだけの、いやそれ以上のことを、オルディスは実行したのだ。

 オッドアイ魔術師三人とそれぞれ話すが、一番話すのはルークだ。オルディスが暴走させたにも関わらず、ルークがオルディスを不当に扱うことはない。

 その番であり妻、オルディスと年齢が一番近いミアも、ルークと同じような態度を取ってくれる。ミアが王宮にいるときは常にルークと一緒にいるから、話すタイミングには気を遣う。

 ジョンからは、書斎の書物を自由に読んでいいと許可をもらっていて、オルディスの行動拠点はジョンの書斎だ。ジョンが仕事から帰ってきても、特に何かを話すこともない。ジョンは自分の作業が終われば家に帰る。この書斎にある簡易ベッドはもともとルークが使っていたらしいが、今ではオルディスのものだ。私物置き場も兼ねているものの、服以外のものはない。

 宣誓魔術も、セントレ王国で生活するために課されたものだ。宣誓を破ればペナルティがある。オルディスが宣誓した内容は、《セントレ王国の不利益になることをしないこと》。それだけだが、具体性がないぶんどうとでも取れ、セントレ王国に利のある宣誓だ。それでも、生きる場所のないオルディスは飲むしかなかったし、抵抗する気も起きなかった。実際、オッドアイ魔術師三人は、オルディスに全く害がない。

(国王の命で、管理下にあるはずなのに…、いや、だからか?)

 ジョンの書斎に蓄積された書物を自由に読んでいられることもそうだが、オルディスの魔力制御に関しても、この三人は手伝ってくれた。オルディスは魔術師の国と呼ばれる旧エスト王国の王族に生まれ育ったが、大した魔力制御を習っていなかった。魔術訓練を始める年齢になったころにはすでに、指導できるほどの経験値のある魔術師が減っていた。洗脳魔術によって指導力を持たない者も多く、皆、国王の機嫌取りに必死で、オルディスに構ってくれたのは兄姉だけだった。

 ルークやジョンの立ち合いのもと、バックルの制限を少し緩めてもらい、小さなことへ魔術を使う練習に付き合ってもらう。ある程度自由に動けていて、たまにこうしてバックルを見ることで自分の立場を再確認しないといけないくらい、オルディスはセントレ王国での生活に満足していた。


 ☆


 セントレ王国に来てから、一ヶ月ほどが経っただろうか。ジョンの書斎で書物を見ていると、ルークとミアが転移で現れ、オルディスに話しかけてきた。日常的に転移してくることに初めは驚いたが、今ではもう慣れてしまった。むしろ、今回に限っては、声を掛けられて驚いた。

「…旧エスト王国の王宮に行く。捜査協力を求めたい」
「それ、オレに拒否権ある?」
「ないね」

 ルークは基本的にオルディスの意思を聞いてくれるが、ほぼ意味がない。その裏もオルディスには見えているから、問題もない。ルークがオルディスに話しかけるときは、王家や任務が絡んでいる。

(ずっと裏方だったなら、脅しだってやってきたはずだろ…、オレは罪人だぞ。言葉を選ばれる立場なんてもうないのに)

「捜査協力はいいけど、同行はこの感じだとふたりなんだな?」
「そうだ」
「ジョンは行かないのか。この部屋の主だろ?」
「魔術学校の教授だ、何日も抜けられない」

(泊まりがけなら、確かに教授は抜けられないだろうな。いや、ルークなら転移で帰って来れるから、泊まりはしないか)

 こんな話し方でも、ルークは怒らないし、ミアも何も言わない。もしルークが不快に感じるのなら、宣誓魔術を破ったことにしてオルディスを制圧できるが、警告すらされない。旧エスト王国にいたころよりも、気を遣わずに済む。

 オッドアイ魔術師三人を見ている限り、ルークにもミアにも、魔術の話ができる年齢の近い者はいないらしい。立場的に、慣れ合うことは推奨されないだろうが、目撃者がいれば多少仲良く話しているようには見えるはずだ。

「行くよ?」
「うん」

 当然と言えば当然だが、ルークが気にするのはいつもミアだけだ。ルークの転移魔術は術主に触れていないと転移できない。今回はルークの任務にオルディスも駆り出されているのに、いつもと同じようにルークはオルディスに触れてこないため、勝手にルークに触れた。ここで、間違ってもミアに触れてはならない。

 ルークが着地点として選んだのは広間の中心、国際会議の会場だった場所だ。

 旧エスト王国の王宮は、オルディスが見回した限り、あの日から変わっていない。誰も何もしていないし、立ち入りすらもしていないのだろう。魔力制限が掛かっているオルディスには感じ取りにくいが、結界が張られている。おそらく、ルークかジョンの魔力で張られていて、外部の人間は全く入れない。

「資料室はどこにある? 人工オッドアイに関しての記録が見たい」
「それなら、手術室だろうな」
「『だろう』?」
「……」

 ここでの生活をあまり思い出したくないのが、伝わっただろうか。三人で王宮の廊下を進む。ひさびさの王宮でも、懐かしさは全く感じなかった。話を促されたくなくて、オルディスから口を開いた。

「前から思ってたけど」

 オルディスが言うと、ミアは顔を向けてくれる。そう、ミアは話を聞いてくれる。だから、ルークがいい顔をしない。ただ話すだけだから、咎めることもできないのだろう。

「人数連れて転移できるんだな」
「僕はできる。複数回できる余力もある」
「なんでそれで暴走なんか…」

 魔術師の国と呼ばれていた旧エスト王国だが、オッドアイ魔術師が途切れずに貢献し続けているセントレ王国のほうが、はるかに魔術レベルは高い。オルディスが知らないこともジョンの書斎にはたくさんあって、ミアも復習として読み進めているところらしい。目の前にいるルークは、あの書斎の壁を埋める書物を読み切ったうえで騎士として任務をこなしていたそうだ。

(細かいところ、まだ聞けてないんだよな…、こんなに魔術師として能力が高いのに、なんで表で魔術師にならなかったんだ? 同化魔術を使いながら他の魔術も扱える魔術師は確かに、裏方に向いてるけど…)

「魔力量は関係ないらしい。自分のじゃない魔力が少しでも入ると影響する。どうしてオルディスの魔力を跳ね返せなかったのか、この王宮の整理が終わったら研究しろって言われてる。オルディスの魔力は、純粋なひとりの魔力じゃないから、僕の魔力だけでは対処できなかったっていうのが、今の仮説」
「……」
「何だよ」

 ルークが眉間に皺を寄せて、オルディスを軽く睨んでくる。怒らせたいわけではもちろんない。ただその能力の高さに圧倒され、呆けてしまっただけだ。

「ただ魔力量が多くて強いだけじゃないんだな。頭も良い」
「当たり前だ。オッドアイはそれだけ価値があって期待されるし、そのぶんの働きをしないといけない」
「大変だな、生まれつきだろ?」
「そうだ」

 オルディスは王子の立場で生まれたが、兄姉がいたこともあり、そこまで立場へのプレッシャーを感じて生きたことはなかった。

 この夫婦の距離感が見えるたび、不思議だった。ルークはミアに対して独占欲を隠さないが、ミアはそれほどには思えない。守護魔術を掛けるほどに守られて、魔力暴走を見たときには取り乱していたのに、今はのびのび奔放にすら見える。年齢差を考えるなら、むしろルークが外に悟られないように感情を抑えるべきだ。

 ルークはどんな人生を送ってきたのだろう。それが、ミアへの執着に繋がっているのだろうか。そのまま口に出せばルークがキレるのは間違いない。どうにかミアとふたりになれる場を作って、聞いてみようか。
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