とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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6.未来に向けて

9.再確認

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 ルークは深呼吸をしながら、エリザベスの執務室に向かった。途中ですれ違った使用人が、ルークを見て足早に通り過ぎたため、何かあったのは分かった。

 扉を叩こうとして、違和感に気付いた。普段のジョンの結界ではない。ミアが、張り直している。一体、何を話したのだろう。扉を鳴らし、到着したことを伝える。「どうぞ」と返事をしたのはエリザベスだ。ふたりで話すのがひさびさだったから、見送りのタイミングまで一緒にいたのだろうか。

「ルーク、悪気はないの。ただ、少し寄り添ってあげて」
「…ミア?」

 目の前に立つエリザベスに支えられたミアは、ハンカチを目に当て、ルークの方を見ようとしない。

(何を話した?)

 エリザベスを見る目が、鋭くなっただろうか。動揺した様子のないエリザベスは、肩をすくめてほんの少し口角を上げる。

「これ、お詫びでも何でもないのだけど、持って帰って」
「…分かりました」

 エリザベスから包みを受け取った。エリザベスからはルークに、何も話すつもりはない。ミアから聞き出せと、睨み返された目が言っている。

「ここで転移しても?」
「構わないわ。ルーク、話を聞いてあげて」
「はい」

 エリザベスに返事をし、俯いたままのミアを正面から軽く抱き留めた。

「ミア、行くよ」

 腕の中で頷くのを感じ、王宮のエリザベスの執務室前から、屋敷のミアの部屋に転移した。


 ☆


「ミア…」
「……何でもないといえば、何でもないの。ちょっと寂しくなっただけだから」

 すっとソファへ案内され、腰を下ろした。ルークもすぐ隣に座って、寄り添ってくれる。そんな言葉でルークが納得するわけがないことも分かっているけど、そうやって少し誤魔化したくもなる。

 エリザベスの前で派手に泣いてしまった。きっと酷い顔をしているのだろう。心配そうに覗き込むルークを見て、また涙が零れた。

「…今、話せる? 後にする?」
「今がいい」

 ルークが、話を聞いてくれるつもりでいる。今を逃したら、自分からきっかけを作るのは難しい。

「紅茶、淹れてくるよ。これ、焼菓子だよね?」
「うん」

 声が掠れていることにも気付かれた。だから、話し始める前に紅茶を淹れに行ってくれたのだろう。

 ミアは背もたれに身体を預けて、ルークが戻ってくるのを待った。エリザベスと話した内容を伝えたら、ルークは何と返すだろう。

 屋敷の中でも容赦なく転移魔術を使って、最速で「お待たせ」と帰ってきたルークに支えられながら、ミアはエリザベスとの会話を口にした。

「魔術協定の間はずっと一緒だったけど、やっぱりあの三人の仲に私は入れないんだって、思っちゃった」

 ルークが頭を撫でてくれるのが心地よく、身体を任せていると、ふうっと深呼吸するのを感じる。言いにくいことを言うときの、ルークの癖だ。

「……今日は、三人で僕の記録魔術を見たんだよ。あの、監獄での出来事を」

 ルークから跳ぶように離れて、ルークを見つめる。自分が今どんな顔をしているか、考える暇はなかった。ルークの言葉への衝撃が強すぎて、泣き続けていることをすっかり忘れてしまった。

「チャールズが特に見たがった。師匠は見たあと、気分が悪そうだったよ」

 あまりに自分本位だったことに気付いて、恥ずかしくなった。ルークは今日の呼び出しで記録魔術を出すことを分かっていたから、あんなに硬い表情をしていたのだ。

 ミアに伝えられるわけがない。ミアだって、あんな記憶魔術、チャールズに要請されたとしても誰にも見せたくない。ルークにだって、見てほしくない。

「三人で話すこと、前もって教えられたら、僕も気楽なんだけどね。僕が居ないところで、こんなふうに泣いて欲しくない」

 改めて引き寄せられて、また頭を撫でられる。ミアに、生きる希望をくれたあたたかさだ。至近距離だからこそ、ルークがまた意識的に息を吐いたのが分かった。

「…でも、同じようなことでミアを泣かせないと、約束はできない」
「うん」

 当然だろう。エリザベスも言っていたことだ。妻であっても、全てを知ることはできない。今日みたいな疎外感を感じることは、これからも避けられない。

「ごめんね」
「いい、大丈夫」

 ミアからルークに、キスをする。ミアが、大人にならなければいけない。ミアの一生続く任務は、ルークのそばにいて支えることだ。淑女教育のなかで教わったことを忘れていた。こんな自分勝手なことで、ルークの手を煩わせてはいけない。

「ミア」
「うん?」
「師匠の書斎に行く前の僕には、言いにくかった?」

(っ……)

 また、言い当てられた。何も言葉を返せなかった時点で、伝わってしまう。

「チャールズが記録魔術を見たがっていると師匠から聞いて、力が入ってたのは自覚してる。でも、そんなにミアを追い詰めるとは思ってなかった。不安になったら、その場で言って。こうやって後から理由を聞いて、後悔するよりずっといい」

 ミアが発する前に、ルークに口を塞がれる。舌を絡ませられ、何も言わせてもらえない。ルークの意志の強さも、もう知っている。返そうとしていた言葉は、ルークの発言を肯定するものだから、言えなくても問題ない。

「さ、王家の焼菓子をいただこう。きっと紅茶も飲みやすい熱さだよ」
「うん」


 ☆


 半ば強引に納得させてしまったが、ミアが焼菓子に手を伸ばしたことで少し安心した。エリザベスが持ち帰らせるほど、ミアが食べなかったのだろう。笑顔になるほどではないが、エリザベスの執務室に迎えに行ったときよりは表情が柔らかい。

 ミアを、失いたくない。エスト王国から戻って来れても、悲しませてしまった。しばらく特別任務はないにしても、ミアが泣いてしまうような出来事がまったくないとは言い切れない。ミアとの日常に気を配るなんて、以前なら当然やれていたことだ。この一年で失った余裕も、きっと取り戻せる。ルークが、忘れなければいいだけだ。
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