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6.未来に向けて

8.女性同士の内緒話 2

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 少し気落ちしたミアがエリザベスの執務室に入るなり、顔馴染みの使用人たちに歓迎された。オッドアイ魔術師として隠していたピンクの瞳も見せていて、両目の色が違っているのに、ミアから離れるどころか称えてくれる。

「それくらいにしてあげて。困ってるわ」

 エリザベスが止めてくれなければ、ずっと話しかけられていたのだろうか。ここにくるといつも使っていた、見慣れたスツールに腰掛ける。

 紅茶と焼菓子が出てきたあとは、エリザベスが使用人を下がらせ、ふたりきりになった。エリザベスに、気を遣ってもらっている。なんとなく、ジョンが掛けている結界を張り直した。

(気にしてることがあるの、気付かれてる?)

「ミア、あれから、疲れは取れた?」
「おかげさまで。ありがとうございます」

 いつものように、焼菓子に手を伸ばし、紅茶をすする。

「今、あの三人は何を話しているのでしょうね」
「え」

 ミアの寂しさを見抜いているかのような言葉に、はっと顔を上げてしまう。エリザベスは、何が話されているのか知っているのかもしれない。

「ルークと一緒に一年耐えたのに、蚊帳の外になっちゃったわね」
「いえ…、ルークは何年も国のために動いている人なので」
「本当にそう思う? ミアも頑張ったでしょう?」

 紅茶を一口飲み込んでみるけど、言い当てられてしまって、我慢できなかった。

「いいのよ、流れるものは流しておけばいいの。ルークの前では泣けないでしょう?」

 何もかも、お見通しなのだろう。エリザベスに差し出されたタオルを、目に当てる。

「今日何を話しているか、私も知らないし、その内容を教えてもらえるのかも分からないの。今はもうある程度、受け入れられるのだけど、嫁いだころは嫌だった。この国で二番目に位の高い地位なのに、三人の会話には入れてもらえなかった。そういう決まりがあるのか、単に男のプライドなのか、その輪に入れないことがとてもショックだった」

 そう話すエリザベスに、ミアはこくこくと頷いた。肝心なことを、ルークは隠す。ミアの父親のことだって、そうだ。

「話したことがあったかしら。チャールズもルークも、似てるのよ。たったひとりの国王と、たったひとりの特別任務請負人。ふたりとも、友人と呼べるのはお互いだけ。ふたりで何とかすることに慣れすぎてるの。ジョンは、年が離れていて見守り役に近いし、三人ともが私たちを信頼していないわけじゃないのだけど、あのふたり、あの三人にしかない空気はある」

 ミアはまた頷いて、相槌を打つことしかできなかった。まさに、ミアが感じていることだ。

「私のことを守りたい裏返しとも取れるから、この件に関して、チャールズに直接伝えたことはないの。でも、辛くなるわよね。一番近いところにいて、これからもし任務があっても同じオッドアイ魔術師で、手伝えるのに」

 エリザベスに頷きながら、落ち着こうと深呼吸をしようとする。どうやら、まだ早かったらしい。


 ☆


「大丈夫、まだ時間はあるわ。もう少し、頼ってくれてもいいのにって、思いたくなるわね…」

 エリザベスはミアの隣に移動し背中を擦って、落ち着くのを促した。あんな任務を経験しても、ミアはまだ二十歳だ。屋敷に閉じ込められて育ち、ルークと出会った。何も知らなかった多感な時期に、普通の令嬢なら経験しない任務を遂行したミアは、ルークについていくだけでも目まぐるしかっただろう。

 少し余裕が出て物事が見えるようになったとき、自分がその仲間の外だと気付いてしまう。魔の紋章の解放や魔術協定はミアも関わっていたし、魔術道具を作ることもミアはできる。ミアにとって任務や仕事は、ルークと一緒に行くものだと刷り込まれていたかもしれない。

 今日のルークの顔を見たわけではないけれど、ミアがそのことに気付いてしまうくらいには、緊張した表情だったのだろう。だから、ミアがエリザベスの嫁いだころと似ていて、思わず言い当ててしまった。派手に泣かせたと知ったら、ルークは怒るだろうか。

 それでも、今日のミアに話したことは、正しいと思える。自分で自分の行動を肯定できる。ルークには、チャールズやジョンがいるけれど、ウェルスリーのところで隠されて生きてきたミアには、そういった相手がルークしかいない。

 エリザベスがついていることもできるが、そこまで長い付き合いではない。ミアには本当に、ルークしかいないのだ。

 使用人を呼び、焼菓子を包ませる。お詫びとするには簡単すぎるけれど、ミアが何もできないわけではないし、この状態のミアを見たルークが、放置するとも思えない。あんなに大切にしているのが目に見えるのだから、ふたりで何とかするだろう。
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