とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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6.未来に向けて

4.ルークの父親

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「…それから、この一年で、ウィンダム魔術爵家が没落したことも伝えなければならない」
「はい?」

 一年も国を離れると、こうも立て続けに情報を浴びなければならないのか。旧ウェルスリー公爵邸に行っていた半年の間でも、ここまでチャールズから報告を受けることはなかった。チャールズの前ではあるが、ルークは軽く伸びをしてから、一息吐いて、「どうぞ」と促した。

「任務に就いていないと言っていただろう?」
「ああ…」

 ルークは忘れていたが、そういえばウィンダム家へ結婚報告に行ったとき、母親がそんなことを言っていたし、それをチャールズに伝えていた。ルークがセントレ王国にいないこの一年、チャールズに対して大口を叩く父親としては交渉の札がなく、このタイミングが最適だったのかもしれない。

「人工オッドアイとの関連はなかったが、魔術道具の国外への違法取引が発覚した」
「違法取引?」
「そこまで重い罪ではない、ミア。模造品だ。王家で作られたものだと偽って、販売していた。母親は素直だったが、父親は抵抗した。少々無理を言って、屋敷を捜索させてもらった」

 ジョンが、ひさびさ口を開いた。チャールズの選んだ警備隊や騎士団ではなく、ジョンが直接調査に踏み込んだのだろう。

 王家の印章のある魔術道具は、ジョンとミアのどちらかの魔力が込められている。搬送経路や購買先なども、チャールズを含めた王家が把握しているから、ウィンダム家の屋敷にあるわけがないのだ。

「そのときに、ついでと言ったら都合がいいが、ルークの出生記録も見た」

(……なぜ?)

 生まれた日時や性別、身長・体重とともに、両親が誰であるかが記載されるものだ。ミアにはこれがなかった。ルークも、母親が記録とは異なっているはずだ。

「見たいか?」
「いいえ」

 ルークは即答した。今更、本当の母親の名前を知ったところで、何も変わらない。

「ああ、そうだ、ルーク」

 チャールズがいかにも今思い出したように、ジョンとの会話を遮ってきた。ジョンは、ルークに出生記録を見せるつもりだったのだろうか。予想と反して、ルークが断ったから、チャールズが割り込んできたのだろうか。いや、このふたりに限って、その予想を外すとは思えない。

「ルークが生まれたときに、オッドアイであることを王家に報告しなかったことでも、アンドルーは制裁を受ける」

 オッドアイは本来、生まれたときから王家の管理下に入る。子どもの遊びだったとしても、その魔力量から何をどう操ってしまうか読めないからだ。

「僕も未届なんですか」
「いや、出生記録はあったから、未届ではない。ただし、瞳の色が空欄だ。出産に立ち会った医師にも制裁が下る。母親にも、と言いたいところだが、忘却魔術によって赤の他人として生きているし、今更知らせる必要はないと判断した。セイディは罪に問われない。生みの親ではないし、今回の捜査に協力的だったことを考慮した」

 ジョンがルークに出生記録を見せたかったのは、それが理由だったらしい。処分については、チャールズが妥当に決断していることだろう。実親がどうなろうと、チャールズへのうるさい干渉が減るため、ルークとしてはむしろ好ましい。ウィンダム家の屋敷に強制的に立ち入れる文言を得て、探し出したのだろう。

(っ!)

 はっとして、ミアに目をやる。この話を、結局ミアにできないまま、魔術講師として送られることになったのだ。特に気にすることもなく焼菓子を頬張っている様子に、あまり甘い物は好まないが、ルークも一口もらうことにした。

「ルークが魔術学校へ入学した時点で、忘却魔術をウィンダム家に使い、ルークを保護することもできたが、ウィンダム家は魔術師の一家だ。すでにルークの兄たちが魔術学校に居たし、王家が介入して無闇に魔術を使うわけにはいかなかった。当のルークは魔術を使いたがらない子どもで、王家に報告しなかったウィンダム家に譲歩できる部分もある。それでも、五歳までオッドアイを放置していたことに変わりないが」

 ルークはウィンダム家の屋敷に居る間、オッドアイを隠すことなく過ごした。生まれつきの膨大な魔力を、上手く扱えていなかったらと思うと、恐ろしい。理由はともかく、幼いルークが魔術を使いたがらなくて、セントレ王国が助かったと言ってもいいくらいだ。

 五歳のときに魔術学校へ入ってジョンに出会うまで、王家にはルークというオッドアイが生まれたことが伝わっていなかった。本来、オッドアイとして生まれた者が魔術師として魔術学校の訓練を希望する場合、その準備が重要になる。魔力量が多すぎて、同じ魔術師の他者が耐えられなかったり、その特異性から馴染めなかったりするからだ。

 ルークは、魔術学校に入学したものの魔術を使いたがらなかった。ジョンにとっては好都合で、ジョージへの謁見を条件に、個別指導を取ることができたのだろう。

 ルークが育つまでは、ジョンがセントレ王国にたったひとりのオッドアイ魔術師だったし、魔術学校の教授でもあった。もしウィンダム家にオッドアイが生まれたと報告があっても、王都を離れて様子を見に行くことは難しかったかもしれない。

 ルークはその後、騎士学校への転入を経て、魔術師としても申し分ない能力を発揮するに至った。王家にとっては騎士としても魔術師としても優秀な、使いやすい立場の青年が手に入ったことになる。

 もともと一代爵で爵位も低いウィンダム家への制裁は、ルークの出身家系ということもあり大きく報道されることはないらしい。

 ウィンダムという一代爵は消滅し、魔術道具の偽装への関与が認められた父親と兄たちは地方へ左遷された。セイディの生家であるカートレット侯爵家に保護を求めようとしたが、ウィンダム家と同じく魔術師であることに誇りを持つ家系で、一般人であるセイディは王宮で働くことになったそうだ。

「王宮で…」
「下働きではあるが、顔を合わせることもあるかもしれない。嫌なら、配置換えはできる」
「いや…、たぶん、顔を合わせても何もないです」
「そうか」

 視線を落とすと、ミアに覗き込まれた。普通の学生なら長期休暇のたびに実家に帰るのだろうが、ルークはそうしなかった。母親とまともに話したのは、結婚報告のときが初めてと言っていい。これからも、ルークとミアの生活に他人が入ってくる余地はない。

「それと、小瓶の魔力だが」

(あっ…)

 ルークはその存在をすっかり忘れていた。ルークとミア、どちらかが暴走しても、その小瓶の魔力でどうにかできると踏んで用意したものだ。結局、ミアが自分の魔力だけでルークの魔力暴走を止めたため、必要がなくなった。

「持っておいてください。何かあったときのために」
「しばらく何も起こらないぞ?」
「分かりませんよ? それに、僕たちは魔力の増強ができるので、また継ぎ足さないといけないくらいかもしれません」

 つまり、その小瓶はあってもなくても、意味をなさない可能性すらある。元の魔力量が増えるほど、小瓶からの復活に使う魔力も多いほうが戻りやすいだろう。

「そう言うのなら、預かっておこう」

 これ以上、あんな思いをするような目には遭いたくないが、チャールズとジョンには持っていて欲しい。これからも、ルークが仕えるのはこのふたりなのだ。
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