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6.未来に向けて

1.爵位と褒賞

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 見慣れた王の間に降り立つと、その空間を確認する前に、驚いた様子のオルディスを結界に閉じ込めた。一旦、オルディスには聞かれたくない話をするためである。

 任務であった以上、報告は絶対だ。王子だったオルディスにも、セントレ王国のトップが集まっているのは分かっているだろうし、ここが特別な部屋であることも、罪人として連れてこられているのも自覚があるだろう。ルークの結界を突いて、ビリッと走る魔力を楽しんでいるように見え、それ以上のことはしなかった。

 オルディス以外の全員が、用意されたチェアに座る。話が長くなりそうなのか、チャールズが呼びつけた使用人たちがテーブルとティーセット、焼菓子を運んできて、すぐに退出する。

 ジョンが、背中を向ける使用人たち全員に忘却魔術をかけ、王の間全体の結界を張り直す。すでに全員が、寛いでいる。

「さて…、ルーク、ミア。本当にご苦労様。よく耐えてくれた」

 力は抜けているものの、国王に労ってもらうのはいつでも光栄なことだ。ルークが頭を下げると、ミアも合わせて礼を取る。

「それで、話すことはたくさんあるのだが、まずは預かっていた指輪を返す。直前に会えず、受け取れず申し訳なかった」
「いえ…、あれが見えていたのなら、対面を避けるのも分からなくはないです」

 エスト王国に入る前は、挨拶くらいさせてほしいと思っていた。チャールズは予知を夢で見るため、おそらく記録魔術のように、映像で見ることができるのだろう。監獄での様子を否応なしに見たのなら、いくら国王として強くあろうとするチャールズが堪え切れなかったとしても、何もおかしなことはない。

「はっきりと見えていたわけじゃない。ただ、避けきれないと、出発の日が近付くにつれて、頭が上がらなくなった」
「っ…」

 息を呑んだのはルークでもミアでもなく、ジョンだった。隠居している先王ジョージと、ジョンが仲が良いのは知っている。幼いころにはルークも何度も会っていた。その不健康さは、幼いながらに違和感として記憶に残った。ジョンが何を危惧したのか、ルークが気付けないことはなかった。

 予知は、体力を奪う。内容によってはメンタルも蝕まれるのだ。ジョージはまだしもチャールズは、自分の意思とは関係なく予知を見る。その辛さは、王家にしか分からない。

 重たくなった雰囲気を振り払うように、チャールズから指輪を受け取った。あえて、ミアのものもルークに渡された。

 左手を取ると、ミアはすでにうるうると涙を溜めていた。細くなった指にぴったりと嵌まるよう、魔術でサイズを合わせながらゆっくりと通す。自分の指にも滑らせたあと、ミアの頬に触れ、額にそっとキスを落とすと、その瞳から零れ落ちてしまう。咎める人はいない。そのまま指先で拭ってやると恥ずかしいのか、ミアの手に追いやられてしまった。

 ルークが席に戻って紅茶を一口啜ると、チャールズの声がする。

「まず、爵位の話からしよう。気になっているだろう?」

 チャールズがルークを見てくる。当然、気になっていた。国際会議の場で、他国の首脳やオッドアイがいるなか、ルークとミアが公爵だと発表されるなんて、聞かされていなかった。連絡もままならなかったため、仕方ないとも言えるが。

「特別任務手当とは別の、褒賞が思い当たらない。永代爵位の地位をまだ授けていなかったのは助かった。もっと前に授けてもよかったのだが、物事にはタイミングがある。今更ではあるが、公爵の地位を与える。本来なら王家に叙するのだが、ルークはいろいろと例外だからな」

 永久爵位、しかも貴族最上位だ。ルークの子孫は今後、何事もなければずっと公爵を名乗ることができる。それだけでも、いろいろな場面で物事が進めやすくなる。もし子どもが生まれれば、爵位が上の方が楽に生きられる。そう感じてしまう場面はいくつもあった。

(……『子どもが生まれれば』?)

「ルーク、どうした?」
「いえ、なんでもありません。ありがとうございます」

 チャールズにはそれとなく応え、続きを促した。体力的に疲れてはいるものの、ミアとは一度交わっていて魔力が回復しているぶん、回復魔術で補えた。王の間に来る回数は減らせるほうがいい。チャールズからの話は、聞ききってしまいたい。


 ☆


 国際会議が終わった直後、ルークとミアにとっては帰国直後でもある。任務報告も翌日でもいいと、疲労を推しはかってやりたいところだが、結局ふたりは報告まで気を張り続けるだろう。屋敷に帰ったところで、何を話そうかとまとめ始めてしまう。

 それよりは、多少疲れていても、当日にある程度報告を聞いてしまうほうがいいと判断した。そして、チャールズからふたりに話すことも溜まっている。

「永代貴族になると、領地を治めてもらうのが通例だが、どうしたい? 魔術書類は王宮に引き上げたのだが、それでも治めたいと言い出す者がいない土地がある」

 ルークが片眉を上げた。旧ウェルスリー領だと、気付いたのだろう。どうやら、頭はしっかり回っているようだ。

「僕は今の屋敷でミアと過ごしたいです。それ以外のことはとてもやりたいと思えないです」
「ミアは?」
「ルークに従います」
「では、あの領土は正式に王家直轄地とする。屋敷は別荘として、使用人を二人ほど住まわせよう。ウィンダム公爵は領地を持たない代わりに王宮に頻繁に出入りする、宮廷貴族だな」

 ルークとミアが頭を下げる。納得したのだろう。この場で、ルークとミアの希望と異なることを、どうして許可できるだろうか。

 旧ウェルスリー領は辺境地で、国境の要地であるぶん早期に領主を決める必要があるのは確かだが、セントレ王国の脅威はしばらくない。辺境だからと他国に手を貸すような貴族に、あの土地は任せられない。これを機に、代々続く貴族へ調べを入れることも考えなければならない。ルークがいれば、すぐに終えられるだろう。

 ルークは口にこそ出さなかったが、公爵の地位がずっと欲しかったのだろう。ルークの学生時代、評価や進級などで爵位に阻まれるのを見聞きするたびに、国王命令を騎士学校の教授へ発令していたなど、ルークが知ったら怒るに決まっている。

 それでも、ミアとの婚約時、すでに英雄と呼ばれていたルークに、それを与えることはできなかった。ルークの生家、特に父親のウィンダム魔術爵が邪魔だったのだ。

「その他、欲しいものはないか? 数日考えてもいい、褒賞として贈りたい。考えてみてくれ」
「分かりました」


 ☆


 チャールズとルークの会話を聞きつつ、ひさびさのこの寛いだ空間に身も心も任せていた。王家の焼菓子の味も紅茶の香りも、こうして集まって話している姿も懐かしく、本当に戻って来れたことを実感すると、目に涙が溜まってしまう。泣いている場合ではない。報告の場を兼ねているのに。

「ミア、美味しいか?」
「…はい、とても」
「懐かしいよね、すごく」
「うん」

 チャールズに気遣われてしまい、涙が流れてしまう。手で拭うと、隣に座るルークがタオルを当ててくれる。

「…ミアにはまだ伝えられていなかったな。五年前に国際会議の様子を予知したんだ。それから、ミアの居る場所を見て、他にも外交など、やれることはやったつもりだ。それでも、本当に辛い任務を背負わせたと思っている。すまなかった」

 チャールズとの距離感には慣れていたが、それでも国王に頭を下げさせてしまって、とんでもないと首を大きく横に振った。それがルークの任務であり、ルークの妻としてのミアの任務でもあった。チャールズが謝る必要はないと思っていても、声は出せなかった。

「ミア、どうしたい? 小部屋も用意できるが、そのまま話を続けて大丈夫か?」
「はい」

 チャールズの言う小部屋とは、前の夕食会のときにエリザベスとふたりで内緒話をした部屋のことだろう。ミアも任務を遂行していたし、ほとんどのことをルークが言うにしても、その場には居たかった。

 チャールズが紅茶を一口飲み、息をゆっくりと吐く。ここからが、今回の報告の本題だ。
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