67 / 103
5.番の魔術講師
18.国際会議 前
しおりを挟む
「暴走から戻ってすぐに、転移とは…」
「ジョン、お前の弟子、強すぎない?」
「番がオッドアイなんだ、あり得ない話じゃない」
「うらやましい限りだぜ、マジで」
呑気に話すオッドアイ魔術師たちを後目に、ジョンはミアに会ったあの部屋に急いだ。
暴走を起こしていたルークが中和されれば、きっとふたりでしばらくの時を過ごしたくはなるだろうと、その甘えを受け入れ、通信魔術が飛んでくるのを待っていた。ジョンをはじめ、複数のオッドアイがエスト王国に入っている。ルークとミアが少々休憩をとっても、手は打てる。
エスト王国の王はもう始末済み、その王子も魔力制限がかかっている。王妃がこの一年、姿をくらましていることも掴んではいるが、チャールズの目的は王とその権力を継ぐ王子だけだ。もう達成しているが、それでも、弟子のルークの姿を見るまでは、安心できるわけがなかった。
☆
扉が急に開く。近付いてきているのは気配で分かっていたが、反射的にミアの手を離した。ジョンを先頭に、魔術師たちがベッドに腰掛けるルークの下へやってくる。
「ルーク…」
ジョンが目の前に立ったところで、ようやくルークも立った。その瞬間、抱き締められた。慣れていないルークは棒立ちで、ジョンが離れるのを待つことしかできなかった。
「…よかった、魔力に変化はないようだな」
「ええ、ほぼ以前の僕のままですよ、多少暴走しやすくなった以外は」
「自覚があるのか」
「なんとなく。ミアがいれば大丈夫です」
チャールズにする前の軽い報告に近い。ジョンの後ろのいる魔術師たちが、「会ってすぐの会話がそれでいいのか」と口にしているが、ジョンが無視しているため、ルークも無視することにした。
おそらく、他国のオッドアイ魔術師数名が、ジョンと共に入ってきたのだろう。各国の王の護衛にも回っているはずだ。魔力の気配が一気に増えている。
何が起きてこうなったのか、正確なことは分からないが、おそらくチャールズの指示でオッドアイ魔術師が乗り込んだのだろう。それで、王宮や居室にかかっていた結界が消えた。魔術協定と不可侵を含めた条約の期間が、終わったのだ。
目の前で手枷をされている魔術師が、ルークを暴走させた張本人だろう。目が合うと、睨まれた。当然だ、この魔術師にしてみれば、国を乗っ取られたと同義だ。ただ、その目には涙が溜まっているようにも見え、ルークは目を細めた。
(大の大人が、恨みを募らせて人前で泣く…? いや、意外とまだ幼いのか?)
「失礼します!」
元気のいい声が扉から聞こえ、全員がそちらを向いた。ルークも魔術師から目を逸らす。セントレ王国の証を胸につけている青年は、チャールズの伝令官のひとりだ。
「ミッチェル教授はじめ、各国オッドアイ魔術師の皆さまに、セントレ王国チャールズ国王様より伝令、『各国首脳、王宮広間に集合済み。至急戻られよ』とのことです」
「ルーク、行けるか?」
「はい、ミアを連れて転移します」
「では、広間で」
伝令官と一緒に、ジョンとオッドアイ魔術師たち、それから手枷をされたままの魔術師が部屋から出て行った。妙なリアクションを見たとは思ったが、ゆっくり考えている暇はなく、チャールズのところへ行かなければならない。
ミアの頬を撫で、指が通った場所に口づける。ここでは、たくさんの無理をさせた。やっと、解放の時だ。安堵するほど目から涙がこぼれそうになるが、今はまだ任務中で、チャールズに報告してやっと、任務完了になる。ぐっと奥歯を噛みしめ、堪える。
自分に回復魔術を再度掛け、ミアをマントで包んで抱え上げ、何度か入った広間を想像した。
☆
「チャールズ」
「ジョンか、よく戻った。ルークとミアは?」
「すぐ転移してくるはず、無事だ」
チャールズにとっても、ルークとミアの無事をこの目で確認することを最優先したいところだが、周辺国にとっては、あまり大きな意味を持たないだろう。条約締結の条件として、エスト王国に関わったオッドアイ魔術師のふたりが、自国の者ではないからだ。
それすらも分かったうえで、若いふたりの一年を犠牲にした。多少の嫌味も言いたくなる。
「しかし壮観だな。ここまで各国のトップとオッドアイが揃うと…」
「この方たちに、事情は?」
「大まかに話してある。この国を攻撃する理由としてな」
セントレ王国のオッドアイ魔術師ふたりが、講師としてではなく奴隷として扱われていることを、魔術師本人から報告を受けた。そのためチャールズは、条約期間中ではあるが、準備が整い次第攻め入ると同盟国に通達したのだ。
セントレ王国に反発することは、同盟国全てに反発することと同義である。準備を引き延ばしているような国もあったが、実際はこうして条約期間が終わる前に武力行使ができた。しかも、王宮の制圧でのみで済み、無用な戦闘は行われなかった。オッドアイ魔術師たちの先陣が乗り込んだときにはすでに、エスト王国国王は事切れていたらしい。
エスト王国民は、同盟国で編成された連合軍隊が道を通ると恐れて建物に隠れた。エスト王国の軍隊は統率が取れておらず、指示系統が破綻しているのはすぐに見て取れ、王宮まで辿り着くまで、大きな邪魔は入らなかった。
何よりオッドアイ魔術師が三人も存在するセントレ王国には、周辺国では勝てない。セントレ王国に圧倒的強さのオッドアイ魔術師がいると誇示できるだけで、今回の進軍と国際会議の意味がある。国際会議で例え調印がなされなくとも、すでに今後数十年の平和が約束されたようなものだ。
「ジョン、お前の弟子、強すぎない?」
「番がオッドアイなんだ、あり得ない話じゃない」
「うらやましい限りだぜ、マジで」
呑気に話すオッドアイ魔術師たちを後目に、ジョンはミアに会ったあの部屋に急いだ。
暴走を起こしていたルークが中和されれば、きっとふたりでしばらくの時を過ごしたくはなるだろうと、その甘えを受け入れ、通信魔術が飛んでくるのを待っていた。ジョンをはじめ、複数のオッドアイがエスト王国に入っている。ルークとミアが少々休憩をとっても、手は打てる。
エスト王国の王はもう始末済み、その王子も魔力制限がかかっている。王妃がこの一年、姿をくらましていることも掴んではいるが、チャールズの目的は王とその権力を継ぐ王子だけだ。もう達成しているが、それでも、弟子のルークの姿を見るまでは、安心できるわけがなかった。
☆
扉が急に開く。近付いてきているのは気配で分かっていたが、反射的にミアの手を離した。ジョンを先頭に、魔術師たちがベッドに腰掛けるルークの下へやってくる。
「ルーク…」
ジョンが目の前に立ったところで、ようやくルークも立った。その瞬間、抱き締められた。慣れていないルークは棒立ちで、ジョンが離れるのを待つことしかできなかった。
「…よかった、魔力に変化はないようだな」
「ええ、ほぼ以前の僕のままですよ、多少暴走しやすくなった以外は」
「自覚があるのか」
「なんとなく。ミアがいれば大丈夫です」
チャールズにする前の軽い報告に近い。ジョンの後ろのいる魔術師たちが、「会ってすぐの会話がそれでいいのか」と口にしているが、ジョンが無視しているため、ルークも無視することにした。
おそらく、他国のオッドアイ魔術師数名が、ジョンと共に入ってきたのだろう。各国の王の護衛にも回っているはずだ。魔力の気配が一気に増えている。
何が起きてこうなったのか、正確なことは分からないが、おそらくチャールズの指示でオッドアイ魔術師が乗り込んだのだろう。それで、王宮や居室にかかっていた結界が消えた。魔術協定と不可侵を含めた条約の期間が、終わったのだ。
目の前で手枷をされている魔術師が、ルークを暴走させた張本人だろう。目が合うと、睨まれた。当然だ、この魔術師にしてみれば、国を乗っ取られたと同義だ。ただ、その目には涙が溜まっているようにも見え、ルークは目を細めた。
(大の大人が、恨みを募らせて人前で泣く…? いや、意外とまだ幼いのか?)
「失礼します!」
元気のいい声が扉から聞こえ、全員がそちらを向いた。ルークも魔術師から目を逸らす。セントレ王国の証を胸につけている青年は、チャールズの伝令官のひとりだ。
「ミッチェル教授はじめ、各国オッドアイ魔術師の皆さまに、セントレ王国チャールズ国王様より伝令、『各国首脳、王宮広間に集合済み。至急戻られよ』とのことです」
「ルーク、行けるか?」
「はい、ミアを連れて転移します」
「では、広間で」
伝令官と一緒に、ジョンとオッドアイ魔術師たち、それから手枷をされたままの魔術師が部屋から出て行った。妙なリアクションを見たとは思ったが、ゆっくり考えている暇はなく、チャールズのところへ行かなければならない。
ミアの頬を撫で、指が通った場所に口づける。ここでは、たくさんの無理をさせた。やっと、解放の時だ。安堵するほど目から涙がこぼれそうになるが、今はまだ任務中で、チャールズに報告してやっと、任務完了になる。ぐっと奥歯を噛みしめ、堪える。
自分に回復魔術を再度掛け、ミアをマントで包んで抱え上げ、何度か入った広間を想像した。
☆
「チャールズ」
「ジョンか、よく戻った。ルークとミアは?」
「すぐ転移してくるはず、無事だ」
チャールズにとっても、ルークとミアの無事をこの目で確認することを最優先したいところだが、周辺国にとっては、あまり大きな意味を持たないだろう。条約締結の条件として、エスト王国に関わったオッドアイ魔術師のふたりが、自国の者ではないからだ。
それすらも分かったうえで、若いふたりの一年を犠牲にした。多少の嫌味も言いたくなる。
「しかし壮観だな。ここまで各国のトップとオッドアイが揃うと…」
「この方たちに、事情は?」
「大まかに話してある。この国を攻撃する理由としてな」
セントレ王国のオッドアイ魔術師ふたりが、講師としてではなく奴隷として扱われていることを、魔術師本人から報告を受けた。そのためチャールズは、条約期間中ではあるが、準備が整い次第攻め入ると同盟国に通達したのだ。
セントレ王国に反発することは、同盟国全てに反発することと同義である。準備を引き延ばしているような国もあったが、実際はこうして条約期間が終わる前に武力行使ができた。しかも、王宮の制圧でのみで済み、無用な戦闘は行われなかった。オッドアイ魔術師たちの先陣が乗り込んだときにはすでに、エスト王国国王は事切れていたらしい。
エスト王国民は、同盟国で編成された連合軍隊が道を通ると恐れて建物に隠れた。エスト王国の軍隊は統率が取れておらず、指示系統が破綻しているのはすぐに見て取れ、王宮まで辿り着くまで、大きな邪魔は入らなかった。
何よりオッドアイ魔術師が三人も存在するセントレ王国には、周辺国では勝てない。セントレ王国に圧倒的強さのオッドアイ魔術師がいると誇示できるだけで、今回の進軍と国際会議の意味がある。国際会議で例え調印がなされなくとも、すでに今後数十年の平和が約束されたようなものだ。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
戦神、この地に眠る
宵の月
恋愛
家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。
歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。
エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。
当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。
辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。
1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる