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5.番の魔術講師
16.ミアの衝撃
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もう何日も、ルークの姿を見ていない。居室から出るときには目隠しをされ、監獄にいる間も外されない。暴走を繰り返しているルークはずっと監獄にいて、居室に戻されることはなく、きっと横になることもできていない。
あの部屋で暴走した魔術師たちを受け入れている間、薄く漂ったルークの魔力に触れることは何度かあった。ミアが、ルークの魔力を感じ間違えるはずはない。望まない交わりの最中で冷ややかであるものの、ルークの魔力に違いはなかった。
交わりが激しくなるにつれ、ルークは魔力に飲まれ、冷ややかな魔力が狂暴で攻撃的なものへと変わる。がちゃがちゃと鎖を鳴らして暴れる音と呻き声が響く。番以外に貫かれることに慣れてしまったミアは、その音声をより拾うようになった。
(耳が、聞こえなくなればいいのに…。それに、感触も要らない。ルークのだけ、ルークのあたたかさだけが欲しい……)
ひとり居室に送られ、ベッドに寝転び目を閉じると、暗闇とともにルークの叫び声が蘇り、涙が零れる。
(……私の、大好きな王子様)
約束したことを必死に思い出して、暗示をかけるように繰り返し頭に刻む。優しくてあたたかい手つきを思い出そうとする。
メンタルをやられないようにと言われてきたけど、隣にルークはいないし指輪もなく、縋れるものが何もない。ルークに出会うまではずっと独りだったのに、ルークを知ってしまった今はもう、独りでは何にも立ち向かえない。
ただひたすら泣き続けて、食事も摂らず身体も拭かずに眠ってしまう。どちらもミアには与えられていても、きっと監獄に繋がれたままのルークには与えられていない。ルークを思うほど、ミアも衰弱していった。
浅い眠りのなかで、ルークが夢に出てきた。何度か見るたびに、夢でしか逢えなくなったのかと、余計に悲しくなる。
初夜の日、異常とも思えるほどに緊張していたルークは、何かを決意して、でも葛藤していて、最初から最後まで優しくてあたたかかった。あのとき感じたのは痛みではなく圧迫感で、番以外と交わるようになった今ではもう、懐かしさすら感じる。
(ルーク……)
監獄に連れていかれる日はまちまちで、ルークの体調も悪化しているのだろう、魔力には触れられない日もある。あともう少し、残りの日はそんなに多くはないはずだ。そう思い当たるのに、気分はずっと沈んだままだった。
☆
居室の窓から、複数の魔術師が掛けた結界が見えたけど、消えた。外はなんだか騒がしい。目が覚めてすぐのミアの頭はまだぼんやりしていて、状況を上手く整理できなかった。
とりあえず、身体を起こして伸びをしていると、扉がいきなり開いた。従者でも、ここまで乱暴に開けることはなかった。扉の方をゆっくりと見て、ピントが合うとそこには、よく知っている顔が立っていた。
「ミア!」
「……っ?」
「ミア、無事か?」
近寄ってきたジョンに、腕を掴まれ引き寄せられ、そのまま力を込められる。抱き締められるなんて、ルーク以外からはされたことがなく、戸惑って声が出なかったし、抱き締め返すことも難しかった。
「…ルークは、いないのか」
「さっきのままなら、地下にいる」
「連れていけ」
声に、聞き覚えがある。監獄では視界を奪われ、魔力もずっと制限されている。そのぶん、残された感覚は研ぎ澄まされ、聞き間違うわけがなかった。
手枷をされているから、この人はもう何もできないし、ジョンの周りにいる人たちの魔力が強いのも、気配で分かる。窓から見えていた結界を張っていたのも、この人たちなのだろう。
上手く歩き出せないミアを、ジョンが抱えてくれた。ルーク以外に抱えられるのも違和感があって、だんだんと頭が冴えてくる。
「お前、名前は?」
「オルディスだ、オルディス・トレンチ」
「エスト王国王子、第一王位継承者だな?」
「ふっ、この状況でもそう呼ぶんだな」
「念のためだ。このあとの国際会議で、最終判断がされる」
「ありがたく受け取ることに決めてるから、心配しなくていい」
ミアは興味がなかったけど、ジョンと一緒にいた魔術師が名前を聞いた。この人、エスト王国の王子らしい。人工オッドアイの成功者で、ルークを暴走させた張本人だ。
居室から監獄までは、ずっと目隠しをされていたから道も知らないし、自分が磔になっているのも見たことがない。もちろん、ルークがどんな姿なのかも知らなかった。ガラス張りの先に見えたのは、黒い布を目元に巻かれ天井から吊り下げられた、ルークだった。
「…っ、ルーク!」
その姿を見てしまったミアは、魔力を抑えられなかった。ジョンの腕からもがくように抜け出し、触れることなく扉を開けた。結婚してからも、騎士としての訓練を欠かさなかったはずのルークの身体は、遠くから見てもすっかり痩せて骨が浮いている。監獄には、ルークの魔力とオルディスの変な魔力、両方が漂っているが、ミアは気にせずルークに近寄った。
「これは…?」
「妙な魔力だな」
「暴走を起こしているのか?」
「ミア、そのまま近づくのは危険だ、飲まれるぞ!」
「番の片割れなんだろう?」
「何かできるとすれば、あの子だけじゃないか、ジョン」
ジョンや他の魔術師の声も聞こえるが、ミアは無視した。ルークを、どうにか助けたい。
「ルーク……」
ミアが触れようと手を伸ばすと、ビリッと静電気のようなものが走って、思わず手を引いた。ルークのかけた、守護魔術だ。今のルークは、ミアにとっての敵対魔力になってしまっている。
「ねえルーク、目を覚まして」
触れようとしても触れられない。目隠しを魔術で裂いて落としても、ルークの目は開かない。その事実に衝撃を受けているのは間違いないのに、思考が止まらない。ルークやエリザベスとの会話が、ミアにひとりで考える癖をつけてくれた。
ルークの魔力量なら余裕で暴走を抑えられるはずなのに、この変な魔力に対しては、ここに来る前からそれができなかった。ルークはもう、何度も暴走状態を繰り返している。
(抵抗できる魔力量を、残さなかったの? それとも、想定外に体内に入れられる魔力が多かったの? 暴走に耐えるための、ルークがルークで居られる魔力が、もう少ないの?)
あんな敵意むき出しの結界の張られた居室の中で、十分な休息なんて得られない。監獄で横になれないなら、魔力だけでなく体力も削られる。魔力総量は変わらないけど、その最大値まで回復していないことを、ミアも感じていた。
(ルークは、どれくらい回復できていたの? それとも、魔力量は関係ないの?)
「お願い、ルーク、置いて行かないで」
「うっ、ミア!」
「ジョン、一旦退避だ。オレたちでも耐えられる保証はないぞ!」
ミアの放出する魔力が膨大すぎて、ジョンを含めたオッドアイ魔術師たちが距離を取った。ミアにとっては好都合で、扉が閉まった瞬間に結界を張った。
あの部屋で暴走した魔術師たちを受け入れている間、薄く漂ったルークの魔力に触れることは何度かあった。ミアが、ルークの魔力を感じ間違えるはずはない。望まない交わりの最中で冷ややかであるものの、ルークの魔力に違いはなかった。
交わりが激しくなるにつれ、ルークは魔力に飲まれ、冷ややかな魔力が狂暴で攻撃的なものへと変わる。がちゃがちゃと鎖を鳴らして暴れる音と呻き声が響く。番以外に貫かれることに慣れてしまったミアは、その音声をより拾うようになった。
(耳が、聞こえなくなればいいのに…。それに、感触も要らない。ルークのだけ、ルークのあたたかさだけが欲しい……)
ひとり居室に送られ、ベッドに寝転び目を閉じると、暗闇とともにルークの叫び声が蘇り、涙が零れる。
(……私の、大好きな王子様)
約束したことを必死に思い出して、暗示をかけるように繰り返し頭に刻む。優しくてあたたかい手つきを思い出そうとする。
メンタルをやられないようにと言われてきたけど、隣にルークはいないし指輪もなく、縋れるものが何もない。ルークに出会うまではずっと独りだったのに、ルークを知ってしまった今はもう、独りでは何にも立ち向かえない。
ただひたすら泣き続けて、食事も摂らず身体も拭かずに眠ってしまう。どちらもミアには与えられていても、きっと監獄に繋がれたままのルークには与えられていない。ルークを思うほど、ミアも衰弱していった。
浅い眠りのなかで、ルークが夢に出てきた。何度か見るたびに、夢でしか逢えなくなったのかと、余計に悲しくなる。
初夜の日、異常とも思えるほどに緊張していたルークは、何かを決意して、でも葛藤していて、最初から最後まで優しくてあたたかかった。あのとき感じたのは痛みではなく圧迫感で、番以外と交わるようになった今ではもう、懐かしさすら感じる。
(ルーク……)
監獄に連れていかれる日はまちまちで、ルークの体調も悪化しているのだろう、魔力には触れられない日もある。あともう少し、残りの日はそんなに多くはないはずだ。そう思い当たるのに、気分はずっと沈んだままだった。
☆
居室の窓から、複数の魔術師が掛けた結界が見えたけど、消えた。外はなんだか騒がしい。目が覚めてすぐのミアの頭はまだぼんやりしていて、状況を上手く整理できなかった。
とりあえず、身体を起こして伸びをしていると、扉がいきなり開いた。従者でも、ここまで乱暴に開けることはなかった。扉の方をゆっくりと見て、ピントが合うとそこには、よく知っている顔が立っていた。
「ミア!」
「……っ?」
「ミア、無事か?」
近寄ってきたジョンに、腕を掴まれ引き寄せられ、そのまま力を込められる。抱き締められるなんて、ルーク以外からはされたことがなく、戸惑って声が出なかったし、抱き締め返すことも難しかった。
「…ルークは、いないのか」
「さっきのままなら、地下にいる」
「連れていけ」
声に、聞き覚えがある。監獄では視界を奪われ、魔力もずっと制限されている。そのぶん、残された感覚は研ぎ澄まされ、聞き間違うわけがなかった。
手枷をされているから、この人はもう何もできないし、ジョンの周りにいる人たちの魔力が強いのも、気配で分かる。窓から見えていた結界を張っていたのも、この人たちなのだろう。
上手く歩き出せないミアを、ジョンが抱えてくれた。ルーク以外に抱えられるのも違和感があって、だんだんと頭が冴えてくる。
「お前、名前は?」
「オルディスだ、オルディス・トレンチ」
「エスト王国王子、第一王位継承者だな?」
「ふっ、この状況でもそう呼ぶんだな」
「念のためだ。このあとの国際会議で、最終判断がされる」
「ありがたく受け取ることに決めてるから、心配しなくていい」
ミアは興味がなかったけど、ジョンと一緒にいた魔術師が名前を聞いた。この人、エスト王国の王子らしい。人工オッドアイの成功者で、ルークを暴走させた張本人だ。
居室から監獄までは、ずっと目隠しをされていたから道も知らないし、自分が磔になっているのも見たことがない。もちろん、ルークがどんな姿なのかも知らなかった。ガラス張りの先に見えたのは、黒い布を目元に巻かれ天井から吊り下げられた、ルークだった。
「…っ、ルーク!」
その姿を見てしまったミアは、魔力を抑えられなかった。ジョンの腕からもがくように抜け出し、触れることなく扉を開けた。結婚してからも、騎士としての訓練を欠かさなかったはずのルークの身体は、遠くから見てもすっかり痩せて骨が浮いている。監獄には、ルークの魔力とオルディスの変な魔力、両方が漂っているが、ミアは気にせずルークに近寄った。
「これは…?」
「妙な魔力だな」
「暴走を起こしているのか?」
「ミア、そのまま近づくのは危険だ、飲まれるぞ!」
「番の片割れなんだろう?」
「何かできるとすれば、あの子だけじゃないか、ジョン」
ジョンや他の魔術師の声も聞こえるが、ミアは無視した。ルークを、どうにか助けたい。
「ルーク……」
ミアが触れようと手を伸ばすと、ビリッと静電気のようなものが走って、思わず手を引いた。ルークのかけた、守護魔術だ。今のルークは、ミアにとっての敵対魔力になってしまっている。
「ねえルーク、目を覚まして」
触れようとしても触れられない。目隠しを魔術で裂いて落としても、ルークの目は開かない。その事実に衝撃を受けているのは間違いないのに、思考が止まらない。ルークやエリザベスとの会話が、ミアにひとりで考える癖をつけてくれた。
ルークの魔力量なら余裕で暴走を抑えられるはずなのに、この変な魔力に対しては、ここに来る前からそれができなかった。ルークはもう、何度も暴走状態を繰り返している。
(抵抗できる魔力量を、残さなかったの? それとも、想定外に体内に入れられる魔力が多かったの? 暴走に耐えるための、ルークがルークで居られる魔力が、もう少ないの?)
あんな敵意むき出しの結界の張られた居室の中で、十分な休息なんて得られない。監獄で横になれないなら、魔力だけでなく体力も削られる。魔力総量は変わらないけど、その最大値まで回復していないことを、ミアも感じていた。
(ルークは、どれくらい回復できていたの? それとも、魔力量は関係ないの?)
「お願い、ルーク、置いて行かないで」
「うっ、ミア!」
「ジョン、一旦退避だ。オレたちでも耐えられる保証はないぞ!」
ミアの放出する魔力が膨大すぎて、ジョンを含めたオッドアイ魔術師たちが距離を取った。ミアにとっては好都合で、扉が閉まった瞬間に結界を張った。
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