とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

文字の大きさ
上 下
65 / 103
5.番の魔術講師

16.ミアの衝撃

しおりを挟む
 もう何日も、ルークの姿を見ていない。居室から出るときには目隠しをされ、監獄にいる間も外されない。暴走を繰り返しているルークはずっと監獄にいて、居室に戻されることはなく、きっと横になることもできていない。

 あの部屋で暴走した魔術師たちを受け入れている間、薄く漂ったルークの魔力に触れることは何度かあった。ミアが、ルークの魔力を感じ間違えるはずはない。望まない交わりの最中で冷ややかであるものの、ルークの魔力に違いはなかった。

 交わりが激しくなるにつれ、ルークは魔力に飲まれ、冷ややかな魔力が狂暴で攻撃的なものへと変わる。がちゃがちゃと鎖を鳴らして暴れる音と呻き声が響く。番以外に貫かれることに慣れてしまったミアは、その音声をより拾うようになった。

(耳が、聞こえなくなればいいのに…。それに、感触も要らない。ルークのだけ、ルークのあたたかさだけが欲しい……)

 ひとり居室に送られ、ベッドに寝転び目を閉じると、暗闇とともにルークの叫び声が蘇り、涙が零れる。

(……私の、大好きな王子様)

 約束したことを必死に思い出して、暗示をかけるように繰り返し頭に刻む。優しくてあたたかい手つきを思い出そうとする。

 メンタルをやられないようにと言われてきたけど、隣にルークはいないし指輪もなく、縋れるものが何もない。ルークに出会うまではずっと独りだったのに、ルークを知ってしまった今はもう、独りでは何にも立ち向かえない。

 ただひたすら泣き続けて、食事も摂らず身体も拭かずに眠ってしまう。どちらもミアには与えられていても、きっと監獄に繋がれたままのルークには与えられていない。ルークを思うほど、ミアも衰弱していった。


 浅い眠りのなかで、ルークが夢に出てきた。何度か見るたびに、夢でしか逢えなくなったのかと、余計に悲しくなる。

 初夜の日、異常とも思えるほどに緊張していたルークは、何かを決意して、でも葛藤していて、最初から最後まで優しくてあたたかかった。あのとき感じたのは痛みではなく圧迫感で、番以外と交わるようになった今ではもう、懐かしさすら感じる。

(ルーク……)

 監獄に連れていかれる日はまちまちで、ルークの体調も悪化しているのだろう、魔力には触れられない日もある。あともう少し、残りの日はそんなに多くはないはずだ。そう思い当たるのに、気分はずっと沈んだままだった。


 ☆


 居室の窓から、複数の魔術師が掛けた結界が見えたけど、消えた。外はなんだか騒がしい。目が覚めてすぐのミアの頭はまだぼんやりしていて、状況を上手く整理できなかった。

 とりあえず、身体を起こして伸びをしていると、扉がいきなり開いた。従者でも、ここまで乱暴に開けることはなかった。扉の方をゆっくりと見て、ピントが合うとそこには、よく知っている顔が立っていた。

「ミア!」
「……っ?」
「ミア、無事か?」

 近寄ってきたジョンに、腕を掴まれ引き寄せられ、そのまま力を込められる。抱き締められるなんて、ルーク以外からはされたことがなく、戸惑って声が出なかったし、抱き締め返すことも難しかった。

「…ルークは、いないのか」
「さっきのままなら、地下にいる」
「連れていけ」

 声に、聞き覚えがある。監獄では視界を奪われ、魔力もずっと制限されている。そのぶん、残された感覚は研ぎ澄まされ、聞き間違うわけがなかった。

 手枷をされているから、この人はもう何もできないし、ジョンの周りにいる人たちの魔力が強いのも、気配で分かる。窓から見えていた結界を張っていたのも、この人たちなのだろう。

 上手く歩き出せないミアを、ジョンが抱えてくれた。ルーク以外に抱えられるのも違和感があって、だんだんと頭が冴えてくる。

「お前、名前は?」
「オルディスだ、オルディス・トレンチ」
「エスト王国王子、第一王位継承者だな?」
「ふっ、この状況でもそう呼ぶんだな」
「念のためだ。このあとの国際会議で、最終判断がされる」
「ありがたく受け取ることに決めてるから、心配しなくていい」

 ミアは興味がなかったけど、ジョンと一緒にいた魔術師が名前を聞いた。この人、エスト王国の王子らしい。人工オッドアイの成功者で、ルークを暴走させた張本人だ。

 居室から監獄までは、ずっと目隠しをされていたから道も知らないし、自分が磔になっているのも見たことがない。もちろん、ルークがどんな姿なのかも知らなかった。ガラス張りの先に見えたのは、黒い布を目元に巻かれ天井から吊り下げられた、ルークだった。

「…っ、ルーク!」

 その姿を見てしまったミアは、魔力を抑えられなかった。ジョンの腕からもがくように抜け出し、触れることなく扉を開けた。結婚してからも、騎士としての訓練を欠かさなかったはずのルークの身体は、遠くから見てもすっかり痩せて骨が浮いている。監獄には、ルークの魔力とオルディスの変な魔力、両方が漂っているが、ミアは気にせずルークに近寄った。

「これは…?」
「妙な魔力だな」
「暴走を起こしているのか?」
「ミア、そのまま近づくのは危険だ、飲まれるぞ!」
「番の片割れなんだろう?」
「何かできるとすれば、あの子だけじゃないか、ジョン」

 ジョンや他の魔術師の声も聞こえるが、ミアは無視した。ルークを、どうにか助けたい。

「ルーク……」

 ミアが触れようと手を伸ばすと、ビリッと静電気のようなものが走って、思わず手を引いた。ルークのかけた、守護魔術だ。今のルークは、ミアにとっての敵対魔力になってしまっている。

「ねえルーク、目を覚まして」

 触れようとしても触れられない。目隠しを魔術で裂いて落としても、ルークの目は開かない。その事実に衝撃を受けているのは間違いないのに、思考が止まらない。ルークやエリザベスとの会話が、ミアにひとりで考える癖をつけてくれた。

 ルークの魔力量なら余裕で暴走を抑えられるはずなのに、この変な魔力に対しては、ここに来る前からそれができなかった。ルークはもう、何度も暴走状態を繰り返している。

(抵抗できる魔力量を、残さなかったの? それとも、想定外に体内に入れられる魔力が多かったの? 暴走に耐えるための、ルークがルークで居られる魔力が、もう少ないの?) 

 あんな敵意むき出しの結界の張られた居室の中で、十分な休息なんて得られない。監獄で横になれないなら、魔力だけでなく体力も削られる。魔力総量は変わらないけど、その最大値まで回復していないことを、ミアも感じていた。

(ルークは、どれくらい回復できていたの? それとも、魔力量は関係ないの?)

「お願い、ルーク、置いて行かないで」
「うっ、ミア!」
「ジョン、一旦退避だ。オレたちでも耐えられる保証はないぞ!」

 ミアの放出する魔力が膨大すぎて、ジョンを含めたオッドアイ魔術師たちが距離を取った。ミアにとっては好都合で、扉が閉まった瞬間に結界を張った。
しおりを挟む
お読みくださいましてありがとうございます
    ☆読了送信フォーム
選択式です!気軽な感想お待ちしております!
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

処理中です...