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5.番の魔術講師

14.国王と王子 前

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(…あんなに、人って想い合えるものか?)

 セントレ王国から送られてきた魔術講師が夫婦だと知らなかったわけではないが、ルークがミアに前もって守護魔術を掛けていたことには驚いた。

 天然のオッドアイ魔術師がどれほどの魔力量を誇るのかは未知数だ。ある程度、予想して攻撃を向けたがミアには通じなかったし、あの様子だとミアの体内にはまだまだルークの魔力が残っている。守護魔術の効果をなくそうと思えば、本当に人工オッドアイ十人以上の魔力で上掛けする必要があるだろう。

(最強オッドアイ魔術師か…、勝てない。うらやましい)

 エスト王国は魔術師が統治する、近隣では珍しい国だ。他国では、魔術師は政治のサポートをすることはあっても、中心には来ない。他人の考えを、魔術でどうにでもできてしまうからだ。

 どうしてこの国がそんな事態になったかといえば、オルディスの曽祖父が稀に見る交戦的な魔術師で、反乱を起こし当時の王家を抹殺してしまったらしい。民衆は当然、洗脳魔術と恐怖によって操られ、この政権交代は美談となり、新しいエスト王国のやり方が正しいと思っている。

 王子で簡単には殺されないし、魔力量的にも洗脳魔術が掛からないと分かっていても、一斉に狙われると勝ち目がない。だから、オルディスもある程度は従っておく必要がある。もう少し経てば、国際会議がエスト王国で行われる。他国の人間が入ってくるこの時期が、事を起こす好機だ。


 オルディスは、エスト王国第三王子として生まれた。魔術師同士の親から、当然のように魔術師として生を受けた。年の離れた兄姉がいたことで、年齢に見合わない書物を目にすることも多く、子どもながらに兄姉と議論もした。この土地を簒奪してから父まで続く、洗脳魔術での政治が間違っていると結論づけるまでに、そう長くは掛からなかった。

 そして、兄姉とともに呼び出され聞いた政策が、人工オッドアイ計画だった。理論的にできないことはないだろうが、上手くいくとは思えなかった。もし成功例があるのなら、物理的な医療の進んだ他国がとっくに行なっている。小国で資源も魔術頼り、国の大規模発展を狙うのだろうが、調べ直してみても成功する確信は持てなかった。

 あろうことか、父は自分はやらないくせ、子どもには手術を受けさせた。この国の王子として生まれ、その立場を活かしてどうにか変革してやりたい気持ちは燻っていて、兄姉も逃げなかった。兄姉がいるうちは、父の悪政を最小限に留められると、まだ希望を持っていた。

(全員を操れるほどの、大きな魔力が手に入ればいいのに)

 オルディスは成功するかも分からない手術を、兄姉とともに軽い自棄を起こしながら受け入れた。一緒に国を変革しようとしていた兄姉を魔力暴走で失い、オルディスだけが生き残った。もう、思い残すことはない。

(どうせこうなるなら、あのオッドアイたちに手を出す前に……)


 連絡係に連れられ、見た目には急いで来たのをアピールする。目の前にいるのが、横柄だと有名なエルヴィス・トレンチ国王だ。両目の赤い魔術師で、オルディスの父親である。

「一体どうなっているんだ! なぜ王宮全体に結界が張られている!」

 玉座にまるまると太った身体をなんとか押し込めているだけの、この国で一番偉いやつが喚いている。気に食わないことは全て魔術で解決するため、今回の結界に手が届かない不満が大きいのだ。相手をそれなりにしてやらないと、もっと機嫌が悪くなる。

「国王様、オルディス様を連れて参りました」
「見てのとおりだ、どうしてこうなった!」

 自分で分からない物事は、人に聞けば解決できると思っている。聞いた先の人間が、どれだけ調査して考察して、時間をかけて答えを導いているのかなんて、全く考慮していないのだろう。「どうしてこうなった!」と聞かれても、それをオルディスが知っていたら、こうなる前に対処している。

「…オレの知るところではないですね」
「なに、どうにかしろ!」
「できません」

(はあ……)

 どうして、こんなやつの手駒にならないといけないのだろう。周囲の魔術師や、数は少ないが一応立っている騎士が、そわそわと落ち着かない。王宮に外部から結界を張られているのだから、狼狽えてもおかしくはないが、戦闘員としては冷静でいるべきだ。国王がこんなやつだし、そこへ仕える者の程度も知れる。

 洗脳魔術を掛けていても動揺するなんて、魔術で完全支配しているとは言い切れない。多少、国王に何かしらの弱みを握られているのだろう。何かを引き換えにしなければ、自己犠牲など選べない。

(あのオッドアイたちも、こうなることは見越して覚悟を決めていたんだろうしな…)

「お前、息子の分際で、父の私に歯向かうのか」
「歯向かってはいません。どうにもできないと答えたまで」
「な、なにを…!」
「……国際会議のために集まってきたのでは?」

 念のための、ご機嫌取りを挟んでみる。周囲の魔術師が、オルディスと国王の親子が言い合っているのを見るのは初めてではないはずだが、落ち着かない要因はオルディスの言い方にも問題があるのだろう。

 魔術を掛けられていなかったとしても、臣下は皆、国王に傾倒している。異分子はオルディスのほうで、唯一直系の子孫だから攻撃されないだけだ。

(本当に、どうしてこの国の王子として生まれてきたんだ…)

 権力は、一番上で掌握できなければ意味がない。権力を握っている人物が稚拙で使えないのであれば、誘導してやればいい。でもこの父親相手だと、上手く操れもしない。

 単純な魔力量では勝つ自信があるが、国王は魔術を人に向けることへの抵抗がない。そこが、オルディスとの決定的な違いで、余計にオルディスが一番を求める理由だった。

「会議が今日明日ではないことくらい、知っているだろう。一ヶ月後だぞ、いくら遠い国でも来るには早すぎる。こっちの都合も考えられない国とは絶交だ」

 そう返ってくるだろうとは、予想がついていた。自分に非があるとは全く思わず、相手のせいにする。自分が正しいと思い込み疑わない。これが、このエスト王国の王、エルヴィス・トレンチである。

「急に結界を張られた。攻撃と同義だぞ? この際、魔術で落としてしまってもいいが」
「オレにその理由が分かるわけないでしょう。分かってたら内通者ですよ?」

 おそらく、セントレ王国が中心となり、この結界を張るよう命令したのだろう。ここ数年のエスト王国の外交は、他国からの評判も悪く近隣の治安を悪化させていたのを、オルディスは分かっている。ただでさえよくなかった印象が、まさに地まで落ちたのだろう。

 ただし、目の前にいる国王は話の通じない年寄りで、言葉で聞かせてもその内容を汲んではくれない。オルディスを呼び立てた理由は、結界が急に現れて驚いたから。その意図までは想定していないだろう。
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