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5.番の魔術講師
10.二種類の魔力
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最低限の人間の生活とは、こういうものなのだろう。
食事は運ばれてくるし、身体を清めるためのタオルや湯張りも声を掛けられる。ベッドやテーブルも、質はさておき整っている。魔術講師としてエスト王国にいるルークとミアには、その生活のなかに、呼び出しに応じ無理矢理交わることが追加されている。
三ヶ月ほど経っただろうか。エスト王国の王、つまり今のふたりの忠誠先に呼び出された。用件はきっと、魔力回復についてだ。心が通っていない交わりなど、無意味だと初めから分かり切っているのだが。
玉座に身体を押し込んだエルヴィス国王は、そのレッドの目を細めていた。ルークと隣に立ったミアは、後ろ手で枷をされたなりに礼をする。
「単刀直入に聞く。なぜだ、なぜ回復させない?」
やはり、その件だ。初対面のときとは打って変わって、感情が魔力に乗り、広間を駆け抜けた。洗脳魔術を掛けられている周囲の人間は気絶することなく、その魔力を感じすらしていない。
ルークはどう返そうか迷ったが、魔術師としての一般常識を言うことにした。それ以外に、何も思いつかなかった。
「…魔力の回復には、心が必要です。例えば、私の魔力暴走からの回復は、妻にしかできません」
「この強力さを維持するのに、そんな非効率なことはやってられん。お前たちはただ魔力を使い交わっていればいいのだ。そして、我が国の優秀な魔術師たちを取り戻す。分かったか」
「……」
任務としての同意があっても、心がないと回復はしないと言っているのに、交わらせる。知っていて、それをさせる。それで、回復できると信じている。
手枷がなければ、協定がなければ、両目ともがレッドの魔術師に、オッドアイ魔術師のルークが負けるわけがない。
ミアを巻き込んでいることもあり、感情的に攻撃魔術を出したくなったが、押し留めた。魔力制限の手枷もあるし、チャールズの邪魔をするわけにもいかない。ミアにも、これ以上の苦しみを味わってほしくはなかった。
☆
「心が必要なこと、知ってて、やってない」
ルークはいつもどおり、湿らせたタオルをミアに当てていた。謁見後、すぐに《監獄》へ連れていかれたため、エスト王国の王の言葉をふたりで確認できたのは夕方になってからだった。無理な交わりを強要されるあの場所を《監獄》と呼ぶようになるほど、壊れてきているのも感じていた。
「心を通じ合わせることが、時間のかかることなのは、知ってるだろう?」
「そうね…」
ルークがミアに問いかけると、同意が返ってきた。ミアの魔の紋章を解放するまでにかかった期間は、婚約期間の半年が主だ。ただそれ以前にも、ルークは半年、ミアの居る屋敷に住んでいた。ミアがルークの番であることが分かったあの瞬間からでも、初夜までは十ヶ月ほどかかっている。
「あそこに居る人たちは誰も助からないよ。元々暴走したことがあって、監獄に来るたびに暴走して落ち着いて、繰り返しすぎてる。そのうちその人自身の魔力はなくなって、全部置き換わったら…」
「……」
ミアが、ルークに手を伸ばしてくる。その手を取り、ぎゅっと握り締める。
心のない交わりを続け、ルークとミア、どちらかが相手の魔力に飲まれ魔力暴走を起こすかもしれない。そうなれば、監獄に連れてこられるあの人たちと同じ状態になってしまう。一度暴走し落ち着いたとしても、他人の魔力が体内にあるうちは、いつでも暴走の危険がある。
魔力暴走は、他人の魔力が体内に入ったときに起きる。だから、相手の攻撃魔術を受けたり、相手の魔力が体液と共に体内に入ってきたりすると、そこから魔術師の魔力が流れ込み、普通は上手く中和できず暴走へと繋がる。番との交わりで中和できるかどうかが、救いの鍵だ。
そのため、魔術師同士の戦いでは、いかに物理攻撃を受けず、自分の魔力量と相手の魔力量を理解し、相手の攻撃魔術を受けずに戦うかが肝になる。
騎士との戦いでも、距離さえ取れていれば傷はつけられない。騎士につけられた傷を魔術師に発見されると厄介だ。そこを狙って攻撃魔術を放てば、傷を負った魔術師は他人の魔力を傷口から受け入れてしまい、暴走しやすくなる。そもそもルークは騎士で、物理的に相手を傷つけることもできる。魔術師がルークと戦闘をするのは危険すぎると、エスト王国は分かっているからこそ、後ろ手の枷を忘れない。
ルークは、番であるミアとの交わりで自分の魔力を増強し、他人の魔力を抑えつけ、自分の魔力として取り込んだため、再度他人の攻撃魔術を受けない限り暴走はしない。これはミアにも言えるし、他の魔術師にも言えることだ。番がいて、いざというときに交わることのできる関係を作っておくことが、魔術師の生存率を上げる。結局は、セントレ王国の周辺国とは平和が続いていて、ルークが番を無理に探すことはなかったのだが。
ルークの仮説では、人工オッドアイは、魔力の中和が上手くいっていない。人工的にオッドアイを作るということは、他人の魔力が片目の分だけ混ざるということだ。中和ができれば交わったのと同義とも捉えられ、魔力の総量は上がるのかもしれないが、二種類の魔力を持ったまま魔術を使うなど、ルークでも気を遣う、自爆に近い行為だ。二種類の魔力を持ったまま魔術を使おうとするから、余計に暴走する。
ミアだって、魔の紋章の魔力だけを持っていなければ、書物に残っていた他の紋章持ちと同じように早死にだったはずだ。生まれつき魔力暴走を起こした状態だったと言い換えてもいい。
この仮定が当たっているなら、ルークが攻撃魔術を受けたときに、ひとりでは抑え込めなかったのも納得できる。あの魔術師が人工オッドアイの成功者だとすれば、一種類の魔力ではなく、一度の攻撃魔術で二種類の魔力を受けた可能性がある。だから、自分の魔力含め三種類の魔力が体内に存在したルークは暴走して、ミアと交わって完全に中和しなければならなかった。
全てをミアに話す必要はない。知識は十分に身に着けていたし、手術を受けた魔術師の暴走を身体に感じたミアなら、ルークと同じような仮説を導くだろう。
エスト王国で軟禁状態にある者同士で共有しても、何も事態は動かない。この仮説は、ジョンやチャールズに話さなければ意味がない。エスト王国の結界の中で通信魔術を使えない今、何か伝える手段があればいいのだが。
食事は運ばれてくるし、身体を清めるためのタオルや湯張りも声を掛けられる。ベッドやテーブルも、質はさておき整っている。魔術講師としてエスト王国にいるルークとミアには、その生活のなかに、呼び出しに応じ無理矢理交わることが追加されている。
三ヶ月ほど経っただろうか。エスト王国の王、つまり今のふたりの忠誠先に呼び出された。用件はきっと、魔力回復についてだ。心が通っていない交わりなど、無意味だと初めから分かり切っているのだが。
玉座に身体を押し込んだエルヴィス国王は、そのレッドの目を細めていた。ルークと隣に立ったミアは、後ろ手で枷をされたなりに礼をする。
「単刀直入に聞く。なぜだ、なぜ回復させない?」
やはり、その件だ。初対面のときとは打って変わって、感情が魔力に乗り、広間を駆け抜けた。洗脳魔術を掛けられている周囲の人間は気絶することなく、その魔力を感じすらしていない。
ルークはどう返そうか迷ったが、魔術師としての一般常識を言うことにした。それ以外に、何も思いつかなかった。
「…魔力の回復には、心が必要です。例えば、私の魔力暴走からの回復は、妻にしかできません」
「この強力さを維持するのに、そんな非効率なことはやってられん。お前たちはただ魔力を使い交わっていればいいのだ。そして、我が国の優秀な魔術師たちを取り戻す。分かったか」
「……」
任務としての同意があっても、心がないと回復はしないと言っているのに、交わらせる。知っていて、それをさせる。それで、回復できると信じている。
手枷がなければ、協定がなければ、両目ともがレッドの魔術師に、オッドアイ魔術師のルークが負けるわけがない。
ミアを巻き込んでいることもあり、感情的に攻撃魔術を出したくなったが、押し留めた。魔力制限の手枷もあるし、チャールズの邪魔をするわけにもいかない。ミアにも、これ以上の苦しみを味わってほしくはなかった。
☆
「心が必要なこと、知ってて、やってない」
ルークはいつもどおり、湿らせたタオルをミアに当てていた。謁見後、すぐに《監獄》へ連れていかれたため、エスト王国の王の言葉をふたりで確認できたのは夕方になってからだった。無理な交わりを強要されるあの場所を《監獄》と呼ぶようになるほど、壊れてきているのも感じていた。
「心を通じ合わせることが、時間のかかることなのは、知ってるだろう?」
「そうね…」
ルークがミアに問いかけると、同意が返ってきた。ミアの魔の紋章を解放するまでにかかった期間は、婚約期間の半年が主だ。ただそれ以前にも、ルークは半年、ミアの居る屋敷に住んでいた。ミアがルークの番であることが分かったあの瞬間からでも、初夜までは十ヶ月ほどかかっている。
「あそこに居る人たちは誰も助からないよ。元々暴走したことがあって、監獄に来るたびに暴走して落ち着いて、繰り返しすぎてる。そのうちその人自身の魔力はなくなって、全部置き換わったら…」
「……」
ミアが、ルークに手を伸ばしてくる。その手を取り、ぎゅっと握り締める。
心のない交わりを続け、ルークとミア、どちらかが相手の魔力に飲まれ魔力暴走を起こすかもしれない。そうなれば、監獄に連れてこられるあの人たちと同じ状態になってしまう。一度暴走し落ち着いたとしても、他人の魔力が体内にあるうちは、いつでも暴走の危険がある。
魔力暴走は、他人の魔力が体内に入ったときに起きる。だから、相手の攻撃魔術を受けたり、相手の魔力が体液と共に体内に入ってきたりすると、そこから魔術師の魔力が流れ込み、普通は上手く中和できず暴走へと繋がる。番との交わりで中和できるかどうかが、救いの鍵だ。
そのため、魔術師同士の戦いでは、いかに物理攻撃を受けず、自分の魔力量と相手の魔力量を理解し、相手の攻撃魔術を受けずに戦うかが肝になる。
騎士との戦いでも、距離さえ取れていれば傷はつけられない。騎士につけられた傷を魔術師に発見されると厄介だ。そこを狙って攻撃魔術を放てば、傷を負った魔術師は他人の魔力を傷口から受け入れてしまい、暴走しやすくなる。そもそもルークは騎士で、物理的に相手を傷つけることもできる。魔術師がルークと戦闘をするのは危険すぎると、エスト王国は分かっているからこそ、後ろ手の枷を忘れない。
ルークは、番であるミアとの交わりで自分の魔力を増強し、他人の魔力を抑えつけ、自分の魔力として取り込んだため、再度他人の攻撃魔術を受けない限り暴走はしない。これはミアにも言えるし、他の魔術師にも言えることだ。番がいて、いざというときに交わることのできる関係を作っておくことが、魔術師の生存率を上げる。結局は、セントレ王国の周辺国とは平和が続いていて、ルークが番を無理に探すことはなかったのだが。
ルークの仮説では、人工オッドアイは、魔力の中和が上手くいっていない。人工的にオッドアイを作るということは、他人の魔力が片目の分だけ混ざるということだ。中和ができれば交わったのと同義とも捉えられ、魔力の総量は上がるのかもしれないが、二種類の魔力を持ったまま魔術を使うなど、ルークでも気を遣う、自爆に近い行為だ。二種類の魔力を持ったまま魔術を使おうとするから、余計に暴走する。
ミアだって、魔の紋章の魔力だけを持っていなければ、書物に残っていた他の紋章持ちと同じように早死にだったはずだ。生まれつき魔力暴走を起こした状態だったと言い換えてもいい。
この仮定が当たっているなら、ルークが攻撃魔術を受けたときに、ひとりでは抑え込めなかったのも納得できる。あの魔術師が人工オッドアイの成功者だとすれば、一種類の魔力ではなく、一度の攻撃魔術で二種類の魔力を受けた可能性がある。だから、自分の魔力含め三種類の魔力が体内に存在したルークは暴走して、ミアと交わって完全に中和しなければならなかった。
全てをミアに話す必要はない。知識は十分に身に着けていたし、手術を受けた魔術師の暴走を身体に感じたミアなら、ルークと同じような仮説を導くだろう。
エスト王国で軟禁状態にある者同士で共有しても、何も事態は動かない。この仮説は、ジョンやチャールズに話さなければ意味がない。エスト王国の結界の中で通信魔術を使えない今、何か伝える手段があればいいのだが。
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