とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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5.番の魔術講師

7.エスト王国初日

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 セントレ王国の王チャールズとエスト王国の王による調印がなされ、要求どおりルークとミアはエスト王国の王宮へ出発した。とにかく傲慢で我儘な王族だと聞いている。表向きは魔術講師として、条約締結の人質となりに行くのだ。

 調印の前後に、チャールズとエリザベスには会えなかった。調印の際の護衛は、別の騎士や魔術師がついた。王家直属であるルークが、外されたのだ。

(理由なんて、予知しかないだろうけど…、不安を煽ることしかないんだな…。挨拶くらいさせてくれても…、いや、考えても仕方ない)

 装飾品が許されなかったため、ミアを含め眼帯や魔術師の正装である仮面を外している。マントは羽織っているが、フードは被っていない。オッドアイを晒し、ミアが毎日身に着けていた、動揺したときなどに魔力放出を抑える指輪も今はない。チャールズにその結婚指輪を預かってほしかったが、仕事以外での謁見も叶わず、ジョンに託した。

 チャールズがなぜこの手段を取ったのか、取るしかなかったのか、ルークに全て分かるわけではないが、進めたい外交があると思いたい。チャールズの邪魔になるような、指示にないことはしないほうがいい。


 エスト王国に入るにあたり、移動は魔術を全く使わず馬車で入った。多少の魔力を張って、周囲を警戒しながらの道のりだった。

 この国に、ルークの強力な魔力が漂っていることを感じられる魔術師が、一体何人いるのだろう。結界が張られているのは王宮の中心部のみで、漂っている魔力の数がセントレ王国よりはるかに少ない。

(ここは魔術師の国だろう…? どうしてこんなに数がいない?)

 ウェルスリーと魔術師の一団をルークは倒した。それ以前も以降も、セントレ王国の警備隊は、何度か東方の魔術師を感知していた。考えられるとすれば、他国にも攻撃を仕掛けて返り討ちにされたことくらいか。

 王宮に着くなり、エスト王国の王への謁見の前に後ろ手で枷を嵌められた。強い魔力制限の掛かった枷で、魔力を気配として漂わせることはできるが、魔術を使うほどの魔力は出せなくなった。何も、ここで攻撃をするつもりはないが、オッドアイであるルークの魔力をここまで制限できるとは、強力な魔術師が全くいないわけではないようだ。

(候補は、攻撃魔術を当ててきた、あの魔術師くらいか?)

 エスト王国エルヴィス王に、形式上頭を下げる。枷があるため不十分ではあるが、精一杯の敬意を示す。チャールズと比べるとずいぶんと太っていて、玉座に身体を押し込んでいるように見える。かろうじて、魔術でサイズを合わせているわけではなさそうだ。

「このたび、貴国との間に結ばれた魔術協定により、講師として参りました、ルーク・ウィンダムと妻のミアでございます」
「顔を上げよ」

 不敬と取られないよう、しっかりと目を見据えた。両目ともがレッドで、魔術師なのは間違いない。

「本日より一年、我が良きしもべとなるよう、努力を願おう」

 その言葉に、本心から従うことはできない。番以外と交わることに、努力できるわけがない。できる限り、この一年を穏やかに過ごすための言葉を探す。

「…この一年、僕たちの管理をされるのはエルヴィス国王様ですから、その御心を満たせるよう、この役目、務めさせていただきます」
「よく言った。すぐに案内させる」
「ありがとうございます」

 務めるとは言ったものの、成果を確約したわけではない。それでも国王は満足気に指示を出している。間違った返事ではなかったのだろう。

 チャールズの先祖がやがて分かれ興した王国を、魔術で乗っ取った一族の末裔が、この国王だ。許可を受け立ち上がり、ちらり国王の周囲にいる側近や衛兵を見ると、その目には洗脳魔術が掛かっている。本人の意思が全く浮かんでおらず、感情が見えない。だから、結界など必要ないし、漂う魔力の数も少ない。皆が、国王による洗脳を受けていて、魔力を出すことがない。反抗など、絶対に起こらないのだ。


 手枷を嵌めたまま廊下を案内され、歩いた。ガラス張りの内部に、ベッドが規則正しく大量に並べられた、異様な部屋の横を通った。思わず凝視してしまったことに気付いた従者が、勝手に口を開いてくれた。

「ここでは、瞳の交換を行っています。オッドアイは、魔力が多くて強いんですよね? だから、もともと魔術師として生まれた者で、志願する者には、別の魔術師と瞳を入れ替える手術を施しています。そうすれば、両目が赤目でも、片目は他人の目です。同じ赤目でも、両目が全く同じ赤目にならないので、人工的にオッドアイを作れるのです」

(っ……)

 その言葉に、一瞬ミアの魔力が溢れた。ルークの指輪をしていないこともあって、驚きや怒りなどが入り交じり、感情が揺れて魔力が漏れてしまったのだ。こればかりは仕方ない。ルークですら、目を細めてしまい、外へ感情を出すことを止められなかった。

 案内しているこの男性は、魔術師だ。レッドの目は確認できないものの、ミアが放出した魔力に気付き、鋭い目を突き付けてくる。ミアを隠すように、一歩前へ出る。

「申し訳ありません。少し驚いたもので」
「生まれつきのオッドアイの魔力はさすがですね」

 さらに先へと進みながら、特に聞いてもいないのに説明を続けてくれる。

「ここで作られたオッドアイの魔術師は、自分の魔力量が分からないようで、暴走しやすいんです。それで我が国は魔術師をたくさん失ってしまったんですよ。上手く使いこなしている者もいるんですが」

 ミアは、ひとつひとつの言葉選びに苛立ってしまい、隠そうと頑張っているように見えた。人のことを《作られた》とか、《魔術師を失ってしまった》のも、全てあのエルヴィス国王の政策のせいだろう。チャールズなら、絶対にしないことだ。

 人工オッドアイを上手く使いこなしているのが、ルークを魔力暴走させた攻撃魔術の使い手だろう。そうでなければ、ルークが暴走する理由がない。

 魔力量を把握していないというよりは、他人の目を移植されたことによる生理反応のような気もした。他人の目のぶん、他人の魔力を受け入れなければならない。体内に入り込んた他人の魔力を中和して支配することが、できていないのだろう。


 通路の先で、従者が足を止める。扉を開けて、入るように促される。

「ご夫婦と聞きましたので、ひとつの部屋のご用意です」

 ルークは魔力を張って、部屋全体を見まわした。ここには、強い魔力で結界が張られている。いざとなれば破ることもできるが、セントレ王国の使者として来ている身だ。何か行動を起こせば、国に影響が出る可能性を考えておかなければならない。

「ただここで生活するために来たわけではないことも、ご存じですね?」

 番以外との交わりを指すのだろう。この部屋に来るまでに見たベッドはおそらく、魔力暴走を起こした人を縛り付けるものだ。小康状態を待って解放するのだろうが、暴走は繰り返すため、きっと何人もの手術を受けた魔術師があの部屋を出入りしている。

「明日以降、また私が迎えに来ます。一日三食、食事も持って来ますし、身体を清める準備もあります。何か用があれば、そちらのベルでお呼びください。本日はこれで」

 会釈をし、従者が扉を閉めた瞬間、手枷が落ちたと同時に結界が強まり、部屋から出られなくなった。用があれば外から入って来られる。ルークがミアを見ると、ミアもルークを見ていた。ルークはゆっくりと息を吐いた。

 あまり柔らかくないベッドに隣同士、腰掛けた。ミアが感情を抑えられず魔力を放出してしまったことを、注意するつもりは全くないが、ミアはそれを心配しているようだった。当然の反応だったと安心させたくて、膝の上に置かれた両手を握った。

「…ルーク」
「ん?」
「暴走って、どんな感じなの」
「あんまり覚えてないんだけど…」

 日常では感じられない感覚で、いざ話すとなると何と表現するべきか、迷った。

「ミアと、交わるのを我慢できなくなった。たぶん早く追い出したかったから…。あとは熱くなった」
「熱くなる、ね…」
「何が、とは言えないけど…。本能的に、ミアを抱いて回復すればいいのが分かったのかも」

 黙りこんでしまう静かな時間も、いつもの屋敷なら心地いい空間だったが、ここでは少し気まずい。

「…前にも話したけど、メンタルをやられてしまうから、相手をするときは割り切って、ね。僕もミア以外と交わるのは不本意だから」
「うん」

 酷なことを言っている自覚はあるが、ミアに堪えている様子も見て取れない。ルークと同じように、覚悟を決めてくれているといいのだが。

(せっかく紋章もなくなって、ふたりで暮らせていたのに…。いや、ひとりで任務に就いて、ミアと最後を過ごせないほうが辛い……)

 結界がある以上、妙な真似はできない。それぞれ周囲を警戒している間にひとりずつ風呂を終え、ひとつしかない狭いベッドに潜った。
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