上 下
56 / 103
5.番の魔術講師

7.エスト王国初日

しおりを挟む
 セントレ王国の王チャールズとエスト王国の王による調印がなされ、要求どおりルークとミアはエスト王国の王宮へ出発した。とにかく傲慢で我儘な王族だと聞いている。表向きは魔術講師として、条約締結の人質となりに行くのだ。

 調印の前後に、チャールズとエリザベスには会えなかった。調印の際の護衛は、別の騎士や魔術師がついた。王家直属であるルークが、外されたのだ。

(理由なんて、予知しかないだろうけど…、不安を煽ることしかないんだな…。挨拶くらいさせてくれても…、いや、考えても仕方ない)

 装飾品が許されなかったため、ミアを含め眼帯や魔術師の正装である仮面を外している。マントは羽織っているが、フードは被っていない。オッドアイを晒し、ミアが毎日身に着けていた、動揺したときなどに魔力放出を抑える指輪も今はない。チャールズにその結婚指輪を預かってほしかったが、仕事以外での謁見も叶わず、ジョンに託した。

 チャールズがなぜこの手段を取ったのか、取るしかなかったのか、ルークに全て分かるわけではないが、進めたい外交があると思いたい。チャールズの邪魔になるような、指示にないことはしないほうがいい。


 エスト王国に入るにあたり、移動は魔術を全く使わず馬車で入った。多少の魔力を張って、周囲を警戒しながらの道のりだった。

 この国に、ルークの強力な魔力が漂っていることを感じられる魔術師が、一体何人いるのだろう。結界が張られているのは王宮の中心部のみで、漂っている魔力の数がセントレ王国よりはるかに少ない。

(ここは魔術師の国だろう…? どうしてこんなに数がいない?)

 ウェルスリーと魔術師の一団をルークは倒した。それ以前も以降も、セントレ王国の警備隊は、何度か東方の魔術師を感知していた。考えられるとすれば、他国にも攻撃を仕掛けて返り討ちにされたことくらいか。

 王宮に着くなり、エスト王国の王への謁見の前に後ろ手で枷を嵌められた。強い魔力制限の掛かった枷で、魔力を気配として漂わせることはできるが、魔術を使うほどの魔力は出せなくなった。何も、ここで攻撃をするつもりはないが、オッドアイであるルークの魔力をここまで制限できるとは、強力な魔術師が全くいないわけではないようだ。

(候補は、攻撃魔術を当ててきた、あの魔術師くらいか?)

 エスト王国エルヴィス王に、形式上頭を下げる。枷があるため不十分ではあるが、精一杯の敬意を示す。チャールズと比べるとずいぶんと太っていて、玉座に身体を押し込んでいるように見える。かろうじて、魔術でサイズを合わせているわけではなさそうだ。

「このたび、貴国との間に結ばれた魔術協定により、講師として参りました、ルーク・ウィンダムと妻のミアでございます」
「顔を上げよ」

 不敬と取られないよう、しっかりと目を見据えた。両目ともがレッドで、魔術師なのは間違いない。

「本日より一年、我が良きしもべとなるよう、努力を願おう」

 その言葉に、本心から従うことはできない。番以外と交わることに、努力できるわけがない。できる限り、この一年を穏やかに過ごすための言葉を探す。

「…この一年、僕たちの管理をされるのはエルヴィス国王様ですから、その御心を満たせるよう、この役目、務めさせていただきます」
「よく言った。すぐに案内させる」
「ありがとうございます」

 務めるとは言ったものの、成果を確約したわけではない。それでも国王は満足気に指示を出している。間違った返事ではなかったのだろう。

 チャールズの先祖がやがて分かれ興した王国を、魔術で乗っ取った一族の末裔が、この国王だ。許可を受け立ち上がり、ちらり国王の周囲にいる側近や衛兵を見ると、その目には洗脳魔術が掛かっている。本人の意思が全く浮かんでおらず、感情が見えない。だから、結界など必要ないし、漂う魔力の数も少ない。皆が、国王による洗脳を受けていて、魔力を出すことがない。反抗など、絶対に起こらないのだ。


 手枷を嵌めたまま廊下を案内され、歩いた。ガラス張りの内部に、ベッドが規則正しく大量に並べられた、異様な部屋の横を通った。思わず凝視してしまったことに気付いた従者が、勝手に口を開いてくれた。

「ここでは、瞳の交換を行っています。オッドアイは、魔力が多くて強いんですよね? だから、もともと魔術師として生まれた者で、志願する者には、別の魔術師と瞳を入れ替える手術を施しています。そうすれば、両目が赤目でも、片目は他人の目です。同じ赤目でも、両目が全く同じ赤目にならないので、人工的にオッドアイを作れるのです」

(っ……)

 その言葉に、一瞬ミアの魔力が溢れた。ルークの指輪をしていないこともあって、驚きや怒りなどが入り交じり、感情が揺れて魔力が漏れてしまったのだ。こればかりは仕方ない。ルークですら、目を細めてしまい、外へ感情を出すことを止められなかった。

 案内しているこの男性は、魔術師だ。レッドの目は確認できないものの、ミアが放出した魔力に気付き、鋭い目を突き付けてくる。ミアを隠すように、一歩前へ出る。

「申し訳ありません。少し驚いたもので」
「生まれつきのオッドアイの魔力はさすがですね」

 さらに先へと進みながら、特に聞いてもいないのに説明を続けてくれる。

「ここで作られたオッドアイの魔術師は、自分の魔力量が分からないようで、暴走しやすいんです。それで我が国は魔術師をたくさん失ってしまったんですよ。上手く使いこなしている者もいるんですが」

 ミアは、ひとつひとつの言葉選びに苛立ってしまい、隠そうと頑張っているように見えた。人のことを《作られた》とか、《魔術師を失ってしまった》のも、全てあのエルヴィス国王の政策のせいだろう。チャールズなら、絶対にしないことだ。

 人工オッドアイを上手く使いこなしているのが、ルークを魔力暴走させた攻撃魔術の使い手だろう。そうでなければ、ルークが暴走する理由がない。

 魔力量を把握していないというよりは、他人の目を移植されたことによる生理反応のような気もした。他人の目のぶん、他人の魔力を受け入れなければならない。体内に入り込んた他人の魔力を中和して支配することが、できていないのだろう。


 通路の先で、従者が足を止める。扉を開けて、入るように促される。

「ご夫婦と聞きましたので、ひとつの部屋のご用意です」

 ルークは魔力を張って、部屋全体を見まわした。ここには、強い魔力で結界が張られている。いざとなれば破ることもできるが、セントレ王国の使者として来ている身だ。何か行動を起こせば、国に影響が出る可能性を考えておかなければならない。

「ただここで生活するために来たわけではないことも、ご存じですね?」

 番以外との交わりを指すのだろう。この部屋に来るまでに見たベッドはおそらく、魔力暴走を起こした人を縛り付けるものだ。小康状態を待って解放するのだろうが、暴走は繰り返すため、きっと何人もの手術を受けた魔術師があの部屋を出入りしている。

「明日以降、また私が迎えに来ます。一日三食、食事も持って来ますし、身体を清める準備もあります。何か用があれば、そちらのベルでお呼びください。本日はこれで」

 会釈をし、従者が扉を閉めた瞬間、手枷が落ちたと同時に結界が強まり、部屋から出られなくなった。用があれば外から入って来られる。ルークがミアを見ると、ミアもルークを見ていた。ルークはゆっくりと息を吐いた。

 あまり柔らかくないベッドに隣同士、腰掛けた。ミアが感情を抑えられず魔力を放出してしまったことを、注意するつもりは全くないが、ミアはそれを心配しているようだった。当然の反応だったと安心させたくて、膝の上に置かれた両手を握った。

「…ルーク」
「ん?」
「暴走って、どんな感じなの」
「あんまり覚えてないんだけど…」

 日常では感じられない感覚で、いざ話すとなると何と表現するべきか、迷った。

「ミアと、交わるのを我慢できなくなった。たぶん早く追い出したかったから…。あとは熱くなった」
「熱くなる、ね…」
「何が、とは言えないけど…。本能的に、ミアを抱いて回復すればいいのが分かったのかも」

 黙りこんでしまう静かな時間も、いつもの屋敷なら心地いい空間だったが、ここでは少し気まずい。

「…前にも話したけど、メンタルをやられてしまうから、相手をするときは割り切って、ね。僕もミア以外と交わるのは不本意だから」
「うん」

 酷なことを言っている自覚はあるが、ミアに堪えている様子も見て取れない。ルークと同じように、覚悟を決めてくれているといいのだが。

(せっかく紋章もなくなって、ふたりで暮らせていたのに…。いや、ひとりで任務に就いて、ミアと最後を過ごせないほうが辛い……)

 結界がある以上、妙な真似はできない。それぞれ周囲を警戒している間にひとりずつ風呂を終え、ひとつしかない狭いベッドに潜った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...