上 下
54 / 103
5.番の魔術講師

5.新規任務 後

しおりを挟む

 一度目を閉じ、チャールズの目線から逃げ、ゆっくりと息を吐いた。

「…オッドアイ、ですね」
「オッドアイ? あの忌々しい異なった目を持つ人間ですかい?」
「キャンベル騎士副団長、私から説明しよう」

(っ……)

 チャールズが、わざわざ立ち上がった。セントレ王国で虐げられるオッドアイを、今から団長格には公表するのだ。どんな表情をしていいか困り、ただチャールズを見続けることしかできなかった。

「ジョン・ミッチェル教授、ルーク・ウィンダム魔術爵三男、そしてその妻ミア。この三人が我が国にいるオッドアイで、三人とも強力な魔術師だ」

 さっきまで話に食いついていたアーサー以外の団長格がふたりとも、あまりに驚いたのか何も言わない。チャールズがゆったりと全員を見回して、情報の受け止め方を確認している。少しずつ渡さないと、上手く次の手段が取れない者もいるのは、ルークも経験済みだ。普段三人で軽く会話するような形では、進められない。

「…ルーク、魔術師なのか」
「はい、隠していてすみませんでした」
「いや、構わない」

 目でチャールズに発言の許可を得たアーサーに言われた。ルークが王家直属になるまで、ほとんどの任務の上司がアーサーで、本当によかった。

「オッドアイ魔術師は、魔力の総量が一般の魔術師よりも多い。この三人のなかでも、特にウィンダムが最も強い魔力を有する」

 チャールズが団長格への説明を続ける。一体、どうしてオッドアイが条約締結の条件なのだろうか。オッドアイを手に入れ戦力としたいだけなら、期間が決まっている条約は面倒だ。しかも今回は魔術協定で、オッドアイがエスト王国に出向いたとしても、期間が終われば、セントレ王国に返還される。

(っ、そういうことか)

「騎士として名を上げているが、ルークは魔術師として、私の補佐を今までも務めてくれていた。その妻ミアもオッドアイとして、支えてくれている。その事実は、覚えておいてくれ。共有事項はここまでだ」
「かしこまりました」

 すぐに返事をして、しっかり受け止めたのだろう、ルークが団長格のなかで一番の信頼を置くアーサーが出て行った。慌てて、他の団長たちも出ていく。

 チャールズがわざわざ団長格を呼び集め、オッドアイを明かした意図は、分かりやすかった。まるで、セントレ王国からオッドアイがいなくなるような口ぶりで、忘れられないよう団長格を集めて宣言したようだった。

 普段と同じメンバーが残り、扉の開閉があったためジョンが結界を張り直す。チャールズが姿勢を崩し、口を開く。

「ルーク、先日の戦いで魔力暴走を起こしたそうだな」
「はい」
「暴走から回復したことを、確認したらしい」
「え?」

 思わず、ミアが普段の調子でチャールズに返してしまう。無理もない。魔力暴走から回復する手段は、繰り返し暴走を起こす前に中和をすることだ。ルークに、魔力的に耐えられる交わりの相手がいることも、敵には知られたのだ。

 ジョンはオッドアイの学会にも出席していて、国内では生活のためにも眼帯をしているが、魔術学校の教授であり魔術師である。ルークとは、同じオッドアイでも、魔術師であることを隠しているかどうかが異なる。

 魔術師のマントに仮面をしていたあの任務で、騎士のルークが実はオッドアイ魔術師であると明らかになったと確定することはできないだろうと、思い直していた。ジョンの他にオッドアイがいるのが分かったところで、それが新聞を賑わせている騎士のルークと同一人物だとは思えていないのではないか。

(甘かった…、僕が騎士かどうかなんて、オッドアイかどうかに比べればどうでもいい)

 普段とは違ってミアがずっと不安がっていたのは、団長格がいたこの場に慣れていなかったからではない。賢いミアの勘に、妙に納得してしまった。

「ふたりがいれば、魔力暴走を起こして捕えているだけの魔術師を復活させられると、考えたそうだ」
「それはつまり…」
「ルークとミアに、番以外と交わらせる気だ」
「させられない!」

 ジョンが一歩前に出て、大声を出した。確かに、今までなかった任務なのは明らかだ。魔術師の尊厳に関わる。ジョンはチャールズに対して非礼を詫びることもなく、浅く息をしながら、チャールズを諭そうとする。

「そもそも魔力の回復には、心の繋がりが必要だ。それがなければ、何をしても増強や大幅な回復はしない!」
「だが、この条約が成立すれば、我が連合、同盟国は再び安定する。ここ数年の東方からの攻撃は、オッドアイを狙ったもので、他国も同じような攻撃に遭っている」
「僕たちに、命を捨てろと?」

 ルークは、ジョンを遮って思い切った聞き方をした。怒っているわけではない。チャールズが命を粗末にするような国王でもないのも、ジョンが納得できないのも分かる。ルークとミア、二人のオッドアイの命と引き換えに、同盟国を含んだ大勢の国民のが脅威に晒されずに済む。

「……ほぼ同義だ。認める」

 チャールズの言葉に、普段感情を表に出さないジョンが、ルークとミアに声を掛けようと口を開いて、閉じた。魔術師の交わりに、心の繋がりが必要なことなど、ルークが一番分かっている。予想どおりだったこともあり、チャールズを見返した。

「ここにいるオッドアイは番で、他国のオッドアイとは、圧倒的に魔力量が異なる。周辺国のオッドアイより、エスト王国に入った場合の生存率が高い」

(そうだろうね…)

 オッドアイのなかでも、ルークとミアは番だ。魔力量は桁違いで、確かに他国よりはずっと、敵地に向かっても対処できる可能性が残っている。

 ふと、チャールズとのある会話が蘇る。少し前、チャールズは、王家はいい人では居られないと言っていた。その時の違和感が、今、繋がった気がした。結婚してすぐのころ、子どものことをしきりに意識させられたのも、この未来が見えていたからだろうか。記憶を辿っている時間はあまりない。

 ルークとミアがエスト王国へ送られることは確定事項で、しかも、番以外と交わらなければならない。調べなければいけないことがある。

「…少し、調べたいことがあります」
「分かった、ただしあまり待てない。近日中には、条約締結だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...