とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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5.番の魔術講師

4.新規任務 前

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 普段どおり、王宮での仕事をしようとチャールズの執務室の扉を開けたが、足が進まなくなった。机に向かうチャールズは、気楽な日常着ではなく、国王の格好をしているうえに、雰囲気が重々しい。予知に関係するのは分かっているが、ここまで深刻そうなのは、今まであっただろうか。

(何を見たんだ……?)

「…ルーク、王の間で待て」
「王の間で、ですか」

 セントレ王国チャールズ王として、ルークに命令してくる。王の間といえば、重要な任務を受けるときに使う場所で、頻繁に出入りはしない。

「準備出来次第、すぐに行く」
「…分かりました」

 国王の命だ、逆らうわけにはいかない。すっと頭を下げ、執務室を退出した。


 ☆


 警備を担当している衛兵に会釈をし、ルークが王の間の扉を開くと、そこには国家警備のトップ、各団の隊長や副隊長が十数人ほど、集まっていた。ジョンと一緒にミアも端に控えており、アーサー・エジャートン警備隊長の姿も見えるが、できれば会いたくない顔も揃っていた。

 どうやらルークが最後にこの場に来たらしく、全員の気を引いてしまい、立ち位置も分からず足を止めてしまった。

「これはこれは、ウィンダム魔術爵三男殿」
「お久しぶりです、キャンベル騎士副団長。オズボーン騎士団長もお元気そうで」
「どうも、覚えていてくれて光栄だよ」

 ルークは、ずっとこの二人が苦手だ。明らかに、ルークに対して嫌味な態度を取ってくる。王家直属となったルークにも変わらず言える勇気は、任務に活かしてほしいものだ。

(ミアに、絡まなければいいんだけど…)

「一体、これだけのメンバーを集めて、何の任務が言い渡されるんだろうねえ」
「全員が任務についていないタイミングなんて、ないからな」
「国王様の采配だ、余計な詮索をするんじゃない」
「警備隊長のくせに、騎士団長に歯向かうのかい、エジャートン」
「口を慎め」

 警備隊長も騎士団長も経験のあるアーサーに対しても、この物言いだ。ちらっとジョンを伺うと、手を上げて結界を張ろうとしている。この王の間には当然ジョンの結界が張られていて、何も変化は見られない。ジョンにとっても、聞いていて心地いいものではないのだろう。個人に向けて、結界を張るつもりだ。

「ミッチェル教授までいらっしゃるじゃないか」
「お気付きいただき、ありがとうございます」
「隣の少女はどなたかな? はじめまして、お嬢ちゃん」

(ミアっ…)

 ルークが動くよりも前に、ミアの隣にいたジョンが薄い結界を張った。見えはしないが、副団長に就けるくらいの人物なら、空気の変化で何か魔術を使われたのは気付いたかもしれない。

「少し、言葉が過ぎます、キャンベル騎士副団長」
「娘なんていました? ご結婚されてましたっけ? それとも弟子ですか?」
「言葉が過ぎると言っているのです」

 珍しく、ジョンが怒っている。ミアの魔力に変化はないから、ここに来るまでにこうなることを聞いていたのだろう。今日のミアは、エリザベスとジェームズのところではなく、王宮内図書室へ行ったあとジョンの書斎で本を読むと言っていた。ふたりで一緒に来たのであれば、ミアがひとりで話すこともなかったはずだ。ジョンが言い合いの相手をしている間に、ルークはミアの隣に立った。

「大丈夫?」
「うん、こんな人たちなんだね」
「全員がこうじゃないよ、もちろん」

 ルークとミアの関係を見抜いたのは、アーサーくらいだろうか。片眉を上げ、わざわざ目を合わせてきた。軽く頷き返すだけで、何も聞かずに姿勢を戻してくれる。

 騎士団のふたりは、そこまで洞察力や勘が鋭くない。だから、武力メインの騎士団所属なのだ。情報を扱う警備隊には向かない。行き来する者もいるが、ルークが王家直属になってから、さらに対立が深まっているのが伝わってきた。互いに、睨みあっている。平和すぎて、セントレ王国を守るという本来の目的を忘れているのだ。

「ルーク…」
「うん?」
「何か、嫌な感じがする」
「とりあえず、国王様を待とう」

 不安げなミアの手を握ってあげたいが、ルークが信頼していない人間もいるこの場では、できなかった。ミアが誰かも分からないなかで、ルークとジョンとは面識があるのも、不思議に思われているだろう。そっと魔力で包んであげると、ミアはほっとしたように顔を緩めた。

 かつかつと、廊下を歩く革靴の音が響いてくる。全員が王家を迎えられるよう、膝をつく。ミアはワンピースの裾を握って、カーテシーの準備をする。王家に会う服装ではないが、魔術でどうにでもなることを行っていないということは、ジョンがそれでいいと言ったのだろう。

「待たせた、崩していい」

 この場合、全員が起立し任務を受ける体勢になるだけだ。だらけきっていいのはジョンとルーク、そしてチャールズの三人だけがその場にいる場合のみで、ミアとエリザベスを含む場合もある。今回は騎士団や警備隊の者も参加しているため、崩し切ることはしない。

 玉座に腰を下ろしたチャールズが、騎士団長のオズボーンに向かって、何の前置きもなく単刀直入に言った。

「近日中に、エスト王国と条約を締結しようと思う。護衛は最低限でいい、配備を頼む」
「国王様、お言葉ですが、隣国に向かわれるのであれば、最低限ではとても…」
「いいんだ、最低限、効率の良い配備を考えてくれ」
「…かしこまりました」

 国王に対して、異論を唱えられる者は多くない。予知を受け入れたうえで話すジョンやルークくらいだと思っていたが、むしろその能力を知らないからこそ言い返せるのだろう。

「団長格とミッチェル、ウィンダムは残ってくれ。少し話したいことがある。他の者は退席して構わない。配備要員の選出に取り掛かってくれ」
「ほう、お嬢さんも残るんですかい?」
「言葉が過ぎると、言ったはずだ」
「ルークの妻、ミア・ウィンダムだ」

 退席しようとしないミア、腹を立てているジョンを見ながら、さらっとチャールズが明かした。アーサー以外の団長格全員の目が、ルークに集まる。報道もされず隠していたことも、ここにいるメンバーは知っている。

 チャールズの言いぶりからして、今回の任務にミアの出生問題はさほど大きくないのだろうが、団長格にとっては違ったらしい。口を開こうとしたオズボーンとキャンベル、両名をチャールズが制した。

 衛兵によって扉が閉められ、団長格のみが王の間に残った。ジョンが気付かれないように結界を張り直す。

「条約の内容は、国際会議までの一年間、魔術協定と領土への不可侵だ」

(……魔術協定なんて結ぶの、ひさびさだな。それに、不可侵だって?)

「領土侵攻をするつもりなど全くないが、今回請われた。エスト王国は内情が読めないこともあり、常識が通用しない。受け入れることが、平和維持に繋がると考えている。それ以外の締結の条件は、何だと思う」

 表向きには、隣国との友好関係を示すために行われる協定や条約のひとつだ。学術協定や警備協定など種類もあり、それぞれの国のやり方を知り自国に活かすと共に、手の内を多少明かし明かされるために攻撃しにくくなることを目的に行われる。簒奪者の一族が治めるエスト王国が、その意図を汲んでいるからは分からない。

 チャールズの目は、ルークを見ていた。もう、答えを言われている。任務を言い渡されるために、集まっているのは間違いない。ここでの話は口外されない。さすがにその倫理がない人は団長格にならないし、騎士や魔術師として軍隊で働いてはいないはずだ。
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