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4.茶会・夜会にて
11.結婚報告
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特に開会の挨拶もなく、使用人たちが紅茶と焼菓子を持ってきて、茶会が始まった。ウィンダム家の魔術師たちは口をつけるが、ルークとミア、それからルークの母親は何もしない。座って眺めているだけ、指示があるまで何もしないに限る。逆なでするのは簡単だが、穏便に済むならそれが一番だ。
「ルーク、結婚したそうじゃないか。紹介どころか連絡もしないとは…」
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。こちら、僕の妻でミアと言います」
父親の言葉を遮って、ミアを紹介した。魔術学校への入学前以来の対面で、ひさびさ交わす会話の糸口がこれなのは、それだけで上下関係がはっきりと見える。ルークに嫌がらせをしたいのがありありと伝わってきて、ミアには聞いてほしくない。あまり長々と、口を開かせたくない。
「公爵令嬢だったな? まさか俺と同じ褒賞になるとはな。そんな功績をあげるとは思わなかった」
王家からの褒賞として妻をもらったことは、確かに同じだが、その経緯が違いすぎるだろう。正確なことは公になっていないとしても、嫌味な言い方をしてくる。オッドアイについては何も知らないし仕方ないとも思うが、父親と同等だと評価されるのは腹が立つ。チャールズへの態度に呆れていることもあり、父親と兄からは何を言われても引っかかるのだろう。
母親が教えてくれたように、父親や兄たちはミアの生家に興味がなさそうだった。もし聞かれたら、公爵家であるエリザベスの生家、ゴートンの名を借りようと思っていた。もし名乗ったら王家と距離が近くなってしまうために隠していたとすれば、まだ理由が立つ。ただし、帰り際に忘却魔術を使うことが確定するが。
「その傷のある目で、よく結婚できたな」
「騎士だから、オレたちと違って魔術は使えない。無理矢理従わせるのもできない」
「出歩けるわけだよな。噂も本当なんだろ?」
「女嫌いで有名なルークには、難しいよな? 王家付きの堅物騎士だもんな?」
兄たちがにやにやと嫌な笑みを浮かべて、ミアも隣にいるのに揶揄ってくる。二人の言う噂は、結婚したのに初夜を迎えていないとか、ルークが不能とか、その類のことだ。初夜を迎えて懐妊していれば、ミアの体調が不安定になって外に出づらくなる。チャールズが懸念していたことが、魔術師の中では話されているのだろう。むしろ、兄が発端で流している噂だと考えるほうが、自然かもしれない。
ミアが公爵令嬢だったことは公表されていて、爵位が高いため、マイナスな噂はルークのことに関してしか出回っていない。ルークの同僚である騎士たちも、王家付きとなって圧倒的に立場が上のルークに、直接言ってこないだけだろう。
ルークは、魔術で感情を操ろうとは思わない。魔力的には全く問題ないが、気が進まないのだ。ミアを無理矢理ルークに従わせたところで、何が残るというのだろう。そんなことをしなくても、ミアは隣にいてくれるのだが。
母親から、父親の話を聞いたところだ。片親の血だけだとしても、血縁があるのは事実だが、どうせなら完全に血縁がないと言われたほうがよかったのかもしれない。この三人と同じだと見られたくなかったことも、幼いころに魔術を使わなくなった一因で、騎士学校で努力する原動力だったのは間違いない。
(僕は例外で、ウィンダムらしくないように生きてきたから…)
魔術師である三人には、父親が父親なら、息子も息子、それぞれ魔力増強のための相手がいると考えていいだろう。兄にもし番がいるとすれば、結婚していてもおかしくないが、指輪もしていないし、可能性は低い。
任務に就いていないことが事実なら、三人は何に対して魔力を使っているのだろう。屋敷内でできるのは魔術道具を作るくらいで、大きな収入にはならない。ウェルスリーのように何かしらの罪に関わっているとか、嫌な想像が過ぎるが、当たってほしくない。ルークの成果でウィンダム家は名が通っているし、妙なことはできないはずだ。
兄二人と父親がミアを見ている。座っていなければ、足先までくまなく見ただろう。ミアの眼帯は黒ではなく、肌に馴染みやすい白に近い色で、さらに同化魔術も掛けてある。ルークと同じように前髪でも隠しているし、気付いていないかもしれない。
母親は、ミアについて事情があることを察していて、それを眼帯だと捉えているかもしれない。ミアには、何があっても魔術を使わないでほしいと頼んである。もし使うことになっても、ルークだけで十分だ。
「…兄上たちにも、早く相手が見つかるといいですね」
「適齢期でもない子どもが…っ!」
「騎士は魔術師には勝てない。分かって言ってるのか!」
ルークの幼少期を知っている家族は、片目だけが赤いオッドアイであることも知っている。その強さを知らないだけだ。
何を思って、ここまでの敵意を向けるのか、ルークには理解できないが、やはり魔術を使う状況にはなった。少し煽っただけで、兄二人から攻撃魔術が放たれたが、そのまま返してやった。弾いただけで、もし当たったとしても自分の魔術で、暴走の心配もない。
母親は、ただ見ているだけだ。魔力は感じないと言っていたし、目に見える魔術でなければ、目の前で何が起きているのは分からない。ミアの魔力の気配にも動揺はない。指輪のおかげもあると思うが、魔力の制御が上達した証拠だ。
(…うん、これでいい)
兄に加えて、父親からも威嚇の気配が強まった。この屋敷の敷地に入ってからずっと感じていたもので、意識して出しているわけではなさそうだ。感情とともに魔力放出の制限が利かなくなるのは常識中の常識で、精神的な余裕と魔力量でその人となりも見えてくる。
「……弾き返しただと?」
やっと返ってきた言葉がそれだった。状況を飲み込めなかったとしても、不思議ではない。ルークが魔術を扱えることを、この三人は完全に忘れ切っている。三人の魔術師の相手をしているのは、国中を見ても貴重で強力なオッドアイ魔術師だ。一般に情報は流れていないし、ウィンダム家が知るわけもない。
「誰も、僕が魔術を使えないと言ったわけではないでしょう」
「…何を言っている?」
「僕も魔術師なんですよ、ウィンダム魔術爵」
父親が口をぱくぱくさせて、必死に何か返す言葉を探している。母親とミアの視線を感じながら、攻撃魔術を手のひらに集めて玉を作る。この形にすれば、母親にも見えるはずだ。ちらりと目を向けると、目を開いて驚いている。魔術師ではない一般人だ、無理もない。
圧倒的な魔力差を見せつける、いい機会だ。手のひらに載せた玉に魔力を貯め、一度目を閉じてから見開いて、一気に解放した。この敷地内に漂う威嚇の気配を、全て払ってしまう。
「あんなに威嚇しておいて、今の魔力は怯えきっていますね」
母親以外に、恐怖だけを残して忘却魔術をかける。魔術師だと知られたままだと、王家をまた利用しようと企みそうで、使用人も含めて広範囲にかけた。引きつった表情で気を失い、チェアから滑り落ちた血縁者たちを一瞥してから母親を見た。状況は飲み込めているようで、ゆっくりと頷かれた。
「そろそろ、失礼します」
母親に向けて言い、立ち上がってミアの手を取った。戸惑うミアと一緒に、母親に対してのみ礼をする。
ミアの手を引きつつ馬車まで歩く間、母親はついて来なかった。母親がこれからも生活していくのは、いくら没落すると分かっていてもウィンダム魔術爵家だ。王命の褒賞としてこの家に来た母親が、それに背くことはできない。見送るのを使用人に見られては、母親にとって不利になるだろう。
馬車に乗って少し離れてから、ゆっくりと一息吐き出した。兄から出た噂については、国王夫妻からも意識させられたことを思い出す。周りに、流されたくない。横に座るミアが、手を握り返してくれた。
「……よかったの?」
「いいんだ、もう会いに行くこともない」
ミアを抱き締めると、背中に手を回して返してくれる。首元から香るミアの匂いを吸い込むと、身体から力が抜けていく気がする。ミアが居れば十分で、ミア以外を特別だと思えないのに、皆が皆、それ以上何をルークに望むというのだろう。
「ルーク、結婚したそうじゃないか。紹介どころか連絡もしないとは…」
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。こちら、僕の妻でミアと言います」
父親の言葉を遮って、ミアを紹介した。魔術学校への入学前以来の対面で、ひさびさ交わす会話の糸口がこれなのは、それだけで上下関係がはっきりと見える。ルークに嫌がらせをしたいのがありありと伝わってきて、ミアには聞いてほしくない。あまり長々と、口を開かせたくない。
「公爵令嬢だったな? まさか俺と同じ褒賞になるとはな。そんな功績をあげるとは思わなかった」
王家からの褒賞として妻をもらったことは、確かに同じだが、その経緯が違いすぎるだろう。正確なことは公になっていないとしても、嫌味な言い方をしてくる。オッドアイについては何も知らないし仕方ないとも思うが、父親と同等だと評価されるのは腹が立つ。チャールズへの態度に呆れていることもあり、父親と兄からは何を言われても引っかかるのだろう。
母親が教えてくれたように、父親や兄たちはミアの生家に興味がなさそうだった。もし聞かれたら、公爵家であるエリザベスの生家、ゴートンの名を借りようと思っていた。もし名乗ったら王家と距離が近くなってしまうために隠していたとすれば、まだ理由が立つ。ただし、帰り際に忘却魔術を使うことが確定するが。
「その傷のある目で、よく結婚できたな」
「騎士だから、オレたちと違って魔術は使えない。無理矢理従わせるのもできない」
「出歩けるわけだよな。噂も本当なんだろ?」
「女嫌いで有名なルークには、難しいよな? 王家付きの堅物騎士だもんな?」
兄たちがにやにやと嫌な笑みを浮かべて、ミアも隣にいるのに揶揄ってくる。二人の言う噂は、結婚したのに初夜を迎えていないとか、ルークが不能とか、その類のことだ。初夜を迎えて懐妊していれば、ミアの体調が不安定になって外に出づらくなる。チャールズが懸念していたことが、魔術師の中では話されているのだろう。むしろ、兄が発端で流している噂だと考えるほうが、自然かもしれない。
ミアが公爵令嬢だったことは公表されていて、爵位が高いため、マイナスな噂はルークのことに関してしか出回っていない。ルークの同僚である騎士たちも、王家付きとなって圧倒的に立場が上のルークに、直接言ってこないだけだろう。
ルークは、魔術で感情を操ろうとは思わない。魔力的には全く問題ないが、気が進まないのだ。ミアを無理矢理ルークに従わせたところで、何が残るというのだろう。そんなことをしなくても、ミアは隣にいてくれるのだが。
母親から、父親の話を聞いたところだ。片親の血だけだとしても、血縁があるのは事実だが、どうせなら完全に血縁がないと言われたほうがよかったのかもしれない。この三人と同じだと見られたくなかったことも、幼いころに魔術を使わなくなった一因で、騎士学校で努力する原動力だったのは間違いない。
(僕は例外で、ウィンダムらしくないように生きてきたから…)
魔術師である三人には、父親が父親なら、息子も息子、それぞれ魔力増強のための相手がいると考えていいだろう。兄にもし番がいるとすれば、結婚していてもおかしくないが、指輪もしていないし、可能性は低い。
任務に就いていないことが事実なら、三人は何に対して魔力を使っているのだろう。屋敷内でできるのは魔術道具を作るくらいで、大きな収入にはならない。ウェルスリーのように何かしらの罪に関わっているとか、嫌な想像が過ぎるが、当たってほしくない。ルークの成果でウィンダム家は名が通っているし、妙なことはできないはずだ。
兄二人と父親がミアを見ている。座っていなければ、足先までくまなく見ただろう。ミアの眼帯は黒ではなく、肌に馴染みやすい白に近い色で、さらに同化魔術も掛けてある。ルークと同じように前髪でも隠しているし、気付いていないかもしれない。
母親は、ミアについて事情があることを察していて、それを眼帯だと捉えているかもしれない。ミアには、何があっても魔術を使わないでほしいと頼んである。もし使うことになっても、ルークだけで十分だ。
「…兄上たちにも、早く相手が見つかるといいですね」
「適齢期でもない子どもが…っ!」
「騎士は魔術師には勝てない。分かって言ってるのか!」
ルークの幼少期を知っている家族は、片目だけが赤いオッドアイであることも知っている。その強さを知らないだけだ。
何を思って、ここまでの敵意を向けるのか、ルークには理解できないが、やはり魔術を使う状況にはなった。少し煽っただけで、兄二人から攻撃魔術が放たれたが、そのまま返してやった。弾いただけで、もし当たったとしても自分の魔術で、暴走の心配もない。
母親は、ただ見ているだけだ。魔力は感じないと言っていたし、目に見える魔術でなければ、目の前で何が起きているのは分からない。ミアの魔力の気配にも動揺はない。指輪のおかげもあると思うが、魔力の制御が上達した証拠だ。
(…うん、これでいい)
兄に加えて、父親からも威嚇の気配が強まった。この屋敷の敷地に入ってからずっと感じていたもので、意識して出しているわけではなさそうだ。感情とともに魔力放出の制限が利かなくなるのは常識中の常識で、精神的な余裕と魔力量でその人となりも見えてくる。
「……弾き返しただと?」
やっと返ってきた言葉がそれだった。状況を飲み込めなかったとしても、不思議ではない。ルークが魔術を扱えることを、この三人は完全に忘れ切っている。三人の魔術師の相手をしているのは、国中を見ても貴重で強力なオッドアイ魔術師だ。一般に情報は流れていないし、ウィンダム家が知るわけもない。
「誰も、僕が魔術を使えないと言ったわけではないでしょう」
「…何を言っている?」
「僕も魔術師なんですよ、ウィンダム魔術爵」
父親が口をぱくぱくさせて、必死に何か返す言葉を探している。母親とミアの視線を感じながら、攻撃魔術を手のひらに集めて玉を作る。この形にすれば、母親にも見えるはずだ。ちらりと目を向けると、目を開いて驚いている。魔術師ではない一般人だ、無理もない。
圧倒的な魔力差を見せつける、いい機会だ。手のひらに載せた玉に魔力を貯め、一度目を閉じてから見開いて、一気に解放した。この敷地内に漂う威嚇の気配を、全て払ってしまう。
「あんなに威嚇しておいて、今の魔力は怯えきっていますね」
母親以外に、恐怖だけを残して忘却魔術をかける。魔術師だと知られたままだと、王家をまた利用しようと企みそうで、使用人も含めて広範囲にかけた。引きつった表情で気を失い、チェアから滑り落ちた血縁者たちを一瞥してから母親を見た。状況は飲み込めているようで、ゆっくりと頷かれた。
「そろそろ、失礼します」
母親に向けて言い、立ち上がってミアの手を取った。戸惑うミアと一緒に、母親に対してのみ礼をする。
ミアの手を引きつつ馬車まで歩く間、母親はついて来なかった。母親がこれからも生活していくのは、いくら没落すると分かっていてもウィンダム魔術爵家だ。王命の褒賞としてこの家に来た母親が、それに背くことはできない。見送るのを使用人に見られては、母親にとって不利になるだろう。
馬車に乗って少し離れてから、ゆっくりと一息吐き出した。兄から出た噂については、国王夫妻からも意識させられたことを思い出す。周りに、流されたくない。横に座るミアが、手を握り返してくれた。
「……よかったの?」
「いいんだ、もう会いに行くこともない」
ミアを抱き締めると、背中に手を回して返してくれる。首元から香るミアの匂いを吸い込むと、身体から力が抜けていく気がする。ミアが居れば十分で、ミア以外を特別だと思えないのに、皆が皆、それ以上何をルークに望むというのだろう。
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