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4.茶会・夜会にて
10.ウィンダム家の現状
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「貴方のことが全て分かるわけでは、もちろんないのだけど、魔術師ではなく騎士だし、お相手の令嬢も家名が公表されていないのを見ると、何か事情があるのでしょう? あの人たちは疑問にすら思っていないでしょうけど…」
貴族令嬢として一般学校を修了しているはずの母親を前に、気を張り直した。目を細めてしまったかもしれない。ミアの生家の話は、ミアにすらしていない。ひさびさ会っただけの母親に、話したくはなかった。
「ルーク、違うの、それを教えてほしいわけではないの。貴方以外のウィンダム家はおそらく没落していくわ。貴方が幸せになれれば、私はそれでいいの」
(え…?)
急に話が読めなくなって、母親をまっすぐ見た。出世するような話も耳にしなかったが、少なくとも母親は、ウィンダム家の一員でありながらそう考えている。
「…どういう意味ですか」
「あら、分かるでしょう? 国王様に何でも言えると思っているあの無能さよ? ルークの優秀さが尋常じゃないから、あの人のお話も国王様が好意で耳を傾けてくださるだけ。有能なのはルークなのよ。ルークがいるからウィンダム魔術爵家が成り立っているようなもの。遅かれ早かれ、貴方は永代爵位をもらうでしょうね。ウィンダム魔術爵なんて一代爵、さっさと滅びるべきなのよ」
砕けてくると、聞き手の反応を無視してひたすら話すような母親の口調に、エリザベスを思い出す。勢いづいて話すのも、分からなくはない。母親からすれば、こんな話をできる相手もいないだろう。
「確かに、目立った成果は聞かないですが、そこまで?」
「私に対して、上手く取り繕っているつもりでしょうけど、三人とも任務にはほとんど就いていないのよ」
(っ……)
それはつまり、任務を任せられないということだ。魔術学校を修了しても、魔力量が不足する者は軍隊へ入れない。屋敷に漂っている魔力は、それほど強くはないが弱くもない。兄はともかく、父親は褒賞を得られている。何かしらの任務には就いていたはずだ。
おそらく、人格の問題だろう。上司に従えないとか身勝手な行動が多いとか、無意識だとしても結果は同じだ。母親の言うように、ルークの出世で勘違いしている可能性も大いにある。
父親のチャールズへの態度を聞けば、兄が二人ともそれに追従しているのは分かる。この屋敷の敷地内に入ってから、結界の魔力は感じているし、魔術師がいる気配もある。兄二人が魔術学校を修了したのは知っているから、それは当然なのだが、任務に就いていないとは思っていなかった。
「貴方が結婚したと聞いて、安心したの。家族を嫌ったのは当然だと思うし、それが貴方にとって最善だったのも証明されて。手紙を送ろうと思ったこともあったけれど、あの人に内容を知られたくなかったから、結局何もできずじまい。貴方はきっと、今日は国王様に言われて嫌々来たのでしょう? この一回でも、元気な顔を見られてよかったわ」
母親は一般人で、魔術師である男家族に歯向かうことは不可能だ。ルークの力になりたいと思っても、何もしないことが最適解だった。母親では、魔術を使われてしまえばどうやっても太刀打ちできない。
(だから、そういう倫理教育のためにも、魔術学校があるんだけどな…)
おそらく、挨拶として抱き締め合う場面なのだろうが、十年以上時間の経った家族、しかもこの女性とは血縁がないことが分かってしまって、足は動かなかった。母親は微笑んで、「それでいいのよ」とルークを肯定した。
「さ、そろそろ時間でしょう。私は何もできないけれど、ふたりの味方ではいたいの。話せてよかった」
「僕もです、…母上」
「そう呼んでくれるのね、ありがとう」
上手く応えられず、会釈を返しただけでも、母親は笑ってくれた。
ミアを呼ぶと、普段のひざ丈ワンピースよりも動きにくいはずだが、小走りで近寄ってくる。母親が見ていることに気付いて我に返ったのか、慌てて手を前で組んだのを見て、ふっと笑ってしまった。母親に対して、堅苦しい礼儀は必要ない。元侯爵令嬢らしく、母親は微笑むだけで、ミアを咎めなかった。
母親の案内で屋敷の中に入ってからは、感じられる魔力が強まった。ルークもミアも、それぞれの魔力を垂れ流すようなことはしていない。この漂う魔力は全て、ウィンダム家の魔術師のものだ。一応、王家公認の茶会だが、庭ではやらずに屋敷内で行うようだ。もし何かあって魔術を使うことになっても、建物の中なら外から見えにくいぶん処理しやすい。ルークにとって都合のいい会場だった。
食堂に入り、母親の目線もあり立ったまま、ミアと隣り合って待っていると、父親と兄二人が入ってくる。王都の訓練施設で三人を見たことは数回あるが、距離が遠く、同じ任務に就くことは当然なかった。三人の姿は、覚えている姿とは少し違っているような気もする。
食堂に置かれたチェアは六脚ぴったりで、ルークとミアの対面には兄たちが、テーブルの短辺に父親と母親がそれぞれ着席した。
ミアが、魔術師の制服であるマントを羽織って現れたルークの家族と、詰襟の騎士服を着たルークを交互に見比べている。王宮に行くときなど、騎士の制服に見慣れているため、マントが珍しいのだろう。
おそらくミアにも、この場にいる魔術師が誰一人ルークに敵わないことが分かるはずだ。漂っている魔力やその強さを判別できるくらいには、ミアも成長した。淑女としては実践が不足しているが、ウィンダム家は結局成り上がりの一代爵で、母親もああ言ってくれた。
ミアにはただこの場に座って、父親の指示があればそのとおりに動いてほしいと伝えてある。咎められたり嫌味を聞いたりしても、全てルークが負うとも言ってある。対面するのはこの一度きりだ。次を考えて、必要以上に行儀を気にする必要はない。
貴族令嬢として一般学校を修了しているはずの母親を前に、気を張り直した。目を細めてしまったかもしれない。ミアの生家の話は、ミアにすらしていない。ひさびさ会っただけの母親に、話したくはなかった。
「ルーク、違うの、それを教えてほしいわけではないの。貴方以外のウィンダム家はおそらく没落していくわ。貴方が幸せになれれば、私はそれでいいの」
(え…?)
急に話が読めなくなって、母親をまっすぐ見た。出世するような話も耳にしなかったが、少なくとも母親は、ウィンダム家の一員でありながらそう考えている。
「…どういう意味ですか」
「あら、分かるでしょう? 国王様に何でも言えると思っているあの無能さよ? ルークの優秀さが尋常じゃないから、あの人のお話も国王様が好意で耳を傾けてくださるだけ。有能なのはルークなのよ。ルークがいるからウィンダム魔術爵家が成り立っているようなもの。遅かれ早かれ、貴方は永代爵位をもらうでしょうね。ウィンダム魔術爵なんて一代爵、さっさと滅びるべきなのよ」
砕けてくると、聞き手の反応を無視してひたすら話すような母親の口調に、エリザベスを思い出す。勢いづいて話すのも、分からなくはない。母親からすれば、こんな話をできる相手もいないだろう。
「確かに、目立った成果は聞かないですが、そこまで?」
「私に対して、上手く取り繕っているつもりでしょうけど、三人とも任務にはほとんど就いていないのよ」
(っ……)
それはつまり、任務を任せられないということだ。魔術学校を修了しても、魔力量が不足する者は軍隊へ入れない。屋敷に漂っている魔力は、それほど強くはないが弱くもない。兄はともかく、父親は褒賞を得られている。何かしらの任務には就いていたはずだ。
おそらく、人格の問題だろう。上司に従えないとか身勝手な行動が多いとか、無意識だとしても結果は同じだ。母親の言うように、ルークの出世で勘違いしている可能性も大いにある。
父親のチャールズへの態度を聞けば、兄が二人ともそれに追従しているのは分かる。この屋敷の敷地内に入ってから、結界の魔力は感じているし、魔術師がいる気配もある。兄二人が魔術学校を修了したのは知っているから、それは当然なのだが、任務に就いていないとは思っていなかった。
「貴方が結婚したと聞いて、安心したの。家族を嫌ったのは当然だと思うし、それが貴方にとって最善だったのも証明されて。手紙を送ろうと思ったこともあったけれど、あの人に内容を知られたくなかったから、結局何もできずじまい。貴方はきっと、今日は国王様に言われて嫌々来たのでしょう? この一回でも、元気な顔を見られてよかったわ」
母親は一般人で、魔術師である男家族に歯向かうことは不可能だ。ルークの力になりたいと思っても、何もしないことが最適解だった。母親では、魔術を使われてしまえばどうやっても太刀打ちできない。
(だから、そういう倫理教育のためにも、魔術学校があるんだけどな…)
おそらく、挨拶として抱き締め合う場面なのだろうが、十年以上時間の経った家族、しかもこの女性とは血縁がないことが分かってしまって、足は動かなかった。母親は微笑んで、「それでいいのよ」とルークを肯定した。
「さ、そろそろ時間でしょう。私は何もできないけれど、ふたりの味方ではいたいの。話せてよかった」
「僕もです、…母上」
「そう呼んでくれるのね、ありがとう」
上手く応えられず、会釈を返しただけでも、母親は笑ってくれた。
ミアを呼ぶと、普段のひざ丈ワンピースよりも動きにくいはずだが、小走りで近寄ってくる。母親が見ていることに気付いて我に返ったのか、慌てて手を前で組んだのを見て、ふっと笑ってしまった。母親に対して、堅苦しい礼儀は必要ない。元侯爵令嬢らしく、母親は微笑むだけで、ミアを咎めなかった。
母親の案内で屋敷の中に入ってからは、感じられる魔力が強まった。ルークもミアも、それぞれの魔力を垂れ流すようなことはしていない。この漂う魔力は全て、ウィンダム家の魔術師のものだ。一応、王家公認の茶会だが、庭ではやらずに屋敷内で行うようだ。もし何かあって魔術を使うことになっても、建物の中なら外から見えにくいぶん処理しやすい。ルークにとって都合のいい会場だった。
食堂に入り、母親の目線もあり立ったまま、ミアと隣り合って待っていると、父親と兄二人が入ってくる。王都の訓練施設で三人を見たことは数回あるが、距離が遠く、同じ任務に就くことは当然なかった。三人の姿は、覚えている姿とは少し違っているような気もする。
食堂に置かれたチェアは六脚ぴったりで、ルークとミアの対面には兄たちが、テーブルの短辺に父親と母親がそれぞれ着席した。
ミアが、魔術師の制服であるマントを羽織って現れたルークの家族と、詰襟の騎士服を着たルークを交互に見比べている。王宮に行くときなど、騎士の制服に見慣れているため、マントが珍しいのだろう。
おそらくミアにも、この場にいる魔術師が誰一人ルークに敵わないことが分かるはずだ。漂っている魔力やその強さを判別できるくらいには、ミアも成長した。淑女としては実践が不足しているが、ウィンダム家は結局成り上がりの一代爵で、母親もああ言ってくれた。
ミアにはただこの場に座って、父親の指示があればそのとおりに動いてほしいと伝えてある。咎められたり嫌味を聞いたりしても、全てルークが負うとも言ってある。対面するのはこの一度きりだ。次を考えて、必要以上に行儀を気にする必要はない。
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