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4.茶会・夜会にて

9.ルークの母親

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 ウィンダム魔術爵邸へ向かう前日からルークは張り詰めていたが、ミアのほうがよっぽど緊張していた。肩に力が入って呼吸も浅い。背中を撫でてあげても、あまり変わらないようだ。

(それも、そうか……)

 魔術を使うことになるとも伝えていて、チャールズやエリザベスとの会話、そのときのルークの反応から、ルークが血縁と上手くいっていないのはミアも分かっている。ただでさえ、ミアが関わる他人は国王夫妻とその使用人、それからジョンしかいない。極端に緊張するのも、無理はない。

 ミアが身に着けたデイドレスは、エリザベスから贈られ、魔術でミア本人が着付けたものだ。いつものワンピースを魔術で飾る必要がなく、何かあっても装飾が消えることはない。着るときに使った魔術の気配を消してしまえば、ウィンダム家の魔術師に気付かれずに済む。オッドアイほどの過敏さを持つ魔術師はいないから、気配には気付かないだろうが、心配事は少ないほうがいい。

 エリザベスから贈られたなかでも、くるぶしまで丈のある露出を抑えた清楚なもので、首回りもレースで覆われている、淡いグリーンのものをミアは選んだ。ルークの瞳の色であるその色味を着てくれたことは、素直に嬉しかったが、行先が行先だ。嫌味など、言われないといいのだが。


 ルークが魔術を使えることは公になっていないし、家族も覚えていないはずだ。王宮へ一瞬で行けるなど思いもよらないはずで、チャールズに借りた馬車を自宅の屋敷に呼んだ。ミアの手を握って、おとなしく馬車に揺られることにした。

 王宮まで転移してから馬車に乗ってもよかったが、父親に何か言われそうなことは作りたくなかった。無印の目立たないものを頼んだが、迎えに来たのは王家の紋のある豪華なものだった。ルークが変わらず王家と懇意であると示し、ウィンダム魔術爵家を油断させたい王家の意図も透けて見えたため、そのまま従った。


 五歳以来見ていなかったウィンダム家の屋敷は、ルークの記憶と特に変化はなかった。さすがの旧ウェルスリー公爵邸よりは一回りほど小さいが、魔術師の三人は任務で出ていることも多いはずで、屋敷に住むのは母親と使用人だ。むしろ広いくらいだろう。

予定時刻よりも早く着いたが、ちょうどに着いたとしても出迎えは期待していなかった。

 ルークはミアの手を引いて、殺風景なただ広いだけの庭を勝手に歩いた。長い間帰っていなくても、ルークの姓はウィンダムで、実家に変わりはない。この屋敷への出入りが禁じられているわけでもない。

 ルークとミアが住む屋敷の庭は、王宮の庭園を見たミアの希望で花壇やプランターが増えている。ミアは毎日様子を見に行き、屋敷に飾る色とりどりの花や料理に使うハーブなどを魔術なしで育てている。その分野に関しては、ルークよりも詳しいだろう。残念ながら、ウィンダム家の庭園は最低限、雑草の処理がされているくらいで、ミアの興味を引く美しさはなかった。

「ルーク、早かったのね」
「……」

 声がした方を振り返る。家族とは全く付き合ってこなかったため、聞き覚えのある声かと問われると怪しい。顔も曖昧で、目の前に現れたこの女性を何と呼ぶのが正解かも分からなかった。

「夫も息子たちも、まだ来ないわ。貴方には、この機会に話しておくほうがいいと思ったことがあるの。少し、時間をもらえるかしら」

 家族の名前を、呼びすらしない。ルークには、これが普通なのか判断ができなかったが、少なくとも国王夫妻は名前で呼び合っているし、あのふたりのような関係がこの家にはないのだと悟った。

「…ミア、少し離れてもらっても?」
「はい」

 ミアをひとりにしたくはなかったが、母親の話を一緒に聞いてもらう勇気もなかった。一旦聞いて受け止めてから、ミアに話すかどうかを決めたかった。

 結界を張るのは止めておいた。父親も兄たちもまだ見かけていない状況で魔術を使えば、大騒ぎになるかもしれない。ここはウィンダム魔術爵邸の敷地内で、魔術師は父親と兄二人の計三人しかいないはずなのだ。魔力の気配に敏感な魔術師だとも思えないが、いきなり騒ぎを起こしたいわけではない。

 ミアを視界に入れながら、十分な距離を取って、ミアより少し身長の高い母親に話しかける。

「…それで、話とは?」

 世間話をすることもなく本題を振ったルークに、母親は何も言わなかった。ルークを覗き込みながら、口を開いた。 

「私が魔術師ではないのに、子どもたちは三人とも、魔術師なの。兄弟のなかでも賢い貴方は、この家の歪みに薄々気付いているのでしょう?」

 三人とも魔術師だと、母親は口にした。ルークが魔術を使っていたのを覚えているのだ。父親や兄と同じように魔術を使える自分が嫌で、魔術を使うことを止めたのは魔術学校へ入る前、三歳か四歳ごろの話なのだが。

「…なぜそう思うんですか」
「貴方が騎士として出世しているから」

 一瞬息が詰まり、反応に困った。表情や態度に出すほど、気を許していない場で自分の制御ができないわけではないし、今も動揺は漏れていないはずだ。「騎士服、似合っているわ。王家付きだから勲章もたくさんね」と褒められ軽く頭を下げると、母親はふっと口元を緩めた。

「小さいころに魔術を使えた貴方なら、もう知っているんじゃないかしら。魔術師は、魔術師同士でしか交われないことを。私は、魔術師の両親から生まれてしまった一般人。何も感じることはできないけれど、目に見える魔術は常に周りにある環境で育ったの」

 魔術師と魔術師からは、基本的に魔術師、つまり両目ともレッドの目を持つ子どもが生まれる。魔術師と一般人であれば、上手く交わることができれば確率は半々だが、上手く交われることがほぼないと言っていい。一般人と一般人であれば一般人が生まれる。たまに、それらの法則が覆されることもあると聞くが、本当に母親が当てはまっているとは。今のルークには、知ったところでただの情報に過ぎないが。

「貴方のお父様…、と呼ぶのは嫌かしら。でも私も名前を呼びたくはないのよ」
「お好きにどうぞ」

 家族を家族だと思ったことがないルークにとって、家庭内での呼び名ほど興味がないものはない。冷めきっているのはすでに分かっている。

「あの人がカートレット侯爵令嬢の私に一目惚れして、わがままを言って褒賞で妻にしたのは本当の話よ。ただ、私は魔術師ではなかったから、交わることはなかった。王命の褒賞である私を、亡き者としてしまうから」

(あの父親も、そこまで馬鹿ではなかったのか…、チャールズへの無遠慮は故意なのか?)

 父親と母親は、そこに関して合意があったらしい。母親の旧姓など、気にしたことがなかったが、カートレットという名前は聞いたことがあった。特別覚えてもいないから、何度か同じ隊にいたとか、その程度だろう。

「貴方たち三兄弟、全員母親は別にいるわ。それぞれ魔術師の母親がいるの。ルークに至っては私が育ての親と言うのもおこがましいくらいだけれど」

 魔術師の魔力の増強に交わりが必要だと知ったときから感じていた疑問が、解消された。やはり、ルークの母親は目の前にいる女性とは異なる、魔術師の女性だ。最悪の予想どおり、兄とは異母兄弟だった。

(それでも、この女性は記録上の母親だからな…)

 構わず、息をひとつ吐き出す。そんなことだろうとは思っていた。真実を知りたければ、チャールズに言って調べることもできたが、しなかった結果だ。

 ミアに立ち会ってもらわなくて正解だった。整理がついてから、自分で話したい。話す必要もないかもしれないが。

「母親となった三人の女性には、忘却魔術がかけられていて、貴方たち兄弟の生みの親であることは分からないの。もし覚えていたら、こんなに有名になった息子を放ってはおかないでしょうね」

 ルークが目立っているのは、自覚もある。ついこの間も、半年の休暇明けで王家直属の騎士になったことは新聞に写真付きで載った。確かに、生みの親が知ったら、何か連絡を取ろうとしてくるのは予想できる。迷惑でしかない。
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