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4.茶会・夜会にて
6.ルークの解答
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初夜を迎えたベッドは、今ではすっかり日常的に使うベッドになった。いつものように交わったあと、ルークの腕の中で、ミアが聞いてきた。
「…ルーク、どうして外に出すの」
「王子を見て、思うことあった?」
少し、意地悪な返しだったかもしれない。歯切れが悪く、ミアが言い出すのを迷った質問なのはすぐに分かった。何よりジェームズに会ったときの戸惑いを、ミアもその場で見ている。むしろ、今まで触れないでくれたことがありがたかった。
「うーん…、今すぐにとは思わないけど、いつかは…」
「授かるには、まだ早いかなって思うんだ。ミアはもうすぐ結婚適齢期、つまり妊娠適齢期なわけだけど、僕の適齢期にはあと二年ある。若いうちから視線を集めすぎるのも、辛いから」
飛び級で修了したり、褒賞をもらうのも異例だったり。誰からの声も届かないところで暮らしたいと思っているし、ルーク自身、赤ん坊にあんなに触れられないものだとは思わなかった。
適齢期が来れば抵抗がなくなるとか、知識を入れておけばいいとか、それだけの話ではないと、あのとき直感した。
騎士生活を送るなかで、当然先輩や後輩、上司部下と、人間関係はそれなりに作ってきた。人としての好みや苦手はあるが、ただでさえ嫉妬の目を向けられやすいし、多少不愛想に見えたとしても仕事上の付き合いとして、円滑に任務が回るよう、気をつけてきたつもりだ。それが、アーサーやジョン、チャールズからの信頼に繋がっている。
だが、皆と同じような家族や友人のいなかったルークには、得られていない感情もあった。愛情や執着は、ミアと出会って初めて知ったものだ。ミアに会うまで女性に興味がなかったのも、幼いころから育まれるべき感情が抜け落ちていたからだと思えば、納得できた。
結局、それも匂いを持った番がミアだったからで、ミア以外には愛情が抜け落ちたままなのではないか。ひとりで感づいていた仮説が、ジェームズ王子という、誰もが可愛いと近づくであろう赤ん坊に会ったことで、より高い信憑性を持ってしまった。
公爵家にいたころのミアも、ルークと同じように愛情は受けられていないし、むしろルークにはジョンやチャールズがいたため、ミアよりも愛情が育まれていそうだが、実際は小説好きで、その内容で感情を揺らすことに躊躇がなかったミアのほうが、まともに成長したのだろう。
ルークは基本的に、騎士学校とジョンからの個別指導で忙しく、尊敬することはあっても、その他の感情は薄いのかもしれない。ミアと過ごした間に、初めて抱いたと自覚する感情が、本当に多かった。
☆
ミアは、それ以上何も聞かなかった。聞けなかった。
エリザベスから、普通、男性は二十歳まで学生であることも聞いたから、二十二歳のルークが褒賞をもらって結婚している事実がどれだけ異例で重いことなのか、少しは理解しているつもりだ。
それに、婚約生活のなかでルークが気にしていたことは、初夜のための心の距離や紋章の魔力だけではないのも、ミアは感じ取っていた。
ミアが公爵家にいたときに、まともに食事を取っていなかったことをルークは知っているし、そのせいで体が細いことも知られている。きっと、月経が規則的にきているのかどうか、ルークは確認しているのだろう。月経が来ていないのであれば、妊娠はできない。毎日このベッドで一緒に寝ているのだから、分かっていて当然だろう。
☆
エリザベスに会ったミアは、ふたりで話したいと伝え、ジェームズを乳母に預けてもらい場所を移動してもらった。
「ふたりで、ということは、ルークに聞いたのね?」
「はい、一応は。望んでいる答えではないと思いますが…」
適齢期まではまだ少しあること、若いうちに注目を浴びるのが嫌で年齢を気にしていたことをエリザベスに話した。
「どれもルークが言いそうなことではあるけれど…、でも、もうその年齢で偉業を達成することからは逃れられないのよ。魔術学校から騎士学校への転入も異例、騎士学校を飛び級で修了していることも異例、騎士歴五年で半年の期間をかける遠征の副隊長への任命も異例、それから褒賞、婚約、結婚の若さも異例。ルークには異例しかないの」
今まで、意識していなかった異例が、次々とエリザベスから聞こえてきた。ルークは自分から多くを話す人ではないから、ミアが疑問に思って尋ねないと話してくれない。
オッドアイを隠して生きるなかで、ここまでの異例を受け続けてきたのがルークだ。その内容をこうして一度に並べられると、頭を殴られたような衝撃がある。その異例には、チャールズが重用することも関係があるのだろうけど、それにしてもルークが背負っているものはやはり大きい。
「ミア、貴女はどう思う? ルークと一緒にいて、何か悪く、辛く感じたことはある?」
「…不自由とか、そんなことはないです。前の家のほうがずっと嫌です」
「ウェルスリー公爵家を思い出してもルークのところがいいと思うなら、ミアの一生の任務も分かりやすいわね。私もチャールズを一生支える任務を負っているの。ミアも同じなのよ」
(ルークを支えるのが、私の一生の任務……)
ルークに出会ってからはずっと、ルークに合わせて生きている。ルークの気分で押し倒されたり、何もなく添い寝するだけだったり。庭を散歩して魔力で遊ぶのも、ルークが連れ出してくれる。小説を読むことだって、ルークが新しいものを買ってくれるからできる楽しみだ。
あのときから、ミアはルークが外で果てることについて聞かなかった。ルークが望まないのであれば、それでいい。エリザベスを見ていると、子どもがいるのも良さそうに思えてくるが、ミアが生きられるのはルークが居てこそなのだ。
それでも王妃エリザベスからは、オッドアイ魔術師の妻としての役割を求められている。ルークを納得させられるとは、思えなかった。
「…ルーク、どうして外に出すの」
「王子を見て、思うことあった?」
少し、意地悪な返しだったかもしれない。歯切れが悪く、ミアが言い出すのを迷った質問なのはすぐに分かった。何よりジェームズに会ったときの戸惑いを、ミアもその場で見ている。むしろ、今まで触れないでくれたことがありがたかった。
「うーん…、今すぐにとは思わないけど、いつかは…」
「授かるには、まだ早いかなって思うんだ。ミアはもうすぐ結婚適齢期、つまり妊娠適齢期なわけだけど、僕の適齢期にはあと二年ある。若いうちから視線を集めすぎるのも、辛いから」
飛び級で修了したり、褒賞をもらうのも異例だったり。誰からの声も届かないところで暮らしたいと思っているし、ルーク自身、赤ん坊にあんなに触れられないものだとは思わなかった。
適齢期が来れば抵抗がなくなるとか、知識を入れておけばいいとか、それだけの話ではないと、あのとき直感した。
騎士生活を送るなかで、当然先輩や後輩、上司部下と、人間関係はそれなりに作ってきた。人としての好みや苦手はあるが、ただでさえ嫉妬の目を向けられやすいし、多少不愛想に見えたとしても仕事上の付き合いとして、円滑に任務が回るよう、気をつけてきたつもりだ。それが、アーサーやジョン、チャールズからの信頼に繋がっている。
だが、皆と同じような家族や友人のいなかったルークには、得られていない感情もあった。愛情や執着は、ミアと出会って初めて知ったものだ。ミアに会うまで女性に興味がなかったのも、幼いころから育まれるべき感情が抜け落ちていたからだと思えば、納得できた。
結局、それも匂いを持った番がミアだったからで、ミア以外には愛情が抜け落ちたままなのではないか。ひとりで感づいていた仮説が、ジェームズ王子という、誰もが可愛いと近づくであろう赤ん坊に会ったことで、より高い信憑性を持ってしまった。
公爵家にいたころのミアも、ルークと同じように愛情は受けられていないし、むしろルークにはジョンやチャールズがいたため、ミアよりも愛情が育まれていそうだが、実際は小説好きで、その内容で感情を揺らすことに躊躇がなかったミアのほうが、まともに成長したのだろう。
ルークは基本的に、騎士学校とジョンからの個別指導で忙しく、尊敬することはあっても、その他の感情は薄いのかもしれない。ミアと過ごした間に、初めて抱いたと自覚する感情が、本当に多かった。
☆
ミアは、それ以上何も聞かなかった。聞けなかった。
エリザベスから、普通、男性は二十歳まで学生であることも聞いたから、二十二歳のルークが褒賞をもらって結婚している事実がどれだけ異例で重いことなのか、少しは理解しているつもりだ。
それに、婚約生活のなかでルークが気にしていたことは、初夜のための心の距離や紋章の魔力だけではないのも、ミアは感じ取っていた。
ミアが公爵家にいたときに、まともに食事を取っていなかったことをルークは知っているし、そのせいで体が細いことも知られている。きっと、月経が規則的にきているのかどうか、ルークは確認しているのだろう。月経が来ていないのであれば、妊娠はできない。毎日このベッドで一緒に寝ているのだから、分かっていて当然だろう。
☆
エリザベスに会ったミアは、ふたりで話したいと伝え、ジェームズを乳母に預けてもらい場所を移動してもらった。
「ふたりで、ということは、ルークに聞いたのね?」
「はい、一応は。望んでいる答えではないと思いますが…」
適齢期まではまだ少しあること、若いうちに注目を浴びるのが嫌で年齢を気にしていたことをエリザベスに話した。
「どれもルークが言いそうなことではあるけれど…、でも、もうその年齢で偉業を達成することからは逃れられないのよ。魔術学校から騎士学校への転入も異例、騎士学校を飛び級で修了していることも異例、騎士歴五年で半年の期間をかける遠征の副隊長への任命も異例、それから褒賞、婚約、結婚の若さも異例。ルークには異例しかないの」
今まで、意識していなかった異例が、次々とエリザベスから聞こえてきた。ルークは自分から多くを話す人ではないから、ミアが疑問に思って尋ねないと話してくれない。
オッドアイを隠して生きるなかで、ここまでの異例を受け続けてきたのがルークだ。その内容をこうして一度に並べられると、頭を殴られたような衝撃がある。その異例には、チャールズが重用することも関係があるのだろうけど、それにしてもルークが背負っているものはやはり大きい。
「ミア、貴女はどう思う? ルークと一緒にいて、何か悪く、辛く感じたことはある?」
「…不自由とか、そんなことはないです。前の家のほうがずっと嫌です」
「ウェルスリー公爵家を思い出してもルークのところがいいと思うなら、ミアの一生の任務も分かりやすいわね。私もチャールズを一生支える任務を負っているの。ミアも同じなのよ」
(ルークを支えるのが、私の一生の任務……)
ルークに出会ってからはずっと、ルークに合わせて生きている。ルークの気分で押し倒されたり、何もなく添い寝するだけだったり。庭を散歩して魔力で遊ぶのも、ルークが連れ出してくれる。小説を読むことだって、ルークが新しいものを買ってくれるからできる楽しみだ。
あのときから、ミアはルークが外で果てることについて聞かなかった。ルークが望まないのであれば、それでいい。エリザベスを見ていると、子どもがいるのも良さそうに思えてくるが、ミアが生きられるのはルークが居てこそなのだ。
それでも王妃エリザベスからは、オッドアイ魔術師の妻としての役割を求められている。ルークを納得させられるとは、思えなかった。
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