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4.茶会・夜会にて
5.王妃からの宿題
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茶会のあとも、週に二回の淑女教育という名の、エリザベスの話し相手をすることは続いていた。エリザベスがジェームズをあやしていることが多かったが、今日は乳母に任せてエリザベスとふたりきりだ。
使用人が紅茶と焼菓子を運んできて、ミアはいつものように手を付ける。王家で出るものを当然のように食べるのは、王都に住んでいたとしても珍しいことだと、使用人たちに習った。エリザベスに話すと、「オッドアイだから関係ないわ、好きに食べて」と言われ、一時は遠慮しようと思ったが態度を戻した。
「ミア、少し込み入ったことを聞くけれど」
「はい」
エリザベスの表情に、いつもの笑みがない。何か、世間話とは違う、真剣な話をしたいのだ。
「子どもを成すことについて、考えたことはある?」
「…いいえ」
確かに、この質問はふたりきりのほうがいいかもしれない。ミアの夫で番のルークは、セントレ王国で一番魔力量の多い強力な魔術師で、その後継の話である。ルークがジェームズへ見せた反応を思い出す限り、あまり現実的ではないだろう。
「ルークと交わってはいるのよね?」
「はい、あったかくてほっとします」
ミアも、ルークと交わるのは好きだ。ルークの魔力に包まれてあったかいし、大切に想ってくれているのが伝わってくる。小説のように言葉で言われたいと思うときもあるけど、内緒にしてある。言えばきっと、ルークは叶えてくれようとする。でも、無理をしてほしいわけではない。
女性同士気の知れた相手で、エリザベスが高位でも、こういう話をするのは迷うものらしい。エリザベスは顎に人差し指の先を当てて、ミアの反応を伺っている。小説でも直接的に描かれることは少ないし、私情が大きく関わる部分だからと納得し、話しかけられるのを待った。
「…ミアにその兆しがないということは、ルークは中には出していないのよね?」
「はい、いつも外に」
あまり気にしていなかったけど、初夜があれば妊娠するのは小説でも定番で、それがルークの行動と関わっているのは分かっていた。
子どもが苦手だから、外に出している。きっとそれを克服するのは、ルークの優先事項に入っていない。入っていれば、ミアと過ごした婚約期間のように、距離を縮めるための何かしらの努力をするはずだ。
(王子様があんなふうに泣くの、もう見たくない)
ミアの知らないところで、今も何かの任務のために準備を進めているのだろう。ミアが聞いた限りでは、その両肩に乗っているものはいつも重い。きっと、ミアは全てを聞ききれてはいない。だから、ルークが背負っているものは、想像よりももっとずっと重い。
「…こんなことを聞いてごめんなさい。でもチャールズが茶化す人でしょう? チャールズとルークだと、こういう話は上手く進まないのよ。任務の話ならどんどん進むのに。ルークも私情はあまり詮索されたくない人でしょう?」
「なんとなく、分かります」
エリザベスのほうが、ミアよりもルークと知り合ったのが早いし、チャールズと会っているときのルークをミアより知っている。このふたりの関係がどういうものなのか、ミアよりも知っているはずだ。
「…褒賞としてミアと婚約して、結婚して。次に公表されるべきはミアの懐妊なの。その報告が出ないと、夫婦仲が悪いとかルークが男性として不能とかミアに問題があるとか、いろんな噂が貴族社会で立ってしまうのよ。そもそも爵位に差がある婚約だったし、ウィンダム家は魔術師を輩出しているのにルーク自身は騎士だから、特にそういう噂が立ちやすい条件は揃っているの」
エリザベスが、肩を竦めながら、用意された紅茶を啜った。「ふたりとも、こんなにいい子なのに」とも言ってくれる。世間から隠れた生活を送っているミアには、外でどんな噂が流れているのかは知り得ない。エリザベスの使用人たちもミアと対面する人で、悪口のようなものを直接は言われない。
ルークが王都の外れにあるあの屋敷で暮らしたがるのは、そういう周囲の言葉から離れる意味もあるのだろうか。婚約して住み始めたときは明らかに、魔の紋章を持っていたミアを隠すためだったけど、今は眼帯を外してのびのびと生活するため以外にも、きっと理由がある。
「でも、ルークのことだから、考えていないわけがないのよね。ミアはまだ十七でしょう? ふたりとも本来の結婚適齢期までもう少しあるし、体つきももう少しふっくらするほうが妊娠には都合がいいわ」
(つまり、エリザベスは…)
いや、エリザベスというより、チャールズも含めた王家が望んでいることだろう。ルークは望んでいないと、聞かなくても分かる。
「ミア、ルークにこの辺りのこと、尋ねてみてくれない? 番との結婚が、王の褒賞だっただけでここまで足を引っ張ることになるとは、ルークも思っていなかったでしょうから…」
「……はい」
一緒に紅茶と焼菓子を楽しんではいるが、いくら親しくなったとはいえ目の前にいるのは王妃だ。ミアにはその頼みを断れなかった。
普通に、例えば小説のように、街ですれ違って出会ったりしていれば、ルークとミアのふたりのペースで事を進められたはずだ。でも、ルークはオッドアイを隠して最強魔術を扱えるのに騎士として働いているし、ミアは魔の紋章を持っていたせいで出生すら伏せられ、解放された今も元の家名を公にされていない。
こうして王宮に出入りできているのはルークの番で、妻であるから。魔術師としてもまだまだ未熟なミア自身が認められているわけではない。妻としての役目は後継ぎを残すことと、淑女教育のなかで年配の使用人から聞いた。王家が、オッドアイ夫婦に子どもを望むというのは、自然な流れに思えた。オッドアイが生まれるかは分からないにしても、強力な魔術師が生まれるのは確定的なのだろう。
ただ、子どもに対するルークの反応を思い出すと、やはり現実的ではない。エリザベスも、ルークがジェームズと対面したあの場に居た人だから、ルークが子どもに対して戸惑っていたのは知っている。
それでも、ルークがどう思っているのか、ミアに問わせようとする。エリザベスからの言葉は、友人のお節介ではなく、王妃の命令だ。
それ以外にも、ルークがいろんなことを考えて、根回ししているのは掴めてきた。
婚約してから、ルークが日常の買い物に出掛けるとき以外は、ずっと同じ屋根の下に居られるのだ。大戦果を上げる騎士が、新婚だからとはいえ、一時の平和をこんなにも一緒に過ごしてくれるものなのだろうか。
結婚してからは王家所属の騎士となり、ルークはチャールズの外交や政治を手伝っているらしい。次の任務の足掛かりなのは、なんとなく感じているけど、本来、辺境地にある屋敷に半年間、ひとりで滞在を任されるような、王都から長期間離れる任務につくような地位の人が、週に二回の稼働でいいわけがない。
婚約期間も、「まとまった休暇なんて取ったことがないから」と言われ信じていたけど、結局はミアの魔の紋章を解く任務があって、表舞台から身を引く口実だった。ただ、ルークにとって休暇だったことは間違いないのかもしれない。ルークの優しさは、とても任務だけで接してくれているものだとは思えなかった。
交わりのための危険回避だとしても、演技でできるような器用さは持っていないのだろう。そうでなければ、初夜のあと、王家への報告を終えて安堵したルークが、涙を流すわけがないのだ。
夫であるルークが、今まで背負ってきたものが見えてくるたび、事実に驚き、受け入れていくなかで、どんどんルークへの理解も深まっていく。それでも、今回の件をルークがどう処理するのか、予想はつかなかった。
使用人が紅茶と焼菓子を運んできて、ミアはいつものように手を付ける。王家で出るものを当然のように食べるのは、王都に住んでいたとしても珍しいことだと、使用人たちに習った。エリザベスに話すと、「オッドアイだから関係ないわ、好きに食べて」と言われ、一時は遠慮しようと思ったが態度を戻した。
「ミア、少し込み入ったことを聞くけれど」
「はい」
エリザベスの表情に、いつもの笑みがない。何か、世間話とは違う、真剣な話をしたいのだ。
「子どもを成すことについて、考えたことはある?」
「…いいえ」
確かに、この質問はふたりきりのほうがいいかもしれない。ミアの夫で番のルークは、セントレ王国で一番魔力量の多い強力な魔術師で、その後継の話である。ルークがジェームズへ見せた反応を思い出す限り、あまり現実的ではないだろう。
「ルークと交わってはいるのよね?」
「はい、あったかくてほっとします」
ミアも、ルークと交わるのは好きだ。ルークの魔力に包まれてあったかいし、大切に想ってくれているのが伝わってくる。小説のように言葉で言われたいと思うときもあるけど、内緒にしてある。言えばきっと、ルークは叶えてくれようとする。でも、無理をしてほしいわけではない。
女性同士気の知れた相手で、エリザベスが高位でも、こういう話をするのは迷うものらしい。エリザベスは顎に人差し指の先を当てて、ミアの反応を伺っている。小説でも直接的に描かれることは少ないし、私情が大きく関わる部分だからと納得し、話しかけられるのを待った。
「…ミアにその兆しがないということは、ルークは中には出していないのよね?」
「はい、いつも外に」
あまり気にしていなかったけど、初夜があれば妊娠するのは小説でも定番で、それがルークの行動と関わっているのは分かっていた。
子どもが苦手だから、外に出している。きっとそれを克服するのは、ルークの優先事項に入っていない。入っていれば、ミアと過ごした婚約期間のように、距離を縮めるための何かしらの努力をするはずだ。
(王子様があんなふうに泣くの、もう見たくない)
ミアの知らないところで、今も何かの任務のために準備を進めているのだろう。ミアが聞いた限りでは、その両肩に乗っているものはいつも重い。きっと、ミアは全てを聞ききれてはいない。だから、ルークが背負っているものは、想像よりももっとずっと重い。
「…こんなことを聞いてごめんなさい。でもチャールズが茶化す人でしょう? チャールズとルークだと、こういう話は上手く進まないのよ。任務の話ならどんどん進むのに。ルークも私情はあまり詮索されたくない人でしょう?」
「なんとなく、分かります」
エリザベスのほうが、ミアよりもルークと知り合ったのが早いし、チャールズと会っているときのルークをミアより知っている。このふたりの関係がどういうものなのか、ミアよりも知っているはずだ。
「…褒賞としてミアと婚約して、結婚して。次に公表されるべきはミアの懐妊なの。その報告が出ないと、夫婦仲が悪いとかルークが男性として不能とかミアに問題があるとか、いろんな噂が貴族社会で立ってしまうのよ。そもそも爵位に差がある婚約だったし、ウィンダム家は魔術師を輩出しているのにルーク自身は騎士だから、特にそういう噂が立ちやすい条件は揃っているの」
エリザベスが、肩を竦めながら、用意された紅茶を啜った。「ふたりとも、こんなにいい子なのに」とも言ってくれる。世間から隠れた生活を送っているミアには、外でどんな噂が流れているのかは知り得ない。エリザベスの使用人たちもミアと対面する人で、悪口のようなものを直接は言われない。
ルークが王都の外れにあるあの屋敷で暮らしたがるのは、そういう周囲の言葉から離れる意味もあるのだろうか。婚約して住み始めたときは明らかに、魔の紋章を持っていたミアを隠すためだったけど、今は眼帯を外してのびのびと生活するため以外にも、きっと理由がある。
「でも、ルークのことだから、考えていないわけがないのよね。ミアはまだ十七でしょう? ふたりとも本来の結婚適齢期までもう少しあるし、体つきももう少しふっくらするほうが妊娠には都合がいいわ」
(つまり、エリザベスは…)
いや、エリザベスというより、チャールズも含めた王家が望んでいることだろう。ルークは望んでいないと、聞かなくても分かる。
「ミア、ルークにこの辺りのこと、尋ねてみてくれない? 番との結婚が、王の褒賞だっただけでここまで足を引っ張ることになるとは、ルークも思っていなかったでしょうから…」
「……はい」
一緒に紅茶と焼菓子を楽しんではいるが、いくら親しくなったとはいえ目の前にいるのは王妃だ。ミアにはその頼みを断れなかった。
普通に、例えば小説のように、街ですれ違って出会ったりしていれば、ルークとミアのふたりのペースで事を進められたはずだ。でも、ルークはオッドアイを隠して最強魔術を扱えるのに騎士として働いているし、ミアは魔の紋章を持っていたせいで出生すら伏せられ、解放された今も元の家名を公にされていない。
こうして王宮に出入りできているのはルークの番で、妻であるから。魔術師としてもまだまだ未熟なミア自身が認められているわけではない。妻としての役目は後継ぎを残すことと、淑女教育のなかで年配の使用人から聞いた。王家が、オッドアイ夫婦に子どもを望むというのは、自然な流れに思えた。オッドアイが生まれるかは分からないにしても、強力な魔術師が生まれるのは確定的なのだろう。
ただ、子どもに対するルークの反応を思い出すと、やはり現実的ではない。エリザベスも、ルークがジェームズと対面したあの場に居た人だから、ルークが子どもに対して戸惑っていたのは知っている。
それでも、ルークがどう思っているのか、ミアに問わせようとする。エリザベスからの言葉は、友人のお節介ではなく、王妃の命令だ。
それ以外にも、ルークがいろんなことを考えて、根回ししているのは掴めてきた。
婚約してから、ルークが日常の買い物に出掛けるとき以外は、ずっと同じ屋根の下に居られるのだ。大戦果を上げる騎士が、新婚だからとはいえ、一時の平和をこんなにも一緒に過ごしてくれるものなのだろうか。
結婚してからは王家所属の騎士となり、ルークはチャールズの外交や政治を手伝っているらしい。次の任務の足掛かりなのは、なんとなく感じているけど、本来、辺境地にある屋敷に半年間、ひとりで滞在を任されるような、王都から長期間離れる任務につくような地位の人が、週に二回の稼働でいいわけがない。
婚約期間も、「まとまった休暇なんて取ったことがないから」と言われ信じていたけど、結局はミアの魔の紋章を解く任務があって、表舞台から身を引く口実だった。ただ、ルークにとって休暇だったことは間違いないのかもしれない。ルークの優しさは、とても任務だけで接してくれているものだとは思えなかった。
交わりのための危険回避だとしても、演技でできるような器用さは持っていないのだろう。そうでなければ、初夜のあと、王家への報告を終えて安堵したルークが、涙を流すわけがないのだ。
夫であるルークが、今まで背負ってきたものが見えてくるたび、事実に驚き、受け入れていくなかで、どんどんルークへの理解も深まっていく。それでも、今回の件をルークがどう処理するのか、予想はつかなかった。
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