上 下
39 / 103
4.茶会・夜会にて

5.王妃からの宿題

しおりを挟む
 茶会のあとも、週に二回の淑女教育という名の、エリザベスの話し相手をすることは続いていた。エリザベスがジェームズをあやしていることが多かったが、今日は乳母に任せてエリザベスとふたりきりだ。

 使用人が紅茶と焼菓子を運んできて、ミアはいつものように手を付ける。王家で出るものを当然のように食べるのは、王都に住んでいたとしても珍しいことだと、使用人たちに習った。エリザベスに話すと、「オッドアイだから関係ないわ、好きに食べて」と言われ、一時は遠慮しようと思ったが態度を戻した。

「ミア、少し込み入ったことを聞くけれど」
「はい」

 エリザベスの表情に、いつもの笑みがない。何か、世間話とは違う、真剣な話をしたいのだ。

「子どもを成すことについて、考えたことはある?」
「…いいえ」

 確かに、この質問はふたりきりのほうがいいかもしれない。ミアの夫で番のルークは、セントレ王国で一番魔力量の多い強力な魔術師で、その後継の話である。ルークがジェームズへ見せた反応を思い出す限り、あまり現実的ではないだろう。

「ルークと交わってはいるのよね?」
「はい、あったかくてほっとします」

 ミアも、ルークと交わるのは好きだ。ルークの魔力に包まれてあったかいし、大切に想ってくれているのが伝わってくる。小説のように言葉で言われたいと思うときもあるけど、内緒にしてある。言えばきっと、ルークは叶えてくれようとする。でも、無理をしてほしいわけではない。

 女性同士気の知れた相手で、エリザベスが高位でも、こういう話をするのは迷うものらしい。エリザベスは顎に人差し指の先を当てて、ミアの反応を伺っている。小説でも直接的に描かれることは少ないし、私情が大きく関わる部分だからと納得し、話しかけられるのを待った。

「…ミアにその兆しがないということは、ルークは中には出していないのよね?」
「はい、いつも外に」

 あまり気にしていなかったけど、初夜があれば妊娠するのは小説でも定番で、それがルークの行動と関わっているのは分かっていた。

 子どもが苦手だから、外に出している。きっとそれを克服するのは、ルークの優先事項に入っていない。入っていれば、ミアと過ごした婚約期間のように、距離を縮めるための何かしらの努力をするはずだ。

(王子様があんなふうに泣くの、もう見たくない)

 ミアの知らないところで、今も何かの任務のために準備を進めているのだろう。ミアが聞いた限りでは、その両肩に乗っているものはいつも重い。きっと、ミアは全てを聞ききれてはいない。だから、ルークが背負っているものは、想像よりももっとずっと重い。

「…こんなことを聞いてごめんなさい。でもチャールズが茶化す人でしょう? チャールズとルークだと、こういう話は上手く進まないのよ。任務の話ならどんどん進むのに。ルークも私情はあまり詮索されたくない人でしょう?」
「なんとなく、分かります」

 エリザベスのほうが、ミアよりもルークと知り合ったのが早いし、チャールズと会っているときのルークをミアより知っている。このふたりの関係がどういうものなのか、ミアよりも知っているはずだ。

「…褒賞としてミアと婚約して、結婚して。次に公表されるべきはミアの懐妊なの。その報告が出ないと、夫婦仲が悪いとかルークが男性として不能とかミアに問題があるとか、いろんな噂が貴族社会で立ってしまうのよ。そもそも爵位に差がある婚約だったし、ウィンダム家は魔術師を輩出しているのにルーク自身は騎士だから、特にそういう噂が立ちやすい条件は揃っているの」

 エリザベスが、肩を竦めながら、用意された紅茶を啜った。「ふたりとも、こんなにいい子なのに」とも言ってくれる。世間から隠れた生活を送っているミアには、外でどんな噂が流れているのかは知り得ない。エリザベスの使用人たちもミアと対面する人で、悪口のようなものを直接は言われない。

 ルークが王都の外れにあるあの屋敷で暮らしたがるのは、そういう周囲の言葉から離れる意味もあるのだろうか。婚約して住み始めたときは明らかに、魔の紋章を持っていたミアを隠すためだったけど、今は眼帯を外してのびのびと生活するため以外にも、きっと理由がある。

「でも、ルークのことだから、考えていないわけがないのよね。ミアはまだ十七でしょう? ふたりとも本来の結婚適齢期までもう少しあるし、体つきももう少しふっくらするほうが妊娠には都合がいいわ」

(つまり、エリザベスは…)

 いや、エリザベスというより、チャールズも含めた王家が望んでいることだろう。ルークは望んでいないと、聞かなくても分かる。

「ミア、ルークにこの辺りのこと、尋ねてみてくれない? 番との結婚が、王の褒賞だっただけでここまで足を引っ張ることになるとは、ルークも思っていなかったでしょうから…」
「……はい」

 一緒に紅茶と焼菓子を楽しんではいるが、いくら親しくなったとはいえ目の前にいるのは王妃だ。ミアにはその頼みを断れなかった。


 普通に、例えば小説のように、街ですれ違って出会ったりしていれば、ルークとミアのふたりのペースで事を進められたはずだ。でも、ルークはオッドアイを隠して最強魔術を扱えるのに騎士として働いているし、ミアは魔の紋章を持っていたせいで出生すら伏せられ、解放された今も元の家名を公にされていない。

 こうして王宮に出入りできているのはルークの番で、妻であるから。魔術師としてもまだまだ未熟なミア自身が認められているわけではない。妻としての役目は後継ぎを残すことと、淑女教育のなかで年配の使用人から聞いた。王家が、オッドアイ夫婦に子どもを望むというのは、自然な流れに思えた。オッドアイが生まれるかは分からないにしても、強力な魔術師が生まれるのは確定的なのだろう。

 ただ、子どもに対するルークの反応を思い出すと、やはり現実的ではない。エリザベスも、ルークがジェームズと対面したあの場に居た人だから、ルークが子どもに対して戸惑っていたのは知っている。

 それでも、ルークがどう思っているのか、ミアに問わせようとする。エリザベスからの言葉は、友人のお節介ではなく、王妃の命令だ。


 それ以外にも、ルークがいろんなことを考えて、根回ししているのは掴めてきた。

 婚約してから、ルークが日常の買い物に出掛けるとき以外は、ずっと同じ屋根の下に居られるのだ。大戦果を上げる騎士が、新婚だからとはいえ、一時の平和をこんなにも一緒に過ごしてくれるものなのだろうか。

 結婚してからは王家所属の騎士となり、ルークはチャールズの外交や政治を手伝っているらしい。次の任務の足掛かりなのは、なんとなく感じているけど、本来、辺境地にある屋敷に半年間、ひとりで滞在を任されるような、王都から長期間離れる任務につくような地位の人が、週に二回の稼働でいいわけがない。

 婚約期間も、「まとまった休暇なんて取ったことがないから」と言われ信じていたけど、結局はミアの魔の紋章を解く任務があって、表舞台から身を引く口実だった。ただ、ルークにとって休暇だったことは間違いないのかもしれない。ルークの優しさは、とても任務だけで接してくれているものだとは思えなかった。

 交わりのための危険回避だとしても、演技でできるような器用さは持っていないのだろう。そうでなければ、初夜のあと、王家への報告を終えて安堵したルークが、涙を流すわけがないのだ。

 夫であるルークが、今まで背負ってきたものが見えてくるたび、事実に驚き、受け入れていくなかで、どんどんルークへの理解も深まっていく。それでも、今回の件をルークがどう処理するのか、予想はつかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...