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4.茶会・夜会にて
3.国王夫妻の王子
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エリザベスが出産を終えたことは、王宮に出入りしているルークとミアの耳にももちろん入っていた。想定外だったのは、エリザベスが産後、初めて主催する茶会に招待されたのがルークとミアだけだったことだ。その茶会は公式ではあるものの、非公開で行うと記され、これも異例だった。
王家の公的な手紙に使われる印章入りの手紙が屋敷に届き、何事かと思ったルークだが、内容はいつものエリザベス節で、かなり砕けた口調で書かれていた。王家主催の、しかも出産準備のためしばらく開かれていなかった茶会に、わざわざ「気楽な格好でしゃべりに来て」と書いてあるのだ。
公式である以上、使用人たちの記憶を魔術で消すことはない。ミアは、エリザベスとひさびさに話せるのを楽しみにしていたが、ルークはそんな気分になれなかった。
女性に興味がなかったルークは、貴族と言っても一代爵で、友人として距離を縮めるための茶会に出席することもなかった。そんな暇はないと断るために、任務に就いていたと言ってもいい。チャールズと一緒にエリザベスの茶会についていった、その数回の経験しかない。
しかも、王家主催の公式茶会は初めてだ。形式上、王家の印章を使った公的文書である。楽し気なミアを前に、どうやっても断る文言は見つからなかった。
☆
生まれたばかりの王子を乳母に預け、エリザベスはチャールズとともに茶会へ出席するため、準備を行わせていた。
ルークとミアだけを呼んだのは、他でもない、このふたりなら公式と言っても気を張らずに話せるからで、産後で戻り切っていない体型を見られてもいいと思えるふたりだからだ。
前もって、ミアにはルークと転移したあと、エリザベスの執務室でドレスに着替えればいいと伝えておいた。使用人たちにもそれは命じてある。
チャールズに聞いた限りでは、ミアは結婚式でもコルセットをつけていなかったようだし、ルークにそれくらいのサプライズがあってもいいだろう。もちろんチャールズには、ミアの準備の間、ルークを引き付けておくように言ってある。
☆
ミアはいつもどおりのワンピース姿で、ルークにエリザベスの執務室まで送ってもらった。室内にはすでにエリザベスの使用人たちが待っていて、言われるがままに着付けられ、メイクを施され髪を結い上げられる。
「まあ、なんてお綺麗なの!」
「本当にお美しいです、ミア様」
「もっと表に出られたらいいのに」
「もったいないですわね」
「でもほら、旦那様は独り占めされたいのでは?」
「それもそうですわね」
すっかり仲良くなった使用人たちが、ミアの姿を見てはしゃいでいる。半信半疑で鏡を見たときには、あまりに普段と違って違和感しかなく、特に喜ぶこともできなかった。でも、こういう格好をルークがどう思うのかは、気になった。
☆
ミアを送ってから、一時間ほどチャールズの執務室で過ごしていたルークは、チャールズが国王として茶会の準備をするのを見ることとなった。
国王だからといって、ルークと会う日に毎日国王と分かる服を着ているわけではなく、必要なときだけ着用している。王宮に来るときは騎士服を着ているルークだが、普段はもっと気楽に過ごせる、身分や職業の分からない服を着ているため、チャールズがそういった服を好むのも十分理解できた。
エリザベスの執務室の前で待っていたいのは山々だが、あの扉の前にももれなく衛兵がいる。ミアを送っていくだけでも違和感のある視線を向けられてしまう。部屋の前で待つのは少し気まずいが、それでも待ちたくなった。
王家主催の公式の茶会で、普段着のままエリザベスの執務室へ入ったミアには、きっとエリザベスが用意した衣装があるのだろう。ミアが貴族令嬢として着飾る姿は初めて見る。こういった準備に慣れたエリザベスの使用人たちは、ミアをそんなふうに仕立てたのだろう。
執務室の扉が開いて、はっと顔を上げる。
「ルーク」
「…ミア」
衛兵やエリザベスの使用人が見ているが、気にせず膝を折り頭を下げた。ミアがドレスの裾を持ち、応えてくれる。ルークが手を伸ばすと、ミアが添うように近寄り、会場となる食堂へ足を向けた。
「…すごく綺麗」
周りに衛兵などがいなくなってから、耳元で囁くと、ミアは俯いてしまった。耳や頬がほんのりと赤いだろうか。
(可愛い……)
この姿が見られるのであれば、公式の茶会や夜会に出るのも悪くないかもしれない。初夜の前とはまた違った動悸を、食堂に着く前に治める必要がある。
相応しい人が、相応しい格好をしている。ミアは多少女性らしい体つきになって、眼帯はしているものの、どこに行っても目を引く女性なのは、夫の贔屓目だろうか。廊下を歩く間も、同化魔術でミアの姿を隠したいほどだった。
☆
普段の茶会であれば、交友関係を公言する場でもあるため、あえて人目につくように王宮の庭で行うと教わった。
今回は、公式の茶会ではあるものの、エリザベスの希望により非公開、食堂で行われることになったそうだ。公式のため、関わる衛兵や使用人たちに忘却魔術をかけることはないし、チャールズが姿勢を崩すこともない。
エリザベスの執務室に迎えに来てくれたルークは、いつもと同じ騎士服だったけど、いつも以上に王子様に見えた。エスコートされる日が来るなんて、思ってもみなかった。
よく顔を合わせる面々ではあるけど、全員が貴族の振る舞いをしている。初めての公式の茶会だが見慣れた顔ばかりで、特に緊張することはなく、ちょうどいい実践の機会でもあって、普段よりも貴族的な会話を楽しんだ。
十二分に紅茶と甘いものを楽しんだあと、チャールズとエリザベスが使用人に声を掛け、先に席を立つ。
「ついて来てほしい。特別なことでもないが」
そう言われ、使用人や衛兵を伴わずに国王夫妻が廊下を進んでいく。ルークを見ながら立ち上がって、慌ててついていく。どうやらルークも、このあと何が起きるのかは知らないようだった。使用人たちの反応を見るに、この流れは決まっていたようで、自分の持ち場の仕事を全うしていた。
(えっ)
国王夫妻が立ち止まった部屋には、見覚えがあった。エリザベスが出産前後を過ごした寝室である。チャールズが入るのはまだ分かるけど、ルークもここに立ち入るのだろうか。エリザベス本人もその夫であるチャールズもいるから、ミアが心配することではないのかもしれない。
チャールズが国王らしくなく、かなり気を遣って静かに扉を開けたその先には、年配女性の後ろ姿が見えた。振り返った女性の腕には、赤ん坊が抱かれている。
「我が国の王子を、初めに見てもらうのはふたりがいいと思ってな」
さすがのミアにも、これが大事件なのは分かった。あのルークが、息を止めて驚いている。今日がエリザベスの出産後、初めての公式茶会で、王家の使用人など、直接の関係者以外で王子の姿を見たのは、確実にルークとミアが最初だ。
「ジェームズだ。よく動くし元気な子だよ」
促されて近づいて手を伸ばしても、国王夫妻に止められることはなかった。ご機嫌なジェームズ王子は、ミアの人差し指をぎゅっと握って離さない。少し揺らしてあげると、きゃっきゃっと声を上げて笑う。
(かわいい……)
ミアには弟妹がいるが、こんなふうに触れたことは当然なく、無防備な笑顔に自然と口角が上がった。
「ルーク、王子、すごくあったかいよ」
ジェームズに近付いてこないルークに、振り返って声を掛けた。ルークの表情は珍しく硬いままで、緊張しているようだった。
(私が呼んだから、近付いてはくれるけど…)
ルークは一切、ジェームズに触れようとしない。その視線がミアに向いているのも分かる。
「抱いてみる?」
「いいんですか?」
「ええ、ジェームズもミアを気に入ったようだし」
エリザベスの許可をもらい、乳母の手ほどきを受けながらミアが抱えたジェームズはあたたかくて、ミルクの匂いがして、ミアに口を大きく開いて笑いかけてくる。ルークの様子が気になるのに、ミアもつられて笑い返してしまう。
エリザベスを見ると、ミアに頷いてくれて、しばらくの間ジェームズを腕に収め、寝室をゆっくりと歩き、窓から見える景色について話しかけてみた。つまらないのか、それとも眠いだけなのか、ぐずり出してしまい、ジェームズを乳母に返す。ルークの元に戻っても、その表情は硬いままだ。
王子をルークとミアに見せることが今回の茶会の目的だったらしく、この寝室から帰宅することを許された。
ルークの転移魔術で帰ってきてからも、ミアがジェームズを見たときのルークの反応を問うことはしなかった。ミアが知る限り、ルークには苦手なものが少ない。知識がないことがあの反応に繋がっているのなら、ルークは自分で知識をつけて解決する。ルークもそのことを話題にしなかったから、それで正解だったのだろう。
王家の公的な手紙に使われる印章入りの手紙が屋敷に届き、何事かと思ったルークだが、内容はいつものエリザベス節で、かなり砕けた口調で書かれていた。王家主催の、しかも出産準備のためしばらく開かれていなかった茶会に、わざわざ「気楽な格好でしゃべりに来て」と書いてあるのだ。
公式である以上、使用人たちの記憶を魔術で消すことはない。ミアは、エリザベスとひさびさに話せるのを楽しみにしていたが、ルークはそんな気分になれなかった。
女性に興味がなかったルークは、貴族と言っても一代爵で、友人として距離を縮めるための茶会に出席することもなかった。そんな暇はないと断るために、任務に就いていたと言ってもいい。チャールズと一緒にエリザベスの茶会についていった、その数回の経験しかない。
しかも、王家主催の公式茶会は初めてだ。形式上、王家の印章を使った公的文書である。楽し気なミアを前に、どうやっても断る文言は見つからなかった。
☆
生まれたばかりの王子を乳母に預け、エリザベスはチャールズとともに茶会へ出席するため、準備を行わせていた。
ルークとミアだけを呼んだのは、他でもない、このふたりなら公式と言っても気を張らずに話せるからで、産後で戻り切っていない体型を見られてもいいと思えるふたりだからだ。
前もって、ミアにはルークと転移したあと、エリザベスの執務室でドレスに着替えればいいと伝えておいた。使用人たちにもそれは命じてある。
チャールズに聞いた限りでは、ミアは結婚式でもコルセットをつけていなかったようだし、ルークにそれくらいのサプライズがあってもいいだろう。もちろんチャールズには、ミアの準備の間、ルークを引き付けておくように言ってある。
☆
ミアはいつもどおりのワンピース姿で、ルークにエリザベスの執務室まで送ってもらった。室内にはすでにエリザベスの使用人たちが待っていて、言われるがままに着付けられ、メイクを施され髪を結い上げられる。
「まあ、なんてお綺麗なの!」
「本当にお美しいです、ミア様」
「もっと表に出られたらいいのに」
「もったいないですわね」
「でもほら、旦那様は独り占めされたいのでは?」
「それもそうですわね」
すっかり仲良くなった使用人たちが、ミアの姿を見てはしゃいでいる。半信半疑で鏡を見たときには、あまりに普段と違って違和感しかなく、特に喜ぶこともできなかった。でも、こういう格好をルークがどう思うのかは、気になった。
☆
ミアを送ってから、一時間ほどチャールズの執務室で過ごしていたルークは、チャールズが国王として茶会の準備をするのを見ることとなった。
国王だからといって、ルークと会う日に毎日国王と分かる服を着ているわけではなく、必要なときだけ着用している。王宮に来るときは騎士服を着ているルークだが、普段はもっと気楽に過ごせる、身分や職業の分からない服を着ているため、チャールズがそういった服を好むのも十分理解できた。
エリザベスの執務室の前で待っていたいのは山々だが、あの扉の前にももれなく衛兵がいる。ミアを送っていくだけでも違和感のある視線を向けられてしまう。部屋の前で待つのは少し気まずいが、それでも待ちたくなった。
王家主催の公式の茶会で、普段着のままエリザベスの執務室へ入ったミアには、きっとエリザベスが用意した衣装があるのだろう。ミアが貴族令嬢として着飾る姿は初めて見る。こういった準備に慣れたエリザベスの使用人たちは、ミアをそんなふうに仕立てたのだろう。
執務室の扉が開いて、はっと顔を上げる。
「ルーク」
「…ミア」
衛兵やエリザベスの使用人が見ているが、気にせず膝を折り頭を下げた。ミアがドレスの裾を持ち、応えてくれる。ルークが手を伸ばすと、ミアが添うように近寄り、会場となる食堂へ足を向けた。
「…すごく綺麗」
周りに衛兵などがいなくなってから、耳元で囁くと、ミアは俯いてしまった。耳や頬がほんのりと赤いだろうか。
(可愛い……)
この姿が見られるのであれば、公式の茶会や夜会に出るのも悪くないかもしれない。初夜の前とはまた違った動悸を、食堂に着く前に治める必要がある。
相応しい人が、相応しい格好をしている。ミアは多少女性らしい体つきになって、眼帯はしているものの、どこに行っても目を引く女性なのは、夫の贔屓目だろうか。廊下を歩く間も、同化魔術でミアの姿を隠したいほどだった。
☆
普段の茶会であれば、交友関係を公言する場でもあるため、あえて人目につくように王宮の庭で行うと教わった。
今回は、公式の茶会ではあるものの、エリザベスの希望により非公開、食堂で行われることになったそうだ。公式のため、関わる衛兵や使用人たちに忘却魔術をかけることはないし、チャールズが姿勢を崩すこともない。
エリザベスの執務室に迎えに来てくれたルークは、いつもと同じ騎士服だったけど、いつも以上に王子様に見えた。エスコートされる日が来るなんて、思ってもみなかった。
よく顔を合わせる面々ではあるけど、全員が貴族の振る舞いをしている。初めての公式の茶会だが見慣れた顔ばかりで、特に緊張することはなく、ちょうどいい実践の機会でもあって、普段よりも貴族的な会話を楽しんだ。
十二分に紅茶と甘いものを楽しんだあと、チャールズとエリザベスが使用人に声を掛け、先に席を立つ。
「ついて来てほしい。特別なことでもないが」
そう言われ、使用人や衛兵を伴わずに国王夫妻が廊下を進んでいく。ルークを見ながら立ち上がって、慌ててついていく。どうやらルークも、このあと何が起きるのかは知らないようだった。使用人たちの反応を見るに、この流れは決まっていたようで、自分の持ち場の仕事を全うしていた。
(えっ)
国王夫妻が立ち止まった部屋には、見覚えがあった。エリザベスが出産前後を過ごした寝室である。チャールズが入るのはまだ分かるけど、ルークもここに立ち入るのだろうか。エリザベス本人もその夫であるチャールズもいるから、ミアが心配することではないのかもしれない。
チャールズが国王らしくなく、かなり気を遣って静かに扉を開けたその先には、年配女性の後ろ姿が見えた。振り返った女性の腕には、赤ん坊が抱かれている。
「我が国の王子を、初めに見てもらうのはふたりがいいと思ってな」
さすがのミアにも、これが大事件なのは分かった。あのルークが、息を止めて驚いている。今日がエリザベスの出産後、初めての公式茶会で、王家の使用人など、直接の関係者以外で王子の姿を見たのは、確実にルークとミアが最初だ。
「ジェームズだ。よく動くし元気な子だよ」
促されて近づいて手を伸ばしても、国王夫妻に止められることはなかった。ご機嫌なジェームズ王子は、ミアの人差し指をぎゅっと握って離さない。少し揺らしてあげると、きゃっきゃっと声を上げて笑う。
(かわいい……)
ミアには弟妹がいるが、こんなふうに触れたことは当然なく、無防備な笑顔に自然と口角が上がった。
「ルーク、王子、すごくあったかいよ」
ジェームズに近付いてこないルークに、振り返って声を掛けた。ルークの表情は珍しく硬いままで、緊張しているようだった。
(私が呼んだから、近付いてはくれるけど…)
ルークは一切、ジェームズに触れようとしない。その視線がミアに向いているのも分かる。
「抱いてみる?」
「いいんですか?」
「ええ、ジェームズもミアを気に入ったようだし」
エリザベスの許可をもらい、乳母の手ほどきを受けながらミアが抱えたジェームズはあたたかくて、ミルクの匂いがして、ミアに口を大きく開いて笑いかけてくる。ルークの様子が気になるのに、ミアもつられて笑い返してしまう。
エリザベスを見ると、ミアに頷いてくれて、しばらくの間ジェームズを腕に収め、寝室をゆっくりと歩き、窓から見える景色について話しかけてみた。つまらないのか、それとも眠いだけなのか、ぐずり出してしまい、ジェームズを乳母に返す。ルークの元に戻っても、その表情は硬いままだ。
王子をルークとミアに見せることが今回の茶会の目的だったらしく、この寝室から帰宅することを許された。
ルークの転移魔術で帰ってきてからも、ミアがジェームズを見たときのルークの反応を問うことはしなかった。ミアが知る限り、ルークには苦手なものが少ない。知識がないことがあの反応に繋がっているのなら、ルークは自分で知識をつけて解決する。ルークもそのことを話題にしなかったから、それで正解だったのだろう。
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