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4.茶会・夜会にて
2.資料整理
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ミアを送り届けてから、チャールズの執務室に入る。基本的にチャールズと会うときは王の間か食堂だったため、執務室に入るのは今回が初めてだ。部屋自体は広かったが、ジョンの書斎と同じように上から下まで書物で埋め尽くされていた。
チャールズが言うには、古いものから王宮の地下にある資料室に運ばれているらしいが、それでもこれだけここに残っている。ここにある書物は全て、この国の政治記録である。もれなく、国家機密だ。
執務室の扉の向こうには、衛兵として騎士が立っている。ルークも騎士で、王宮に入る際は制服を着用しているし、王家付きとなった以上、上司扱いとなり会釈をされる。魔術師も距離を取ったところからチャールズの動きを見ているだろう。執務室には魔術道具を使ったジョンの結界が張られているし、ルークも魔術師に気付かれないように気配を消して内側に重ねて張るため、護衛はいてもいなくても同じだ。
「ルークをここに呼んだのは他でもなく、ウェルスリーの動きを探って整理したいからだ。少し話したが、半年前、ルークがウェルスリーを亡き者にしてから、警備隊を東に送っても、決定的な手がかりはない。魔術師と遭遇することはあるようだがな」
あのとき、ウェルスリーと一緒にいた魔術師ももれなく殺したし、忘却魔術もかけた。きっかけがないのは、相手も同じかもしれない。
ただ、警備隊が情報を掴めないのは珍しくはない。基本的に、平和慣れしている国だ。今までの任務でルークが一手に動きすぎているのもあるが、それだけ平和なのだ。
チャールズがこう言うということは、おそらく、予知でも確定的なことが見えていないのだろう。
「…ウェルスリーが、あの隊の主導者だったのは確かです」
「結局のところ、魔術を扱えても強くはなかったのだろう?」
「あの場にいた十人ほどは、皆同程度、中の上といったところでしょうか。ウェルスリーはもう少し強かったかもしれません」
セントレ王国の魔術師の程度はルークも知っていて、その基準で中の上と感じた。だが、東の脅威が、全体でどの程度の魔術力を持っているのかは分からない。
「私は、主導者は別にいると思っている。東にルークを差し向けても主導者は出てこないだろうし、ここに来てもらっているわけだが…」
「目的は分かりました」
「魔術学校で教鞭を取っているジョンに、頻繁に授業を抜けてもらうわけにはいかないからな。ウェルスリーの上に立つ者が分かると話が早いんだが」
「そうですね」
(ウェルスリーの上か…)
ルークが対峙したあの隊は、明らかにウェルスリーの隊だった。ウェルスリーがこちら側を挑発することを前もって知っていたようだったし、ルークと話したことにも動じていなかった。反発する者が見当たらなかったのだ。
あの屋敷に入ったとき、ウェルスリーは長期間帰っておらず、執事も行く先を知らないと言っていた。おそらくあの執事は、ミアの魔の紋章がオッドアイの証であることは知らなかったとしても、当主が魔術師であることは知っていただろう。
ルークが滞在していたときに入れなかった、ウェルスリーの書斎と資料室には何かあると思うが、今のルークはミアと結婚し、義実家でもある。ややこしいことはしたくない。できればこのチャールズの執務室で、決定的な事情を掴みたいところだ。
「とりあえず、東方関連の資料を見てもいいですか」
「もちろんだ。ここにある資料は自由に見てもらって構わないし、なんならここに転移してきてもいい」
「ミアがいるのでそれはしません」
「ああ、そうか」
チャールズはふっと笑ったあと、すぐに真剣な雰囲気に戻った。その表情の変化に違和感を持ったルークは、本棚に向けていた意識をチャールズに向けた。
「義実家、だよな」
「そうなりますね」
「何か、思うことはあるか?」
(何か、とは?)
ミア自身はウェルスリー当主とほぼ面識がない状態で、当主はルークが殺した相手だ。今更、何を思うのだろう。
「ウェルスリーを倒した褒賞として、ミアをもらってるんですよ、僕は」
「そうか、そうだな…」
ただ、そのことをミア本人には伝えられていない。チャールズやエリザベスがミアと会うときに、話を合わせてもらう必要はある。
「気になることがあるとすれば、ミアにはまだ、僕がウェルスリーを殺して、ミアをもらったとは言えてないことくらいですかね」
「それはまあ、知りたがらなければいいんじゃないか。ミアの中ではまだ、父親は生きているんだな」
「消息不明だと思います。亡くなっているかもとは思っていても、確信はしていないか、考えたこともないかもしれません」
「分かった、合わせる」
それからのルークは、ミアを迎えに行く時間を気にしつつ、記録を漁る王宮生活を送った。屋敷に帰ってもミアと過ごしていない時間には、東方の問題を考えていた。何かがずっと引っかかって、思考を止められなかった。
チャールズが言うには、古いものから王宮の地下にある資料室に運ばれているらしいが、それでもこれだけここに残っている。ここにある書物は全て、この国の政治記録である。もれなく、国家機密だ。
執務室の扉の向こうには、衛兵として騎士が立っている。ルークも騎士で、王宮に入る際は制服を着用しているし、王家付きとなった以上、上司扱いとなり会釈をされる。魔術師も距離を取ったところからチャールズの動きを見ているだろう。執務室には魔術道具を使ったジョンの結界が張られているし、ルークも魔術師に気付かれないように気配を消して内側に重ねて張るため、護衛はいてもいなくても同じだ。
「ルークをここに呼んだのは他でもなく、ウェルスリーの動きを探って整理したいからだ。少し話したが、半年前、ルークがウェルスリーを亡き者にしてから、警備隊を東に送っても、決定的な手がかりはない。魔術師と遭遇することはあるようだがな」
あのとき、ウェルスリーと一緒にいた魔術師ももれなく殺したし、忘却魔術もかけた。きっかけがないのは、相手も同じかもしれない。
ただ、警備隊が情報を掴めないのは珍しくはない。基本的に、平和慣れしている国だ。今までの任務でルークが一手に動きすぎているのもあるが、それだけ平和なのだ。
チャールズがこう言うということは、おそらく、予知でも確定的なことが見えていないのだろう。
「…ウェルスリーが、あの隊の主導者だったのは確かです」
「結局のところ、魔術を扱えても強くはなかったのだろう?」
「あの場にいた十人ほどは、皆同程度、中の上といったところでしょうか。ウェルスリーはもう少し強かったかもしれません」
セントレ王国の魔術師の程度はルークも知っていて、その基準で中の上と感じた。だが、東の脅威が、全体でどの程度の魔術力を持っているのかは分からない。
「私は、主導者は別にいると思っている。東にルークを差し向けても主導者は出てこないだろうし、ここに来てもらっているわけだが…」
「目的は分かりました」
「魔術学校で教鞭を取っているジョンに、頻繁に授業を抜けてもらうわけにはいかないからな。ウェルスリーの上に立つ者が分かると話が早いんだが」
「そうですね」
(ウェルスリーの上か…)
ルークが対峙したあの隊は、明らかにウェルスリーの隊だった。ウェルスリーがこちら側を挑発することを前もって知っていたようだったし、ルークと話したことにも動じていなかった。反発する者が見当たらなかったのだ。
あの屋敷に入ったとき、ウェルスリーは長期間帰っておらず、執事も行く先を知らないと言っていた。おそらくあの執事は、ミアの魔の紋章がオッドアイの証であることは知らなかったとしても、当主が魔術師であることは知っていただろう。
ルークが滞在していたときに入れなかった、ウェルスリーの書斎と資料室には何かあると思うが、今のルークはミアと結婚し、義実家でもある。ややこしいことはしたくない。できればこのチャールズの執務室で、決定的な事情を掴みたいところだ。
「とりあえず、東方関連の資料を見てもいいですか」
「もちろんだ。ここにある資料は自由に見てもらって構わないし、なんならここに転移してきてもいい」
「ミアがいるのでそれはしません」
「ああ、そうか」
チャールズはふっと笑ったあと、すぐに真剣な雰囲気に戻った。その表情の変化に違和感を持ったルークは、本棚に向けていた意識をチャールズに向けた。
「義実家、だよな」
「そうなりますね」
「何か、思うことはあるか?」
(何か、とは?)
ミア自身はウェルスリー当主とほぼ面識がない状態で、当主はルークが殺した相手だ。今更、何を思うのだろう。
「ウェルスリーを倒した褒賞として、ミアをもらってるんですよ、僕は」
「そうか、そうだな…」
ただ、そのことをミア本人には伝えられていない。チャールズやエリザベスがミアと会うときに、話を合わせてもらう必要はある。
「気になることがあるとすれば、ミアにはまだ、僕がウェルスリーを殺して、ミアをもらったとは言えてないことくらいですかね」
「それはまあ、知りたがらなければいいんじゃないか。ミアの中ではまだ、父親は生きているんだな」
「消息不明だと思います。亡くなっているかもとは思っていても、確信はしていないか、考えたこともないかもしれません」
「分かった、合わせる」
それからのルークは、ミアを迎えに行く時間を気にしつつ、記録を漁る王宮生活を送った。屋敷に帰ってもミアと過ごしていない時間には、東方の問題を考えていた。何かがずっと引っかかって、思考を止められなかった。
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