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3.ふたりのオッドアイ魔術師
11.王宮内客室にて 1 後
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「その頃からずっと任務で…?」
「…子犬の姿でミアの魔の紋章を確認して、匂いで番なことも分かって。滞在期間が終わったら、次の特別任務は紋章の解放だろうと思った」
何気なくルークと一緒に過ごしてきたけど、ルークが背負っていたものが少しずつ見えてきて、怖くなった。何も知らずに、ルークに身を任せていた。そもそも、王命の特別任務がどれくらい大きなものなのか、ミアには想像がつかないものの、普通の任務とは別格に難易度の高いものだということくらいは分かった。
ルークは、騎士として知られているけど、オッドアイの魔術師だ。簡単に代わりがいる人ではないことも知っている。でも、それを今まで実感することはなかった。あの屋敷では、ずっとふたりきり、一日中一緒にいたのだから。
ルークが空いた手で、髪を撫でて梳いてくれる。ルークと一緒に住み始めた初日にも、同じことをしてくれていた。軋んでいた髪もいつの間にか、さらさらと風になびくようになった。ずっと、優しさをもらっていた。
話すのはルークで、思い出して辛いのもルークだ。顔を見ないように身体を離して、ぎゅっと大きな手を握った。
「…紋章の解放がどうやったらできるのか、書物にも書いてなかったけど、番だったから…」
首元で、ルークが息を吸い込むのを感じた。初夜の前からずっと、ルークはそうするのが好きだ。
「交わればどうにかできるかもしれないって思って、でも魔術師が交わるには心を通わせないと危険で。子犬の姿でミアと会っているときから、ミアといるのは心地よかったし、心の距離を縮めること自体は問題ないと思ってた」
ルークの声が震えていることに気付いていたけど、顔は上げられなかった。ルークが話し終えてからにしないと、きっと話すのを止めてしまう。
「…オッドアイは王家管理で、魔の紋章はオッドアイ持ちにしか生まれない模様だし、はじめに見たときから師匠経由でチャールズに報告してたんだ。それで、ミアと交わるために、褒賞として王命でミアと婚約すると同時に、紋章解放の特別任務を受けた。ミアが紋章の魔力を使えることを確認して、紋章を解放するために初夜を迎えるんだけど、もし失敗して、例えば魔力が暴走してミアを失うことになったらって考えると、正直重い任務だった。いや、重すぎるくらいかな」
結局ミアは、ルークの顔を見ずに最後まで話を聞くことを諦めた。同じく諦めたように笑う表情のルークの頬に手を当てて、流れる涙を拭う。部分的に聞いたことがある内容も聞こえてくるけど、ミアが見た、ルークの涙の跡の意味が、だんだんとはっきりしてくる。
「婚約期間中、任務を考えずに初夜を迎えられたらって、何度も思った。初夜が終わってから、気持ちよく交われた事実があって、中和ができて、紋章が消えて。これからもずっと一緒に居られるんだってほっとした」
ぽろぽろと零れる涙に触れて、頬を包むことしか、ミアにはできなかった。ルークは、ミアを死なせてしまうかもしれないと、そんな気持ちを持って初夜を迎えていた。こんなに近くにいるのに、酷い緊張具合だとしか思っていなかったことが恥ずかしい。下唇を噛んで、瞬きをしないように目を開く。
(ここで、私が泣くのは違う…!)
「ミアと一緒に暮らすようになって、楽しいとか寄り添いたいとか、あったかい気持ちになるのが増えた。だから余計に失いたくなかったんだよ」
ルークの頬に添えたミアの手に、大きな手が重なる。そのまま引き寄せられ、ぎゅっと結んでいた唇を割られた。
「お話は終わり。ゆっくり、抱かせて」
「ん……」
そんな話の後で、断る気は微塵もなかったし、むしろ今、ルークの気持ちを知った状態で抱かれたかった。ルークになら、どんなふうにされても許せるから。
☆
「…ねえ、ルーク」
「話し足りない?」
ルークが魔術で身体を綺麗にして、ベッドの中に潜ってからも、ミアの興味は尽きていなかった。この半年で艶や張りが年相応に近付いた茶髪を撫でながら、促した。
「ルークのご両親は、どんな人?」
「ああ…、チャールズが言ってたね、気になるよね」
チャールズが、ウィンダム魔術爵家との茶会を手配すると言っていたのを、ミアはしっかりと覚えていた。その真剣な目に負けて、ルークは生まれてから騎士として働くようになるまでのことを、大まかに話した。
オッドアイのせいで家族から虐げられ、魔術を使わなくなったこと。家系的に入った魔術学校で同じオッドアイのジョンに出会い、眼帯をつけるようになったこと。魔術を使う気になれなかったルークが騎士学校に転入して、子犬の姿になったのをきっかけに、魔術の勉強を始めたこと。
ジョンと一緒にチャールズに会いに行っていたこと。だから幼馴染で、遠慮がないこと。
実家であるウィンダム家には帰ったことがなく、学校や任務についている血縁者を遠目で見かけるだけだったこと。ウィンダム家の人間は、おそらく、騎士として戦果を上げているルークを、よく思っていないこと。
「ミアを会わせるときには、絶対に魔術で制圧することになる。何か仕掛けてくるに決まってるし」
「うん」
「ミアには何もさせない。魔術を使うことになるのは僕だけだ」
「うん……」
慣れない夕食会に出て、たくさんの話を聞いて、ルークの感情に任せた交わりに付き合ったミアの瞼が落ちてくる。きっとまだ疑問はあるのだろうが、体力の限界だろう。急ぐ必要もない。
(よく頑張ったよ、ゆっくりおやすみ)
話しかけずに待っていると、すうっと寝息が聞こえ始める。ルークは他の女性に興味がないため分かり得ないが、きっとミアの顔は整っていると言われるのだろう。ルーク以外の誰にも、この無防備なミアの表情を見られたくないと自覚するほどに、自分で自分に呆れる。ミアを失う事態になっていたら、魔力暴走を起こさなかったとしても、メンタルは壊れていたかもしれない。
一方で、褒賞をもらうことになった戦果については、まだ話せなかった。
これから、チャールズの元でエスト王国について調べていくことになるだろうが、ミアの父親であるウェルスリーが山賊と繋がっていて、そのウェルスリーをルークが殺した褒賞としてミアとの婚約と結婚があって、そして今があるなんて、いつになったら言えるのだろう。
それを聞いたミアが、ルークに向ける目を変えるとも思えないが、話せないならそのままでもいいのかもしれない。
「…子犬の姿でミアの魔の紋章を確認して、匂いで番なことも分かって。滞在期間が終わったら、次の特別任務は紋章の解放だろうと思った」
何気なくルークと一緒に過ごしてきたけど、ルークが背負っていたものが少しずつ見えてきて、怖くなった。何も知らずに、ルークに身を任せていた。そもそも、王命の特別任務がどれくらい大きなものなのか、ミアには想像がつかないものの、普通の任務とは別格に難易度の高いものだということくらいは分かった。
ルークは、騎士として知られているけど、オッドアイの魔術師だ。簡単に代わりがいる人ではないことも知っている。でも、それを今まで実感することはなかった。あの屋敷では、ずっとふたりきり、一日中一緒にいたのだから。
ルークが空いた手で、髪を撫でて梳いてくれる。ルークと一緒に住み始めた初日にも、同じことをしてくれていた。軋んでいた髪もいつの間にか、さらさらと風になびくようになった。ずっと、優しさをもらっていた。
話すのはルークで、思い出して辛いのもルークだ。顔を見ないように身体を離して、ぎゅっと大きな手を握った。
「…紋章の解放がどうやったらできるのか、書物にも書いてなかったけど、番だったから…」
首元で、ルークが息を吸い込むのを感じた。初夜の前からずっと、ルークはそうするのが好きだ。
「交わればどうにかできるかもしれないって思って、でも魔術師が交わるには心を通わせないと危険で。子犬の姿でミアと会っているときから、ミアといるのは心地よかったし、心の距離を縮めること自体は問題ないと思ってた」
ルークの声が震えていることに気付いていたけど、顔は上げられなかった。ルークが話し終えてからにしないと、きっと話すのを止めてしまう。
「…オッドアイは王家管理で、魔の紋章はオッドアイ持ちにしか生まれない模様だし、はじめに見たときから師匠経由でチャールズに報告してたんだ。それで、ミアと交わるために、褒賞として王命でミアと婚約すると同時に、紋章解放の特別任務を受けた。ミアが紋章の魔力を使えることを確認して、紋章を解放するために初夜を迎えるんだけど、もし失敗して、例えば魔力が暴走してミアを失うことになったらって考えると、正直重い任務だった。いや、重すぎるくらいかな」
結局ミアは、ルークの顔を見ずに最後まで話を聞くことを諦めた。同じく諦めたように笑う表情のルークの頬に手を当てて、流れる涙を拭う。部分的に聞いたことがある内容も聞こえてくるけど、ミアが見た、ルークの涙の跡の意味が、だんだんとはっきりしてくる。
「婚約期間中、任務を考えずに初夜を迎えられたらって、何度も思った。初夜が終わってから、気持ちよく交われた事実があって、中和ができて、紋章が消えて。これからもずっと一緒に居られるんだってほっとした」
ぽろぽろと零れる涙に触れて、頬を包むことしか、ミアにはできなかった。ルークは、ミアを死なせてしまうかもしれないと、そんな気持ちを持って初夜を迎えていた。こんなに近くにいるのに、酷い緊張具合だとしか思っていなかったことが恥ずかしい。下唇を噛んで、瞬きをしないように目を開く。
(ここで、私が泣くのは違う…!)
「ミアと一緒に暮らすようになって、楽しいとか寄り添いたいとか、あったかい気持ちになるのが増えた。だから余計に失いたくなかったんだよ」
ルークの頬に添えたミアの手に、大きな手が重なる。そのまま引き寄せられ、ぎゅっと結んでいた唇を割られた。
「お話は終わり。ゆっくり、抱かせて」
「ん……」
そんな話の後で、断る気は微塵もなかったし、むしろ今、ルークの気持ちを知った状態で抱かれたかった。ルークになら、どんなふうにされても許せるから。
☆
「…ねえ、ルーク」
「話し足りない?」
ルークが魔術で身体を綺麗にして、ベッドの中に潜ってからも、ミアの興味は尽きていなかった。この半年で艶や張りが年相応に近付いた茶髪を撫でながら、促した。
「ルークのご両親は、どんな人?」
「ああ…、チャールズが言ってたね、気になるよね」
チャールズが、ウィンダム魔術爵家との茶会を手配すると言っていたのを、ミアはしっかりと覚えていた。その真剣な目に負けて、ルークは生まれてから騎士として働くようになるまでのことを、大まかに話した。
オッドアイのせいで家族から虐げられ、魔術を使わなくなったこと。家系的に入った魔術学校で同じオッドアイのジョンに出会い、眼帯をつけるようになったこと。魔術を使う気になれなかったルークが騎士学校に転入して、子犬の姿になったのをきっかけに、魔術の勉強を始めたこと。
ジョンと一緒にチャールズに会いに行っていたこと。だから幼馴染で、遠慮がないこと。
実家であるウィンダム家には帰ったことがなく、学校や任務についている血縁者を遠目で見かけるだけだったこと。ウィンダム家の人間は、おそらく、騎士として戦果を上げているルークを、よく思っていないこと。
「ミアを会わせるときには、絶対に魔術で制圧することになる。何か仕掛けてくるに決まってるし」
「うん」
「ミアには何もさせない。魔術を使うことになるのは僕だけだ」
「うん……」
慣れない夕食会に出て、たくさんの話を聞いて、ルークの感情に任せた交わりに付き合ったミアの瞼が落ちてくる。きっとまだ疑問はあるのだろうが、体力の限界だろう。急ぐ必要もない。
(よく頑張ったよ、ゆっくりおやすみ)
話しかけずに待っていると、すうっと寝息が聞こえ始める。ルークは他の女性に興味がないため分かり得ないが、きっとミアの顔は整っていると言われるのだろう。ルーク以外の誰にも、この無防備なミアの表情を見られたくないと自覚するほどに、自分で自分に呆れる。ミアを失う事態になっていたら、魔力暴走を起こさなかったとしても、メンタルは壊れていたかもしれない。
一方で、褒賞をもらうことになった戦果については、まだ話せなかった。
これから、チャールズの元でエスト王国について調べていくことになるだろうが、ミアの父親であるウェルスリーが山賊と繋がっていて、そのウェルスリーをルークが殺した褒賞としてミアとの婚約と結婚があって、そして今があるなんて、いつになったら言えるのだろう。
それを聞いたミアが、ルークに向ける目を変えるとも思えないが、話せないならそのままでもいいのかもしれない。
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