上 下
34 / 103
3.ふたりのオッドアイ魔術師

11.王宮内客室にて 1 後

しおりを挟む
「その頃からずっと任務で…?」
「…子犬の姿でミアの魔の紋章を確認して、匂いで番なことも分かって。滞在期間が終わったら、次の特別任務は紋章の解放だろうと思った」

 何気なくルークと一緒に過ごしてきたけど、ルークが背負っていたものが少しずつ見えてきて、怖くなった。何も知らずに、ルークに身を任せていた。そもそも、王命の特別任務がどれくらい大きなものなのか、ミアには想像がつかないものの、普通の任務とは別格に難易度の高いものだということくらいは分かった。

 ルークは、騎士として知られているけど、オッドアイの魔術師だ。簡単に代わりがいる人ではないことも知っている。でも、それを今まで実感することはなかった。あの屋敷では、ずっとふたりきり、一日中一緒にいたのだから。

 ルークが空いた手で、髪を撫でて梳いてくれる。ルークと一緒に住み始めた初日にも、同じことをしてくれていた。軋んでいた髪もいつの間にか、さらさらと風になびくようになった。ずっと、優しさをもらっていた。

 話すのはルークで、思い出して辛いのもルークだ。顔を見ないように身体を離して、ぎゅっと大きな手を握った。

「…紋章の解放がどうやったらできるのか、書物にも書いてなかったけど、番だったから…」

 首元で、ルークが息を吸い込むのを感じた。初夜の前からずっと、ルークはそうするのが好きだ。

「交わればどうにかできるかもしれないって思って、でも魔術師が交わるには心を通わせないと危険で。子犬の姿でミアと会っているときから、ミアといるのは心地よかったし、心の距離を縮めること自体は問題ないと思ってた」

 ルークの声が震えていることに気付いていたけど、顔は上げられなかった。ルークが話し終えてからにしないと、きっと話すのを止めてしまう。

「…オッドアイは王家管理で、魔の紋章はオッドアイ持ちにしか生まれない模様だし、はじめに見たときから師匠経由でチャールズに報告してたんだ。それで、ミアと交わるために、褒賞として王命でミアと婚約すると同時に、紋章解放の特別任務を受けた。ミアが紋章の魔力を使えることを確認して、紋章を解放するために初夜を迎えるんだけど、もし失敗して、例えば魔力が暴走してミアを失うことになったらって考えると、正直重い任務だった。いや、重すぎるくらいかな」

 結局ミアは、ルークの顔を見ずに最後まで話を聞くことを諦めた。同じく諦めたように笑う表情のルークの頬に手を当てて、流れる涙を拭う。部分的に聞いたことがある内容も聞こえてくるけど、ミアが見た、ルークの涙の跡の意味が、だんだんとはっきりしてくる。

「婚約期間中、任務を考えずに初夜を迎えられたらって、何度も思った。初夜が終わってから、気持ちよく交われた事実があって、中和ができて、紋章が消えて。これからもずっと一緒に居られるんだってほっとした」

 ぽろぽろと零れる涙に触れて、頬を包むことしか、ミアにはできなかった。ルークは、ミアを死なせてしまうかもしれないと、そんな気持ちを持って初夜を迎えていた。こんなに近くにいるのに、酷い緊張具合だとしか思っていなかったことが恥ずかしい。下唇を噛んで、瞬きをしないように目を開く。

(ここで、私が泣くのは違う…!)

「ミアと一緒に暮らすようになって、楽しいとか寄り添いたいとか、あったかい気持ちになるのが増えた。だから余計に失いたくなかったんだよ」

 ルークの頬に添えたミアの手に、大きな手が重なる。そのまま引き寄せられ、ぎゅっと結んでいた唇を割られた。

「お話は終わり。ゆっくり、抱かせて」
「ん……」

 そんな話の後で、断る気は微塵もなかったし、むしろ今、ルークの気持ちを知った状態で抱かれたかった。ルークになら、どんなふうにされても許せるから。


 ☆


「…ねえ、ルーク」
「話し足りない?」

 ルークが魔術で身体を綺麗にして、ベッドの中に潜ってからも、ミアの興味は尽きていなかった。この半年で艶や張りが年相応に近付いた茶髪を撫でながら、促した。

「ルークのご両親は、どんな人?」
「ああ…、チャールズが言ってたね、気になるよね」

 チャールズが、ウィンダム魔術爵家との茶会を手配すると言っていたのを、ミアはしっかりと覚えていた。その真剣な目に負けて、ルークは生まれてから騎士として働くようになるまでのことを、大まかに話した。

 オッドアイのせいで家族から虐げられ、魔術を使わなくなったこと。家系的に入った魔術学校で同じオッドアイのジョンに出会い、眼帯をつけるようになったこと。魔術を使う気になれなかったルークが騎士学校に転入して、子犬の姿になったのをきっかけに、魔術の勉強を始めたこと。

 ジョンと一緒にチャールズに会いに行っていたこと。だから幼馴染で、遠慮がないこと。

 実家であるウィンダム家には帰ったことがなく、学校や任務についている血縁者を遠目で見かけるだけだったこと。ウィンダム家の人間は、おそらく、騎士として戦果を上げているルークを、よく思っていないこと。

「ミアを会わせるときには、絶対に魔術で制圧することになる。何か仕掛けてくるに決まってるし」
「うん」
「ミアには何もさせない。魔術を使うことになるのは僕だけだ」
「うん……」

 慣れない夕食会に出て、たくさんの話を聞いて、ルークの感情に任せた交わりに付き合ったミアの瞼が落ちてくる。きっとまだ疑問はあるのだろうが、体力の限界だろう。急ぐ必要もない。

(よく頑張ったよ、ゆっくりおやすみ)

 話しかけずに待っていると、すうっと寝息が聞こえ始める。ルークは他の女性に興味がないため分かり得ないが、きっとミアの顔は整っていると言われるのだろう。ルーク以外の誰にも、この無防備なミアの表情を見られたくないと自覚するほどに、自分で自分に呆れる。ミアを失う事態になっていたら、魔力暴走を起こさなかったとしても、メンタルは壊れていたかもしれない。

 一方で、褒賞をもらうことになった戦果については、まだ話せなかった。

 これから、チャールズの元でエスト王国について調べていくことになるだろうが、ミアの父親であるウェルスリーが山賊と繋がっていて、そのウェルスリーをルークが殺した褒賞としてミアとの婚約と結婚があって、そして今があるなんて、いつになったら言えるのだろう。

 それを聞いたミアが、ルークに向ける目を変えるとも思えないが、話せないならそのままでもいいのかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...