とあるオッドアイ魔術師と魔の紋章を持つ少女の、定められた運命

垣崎 奏

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3.ふたりのオッドアイ魔術師

10.王宮内客室にて 1 前

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 夕食会のあと、国王夫妻が泊まっていくよう指示し、半ば強制的に王宮内の客室に案内された。転移魔術が使えるため、一瞬で帰ることはできるのだが、めったに入れる部屋ではないのもあって、その好意に甘えることにした。

 基本的に自国の者が入ることはなく、外国の来賓のための部屋である。装飾も豪華で、小説の世界が好きなミアは、目を輝かせて部屋の細部まで確認していた。

(よかった、思ったほど疲れてはないんだね)

 使用人には、軽く部屋の説明をしてもらい、下がってもらった。当然、忘却魔術を掛けた。明日の朝も、ここから転移で帰るだろうから、使用人とは会わないだろう。

 不都合なことは、こうして揉み消すことも多い。だから、あまりに強力な魔術を扱えるオッドアイを、王家は隠すのだ。王家の秘密である未来予知について明け渡すことで、命の保障をする。つまり、国家を乗っ取らないと宣言している。

(エスト王国は、簒奪者が治めているんだっけ…)

 騎士服を脱ぐことすらせずに入った浴室には、すでに湯が張られていた。魔術で適温にしてから、ミアに入るよう声を掛けると、すぐに寄ってきた。

「…一緒には、入らない?」
「えっ」
「こんなに広いし…」
「ごめんね、また今度」
「うん」

 寂しそうな顔をするミアを、見なかったことにした。そっと背中を押して、浴室の扉を閉める。屋敷で使っているものはエリザベスに準備を頼んだため、ミアはこの客室に用意されたものも戸惑うことなく使えるだろう。

(誤魔化しきれなかった…)

 またひとつ、溜息を吐きながら客室に戻ったルークは、ジョンによって張られた結界の内側にもう一枚、結界を張った。王宮内の主要な部屋には当然、ジョンの結界が張られていて壊れる心配もないが、自分の魔力を内側に感じられるほうが安心できる。ジョンも、ルークの魔力だと察せられるし、感知されても問題ない。

 浴室から戻ってきたミアから、甘い良い匂いが漂ってくる。目を合わせられず、逃げるように浴室へ入った。

 ゆっくりと丁寧に身体を洗い、湯に浸かっても、ルークのざわつきは止まらなかった。ミアと、こんな良い部屋で過ごせることを、素直に喜べない。きっとミアは、不思議に思っていることだろう。ここではふたりきりで、このあと交わることも分かっているのに、なぜ風呂は拒んだのかと。

(何も聞かずに、抱かせてはくれないよね…)

 王家の紋が入ったナイトウェアに身を通すと、余計に落ち着かない。屋敷で着ているものと、生地もメーカーも同じなのに、紋があるだけで重みが異なる。

 ミアは、ベッドの縁に腰掛け、まっすぐルークを見ていた。その表情は、不安か心配か。目を逸らしたまま近付いて、真横に座ってその身体を引き寄せ、額にキスをした。

「ルーク」
「うん?」

 風呂あがりで、ふたりとも眼帯を外している。ピンクとヘーゼルの瞳に、身動きを許されなかった。ミアの手が伸びてきて、頬を挟まれた。

「どう、したの?」

 その唇に触れてから、ミアの顔が見えなくなるよう、肩に押し付けつつ抱き締めた。ちょっとした変化にも気付いてくれる関係が、夫婦なのだろうか。ミアの首元から、匂いを思い切り吸い込む。しっとりとした身体から、あたたかさを感じる。

 ミアの魔の紋章を解放することは任務で、今日チャールズに話せたことで完了した。その瞬間からルークとミアは、任務で一緒にいなければならない仲ではなくなった。番であり、夫婦である事実だけが残った。

(任務だったけど、任務ではなかったんだ)

 公と私で揺れていた、ルークのミアに対する感情が、完全に私事になったが、東方のエスト王国について、ミアの父親との関わりなど新しい問題が見えてきている。

 その感情の揺れが、ミアには筒抜けになっていた。抱き寄せて唇を奪って、そばから離したくなくなる。淑女教育も、ミアが喜ぶのは分かっていたが、屋敷の外に連れ回したいわけではなかった。週に二日とはいえ、今まで庭にしか出たことのないミアだ。魔力以外に、体調面など気にかかる部分はある。この半年、ずっとふたりで居られたのに、別行動もある日々が始まってしまう。

(ミアを改めて、僕のものにしたい。どこにも、行かないでほしい)

「……いつもと違うところだと、ちょっと緊張するんだよ。ここには入ったこともないし」

 出まかせを言ってみたものの、ミアに納得した様子はない。半年も朝から晩まで一緒にいれば、当然かもしれない。

「…分かった、話す」

 身体を離すと、ミアは無理に顔を見ようとしてこなかった。ベッドに並んで座ったまま、手を握ってくれる。初めてミアとソファに座って話したときと同じ仕草を、返してくれる。

「…ミアの魔の紋章を解くのは、王命の特別任務だったんだ。その任務が今日、さっきチャールズと会って話したことで終わって、今はもう任務が関係ない、ただの番で、ただの夫婦になれたんだよ」

 話すとは言ったが気恥ずかしく、握られているのをいいことに手を引いて、倒れてくるミアの唇を奪う。顔を見られたくなくて、そのまま首筋にもキスを落とす。

「だめ、ルーク…!」

 ミアのルークを止める声は、必死に聞こえた。額を合わせて、視線を落とす。

 ミアにとって、今こうして時間をとってルークを知ろうとすること自体、勇気の要ることなのかもしれない。ミアは、旧公爵邸からルークが連れてきた。右も左も分からず、ミアはルークに従うしか選択肢がなかった。

 いつか、話さないといけないとは思っていたが、今日になるとは思っていなかった。ミアとでは、初めて互いを知ったタイミングが異なっているし、ミアの違和感を解消するには、その辺りを話さないといけないのだろう。

「…ミアを初めて見たのは、ウェルスリー公爵家の屋敷の中庭だった」
「え?」

 その驚いた表情を確認し、またミアを腕の中に引き寄せ、抱き締めた。首元で匂いを嗅ぐ。あたたかくて、ほっとする。ミアは、ルークと初めて会ったのは自室だと思っているはずで、その予想は正しかった。

「あのときのミアは、花か何かを見ているところを執事に見つかって、屋敷の中に連れ戻されたんだ。それで、夜になったら子犬になって、様子を見に行くようになった。昼間に見かけたから、ミアの部屋に行くようになったんだよ。王命で公爵家を調べるように言われてたけど、何が調査対象なのかははっきりと教えてもらってなかった。それで聞き込みをして、執事と使用人が僕に話した家族構成から外れる人が、中庭で見たミアだった。チャールズが僕に、あの屋敷で調べてほしいことは、ミアについてだって分かった」

 抱き締めたままでよかった。事実を話すと、ミアの身体に力が入る。背中をそっと擦って、少しでも和らげようとする。聞きたいことはあるだろうから、キスをするのは止めておいた。
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