上 下
33 / 103
3.ふたりのオッドアイ魔術師

10.王宮内客室にて 1 前

しおりを挟む
 夕食会のあと、国王夫妻が泊まっていくよう指示し、半ば強制的に王宮内の客室に案内された。転移魔術が使えるため、一瞬で帰ることはできるのだが、めったに入れる部屋ではないのもあって、その好意に甘えることにした。

 基本的に自国の者が入ることはなく、外国の来賓のための部屋である。装飾も豪華で、小説の世界が好きなミアは、目を輝かせて部屋の細部まで確認していた。

(よかった、思ったほど疲れてはないんだね)

 使用人には、軽く部屋の説明をしてもらい、下がってもらった。当然、忘却魔術を掛けた。明日の朝も、ここから転移で帰るだろうから、使用人とは会わないだろう。

 不都合なことは、こうして揉み消すことも多い。だから、あまりに強力な魔術を扱えるオッドアイを、王家は隠すのだ。王家の秘密である未来予知について明け渡すことで、命の保障をする。つまり、国家を乗っ取らないと宣言している。

(エスト王国は、簒奪者が治めているんだっけ…)

 騎士服を脱ぐことすらせずに入った浴室には、すでに湯が張られていた。魔術で適温にしてから、ミアに入るよう声を掛けると、すぐに寄ってきた。

「…一緒には、入らない?」
「えっ」
「こんなに広いし…」
「ごめんね、また今度」
「うん」

 寂しそうな顔をするミアを、見なかったことにした。そっと背中を押して、浴室の扉を閉める。屋敷で使っているものはエリザベスに準備を頼んだため、ミアはこの客室に用意されたものも戸惑うことなく使えるだろう。

(誤魔化しきれなかった…)

 またひとつ、溜息を吐きながら客室に戻ったルークは、ジョンによって張られた結界の内側にもう一枚、結界を張った。王宮内の主要な部屋には当然、ジョンの結界が張られていて壊れる心配もないが、自分の魔力を内側に感じられるほうが安心できる。ジョンも、ルークの魔力だと察せられるし、感知されても問題ない。

 浴室から戻ってきたミアから、甘い良い匂いが漂ってくる。目を合わせられず、逃げるように浴室へ入った。

 ゆっくりと丁寧に身体を洗い、湯に浸かっても、ルークのざわつきは止まらなかった。ミアと、こんな良い部屋で過ごせることを、素直に喜べない。きっとミアは、不思議に思っていることだろう。ここではふたりきりで、このあと交わることも分かっているのに、なぜ風呂は拒んだのかと。

(何も聞かずに、抱かせてはくれないよね…)

 王家の紋が入ったナイトウェアに身を通すと、余計に落ち着かない。屋敷で着ているものと、生地もメーカーも同じなのに、紋があるだけで重みが異なる。

 ミアは、ベッドの縁に腰掛け、まっすぐルークを見ていた。その表情は、不安か心配か。目を逸らしたまま近付いて、真横に座ってその身体を引き寄せ、額にキスをした。

「ルーク」
「うん?」

 風呂あがりで、ふたりとも眼帯を外している。ピンクとヘーゼルの瞳に、身動きを許されなかった。ミアの手が伸びてきて、頬を挟まれた。

「どう、したの?」

 その唇に触れてから、ミアの顔が見えなくなるよう、肩に押し付けつつ抱き締めた。ちょっとした変化にも気付いてくれる関係が、夫婦なのだろうか。ミアの首元から、匂いを思い切り吸い込む。しっとりとした身体から、あたたかさを感じる。

 ミアの魔の紋章を解放することは任務で、今日チャールズに話せたことで完了した。その瞬間からルークとミアは、任務で一緒にいなければならない仲ではなくなった。番であり、夫婦である事実だけが残った。

(任務だったけど、任務ではなかったんだ)

 公と私で揺れていた、ルークのミアに対する感情が、完全に私事になったが、東方のエスト王国について、ミアの父親との関わりなど新しい問題が見えてきている。

 その感情の揺れが、ミアには筒抜けになっていた。抱き寄せて唇を奪って、そばから離したくなくなる。淑女教育も、ミアが喜ぶのは分かっていたが、屋敷の外に連れ回したいわけではなかった。週に二日とはいえ、今まで庭にしか出たことのないミアだ。魔力以外に、体調面など気にかかる部分はある。この半年、ずっとふたりで居られたのに、別行動もある日々が始まってしまう。

(ミアを改めて、僕のものにしたい。どこにも、行かないでほしい)

「……いつもと違うところだと、ちょっと緊張するんだよ。ここには入ったこともないし」

 出まかせを言ってみたものの、ミアに納得した様子はない。半年も朝から晩まで一緒にいれば、当然かもしれない。

「…分かった、話す」

 身体を離すと、ミアは無理に顔を見ようとしてこなかった。ベッドに並んで座ったまま、手を握ってくれる。初めてミアとソファに座って話したときと同じ仕草を、返してくれる。

「…ミアの魔の紋章を解くのは、王命の特別任務だったんだ。その任務が今日、さっきチャールズと会って話したことで終わって、今はもう任務が関係ない、ただの番で、ただの夫婦になれたんだよ」

 話すとは言ったが気恥ずかしく、握られているのをいいことに手を引いて、倒れてくるミアの唇を奪う。顔を見られたくなくて、そのまま首筋にもキスを落とす。

「だめ、ルーク…!」

 ミアのルークを止める声は、必死に聞こえた。額を合わせて、視線を落とす。

 ミアにとって、今こうして時間をとってルークを知ろうとすること自体、勇気の要ることなのかもしれない。ミアは、旧公爵邸からルークが連れてきた。右も左も分からず、ミアはルークに従うしか選択肢がなかった。

 いつか、話さないといけないとは思っていたが、今日になるとは思っていなかった。ミアとでは、初めて互いを知ったタイミングが異なっているし、ミアの違和感を解消するには、その辺りを話さないといけないのだろう。

「…ミアを初めて見たのは、ウェルスリー公爵家の屋敷の中庭だった」
「え?」

 その驚いた表情を確認し、またミアを腕の中に引き寄せ、抱き締めた。首元で匂いを嗅ぐ。あたたかくて、ほっとする。ミアは、ルークと初めて会ったのは自室だと思っているはずで、その予想は正しかった。

「あのときのミアは、花か何かを見ているところを執事に見つかって、屋敷の中に連れ戻されたんだ。それで、夜になったら子犬になって、様子を見に行くようになった。昼間に見かけたから、ミアの部屋に行くようになったんだよ。王命で公爵家を調べるように言われてたけど、何が調査対象なのかははっきりと教えてもらってなかった。それで聞き込みをして、執事と使用人が僕に話した家族構成から外れる人が、中庭で見たミアだった。チャールズが僕に、あの屋敷で調べてほしいことは、ミアについてだって分かった」

 抱き締めたままでよかった。事実を話すと、ミアの身体に力が入る。背中をそっと擦って、少しでも和らげようとする。聞きたいことはあるだろうから、キスをするのは止めておいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

戦神、この地に眠る

宵の月
恋愛
 家名ではなく自身を認めさせたい。旧家クラソン家の息女エイダは、そんな思いを抱き新聞記者として日々奮闘していた。伝説の英雄、戦神・セスの未だ見つからない墓所を探し出し、誰もが無視できない功績を打ち立てたい。  歴史への言及を拒み続ける戦神の副官、賢人・ジャスパーの直系子孫に宛て、粘り強く手紙を送り続けていた。熱意が伝わったのか、ついに面談に応じると返事が届く。  エイダは乗り物酔いに必死に耐えながら、一路、伝説が生まれた舞台の北部「ヘイヴン」へと向かった。  当主に出された奇妙な条件に従い、ヘイヴンに留まるうちに巻き込まれた、ヘイヴン家の孫・レナルドとの婚約騒動。レナルドと共に厳重に隠されていた歴史を紐解く時間が、エイダの心にレナルドとの確かな絆と変化をもたらしていく。  辿り着いた歴史の真実に、エイダは本当に求める自分の道を見つけた。  1900年代の架空の世界を舞台に、美しく残酷な歴史を辿る愛の物語。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...