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3.ふたりのオッドアイ魔術師
8.女性同士の内緒話 1
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「悪いが、エリザベス、ミア、席を外してほしい」
「分かりました。ミア、私とこちらへ。甘い物でも持ってこさせましょう」
国王夫妻の言葉に従って、ミアはチェアから降りた。さっき、ルークに手を握ってもらって、息がしやすくなった。身体が自分のものに戻った感覚がする。前の家で、自室に逃げ込めたときみたいだった。今のほうが、全然いい環境なのは間違いないのに。
食卓の上はそのままでよかったのか分からないが、ルークが微笑んでくれたのを見て、エリザベスについていくことを優先した。入ったのは食堂の奥にある小さな部屋で、その広さに見合わないほど大きな鏡が置かれていた。
「ここはかしこまった食事会で使う、メイク直しの部屋なの。狭いけれど、あの三人の話はそこまで長くないはずだし、ここで待っていましょう」
「はい」
エリザベスがすっとスツールに腰を下ろしたのを見て、倣った。場所がないため、対面ではなく隣だ。
ベルで呼ばれた使用人が、小さなテーブルに紅茶と焼菓子を並べてくれる。エリザベスを伺うと「どうぞ」と促されたので、口をつけた。ルークと住み始めたころみたく、立場が上の人の言うことには従っておいて間違いはないだろう。
公爵家にいたときは、口に入れるものがこんなに美味しいと思わなかった。ルークの作る料理で、食べ物への見方が変わって、たくさん食べたいと思うようになった。
「美味しい?」
「はい、とても」
「よかった。料理番が喜ぶわ」
エリザベスとこの小さな部屋で、ふたりきりだ。ふと、エリザベスがルークに言っていた言葉を思い出した。服や櫛など、ルークが特別使わないものもしっかりと用意されていたのは気づいていた。ミアの準備を整えてくれたのは、この方だ。
「あ、あの…」
言葉が上手く続かない。横顔を伺おうとすると、エリザベスはミアを見て、にこやかに笑いかけてくれた。
(王妃様だ……)
「そのワンピース、よく似合っているわね。ルークに頼まれて、選んだもののひとつなの。ミアは知っていたかしら?」
「いえ…」
ルークと暮らしている屋敷にあるものが、どうやって準備されたのかなんて、考えたことがなかった。使用人のいない家で、掃除などが大変だろうと思ったことはあるが、魔術があればどうにでもできるのを、今は知っている。
「こんなこと、ルークがいないところで話したって知ったら絶対に怒るから、私たちだけの秘密よ?」
(……?)
エリザベスが楽しそうに砕けて話しかけてくるため、その秘密の共有を受け入れることにした。
「ルークは、女性に対して興味が薄かったのよ。まだ若いのに、女性と仲良くしているような素振りも噂もなくて。でもいきなり婚約することになって、その準備をいろいろと頼んできたの。あのひとりで何でもこなしてしまうルークが、よ? 想像できる?」
ミアが首を横に振ると、「私も頼まれるとは思っていなかったわ」と、エリザベスが続ける。
「それで、少し手伝ったの。初夜はルークが酷く緊張していたようだけど、今日会って確認できてよかったわ。ふたりとも幸せそうだもの、新婚そのものね」
まっすぐにミアと目を合わせるブラウンの瞳は、さっきの王妃の目とは異なっているように見える。ルークとミアの新婚夫妻に対して、面白がっている印象が強かった。小説に出てくる貴族令嬢の会話とは、こういうものなのだろう。
初夜でミアの紋章の解放の可能性があったとはいえ、それを除いてもルークは異常に緊張していた。交わることも初めてだと言っていたから、エリザベスの言う、ルークが女性慣れしていないことも本当なのだろう。
「それで…」
「そう、だからさっき、なんで会わせてくれないのって言ったの。このお腹だとドレスも着られなくて、式は見合わせたから。ずっと会いたかったのよ?」
王妃であるエリザベスから、直接そんな言葉をかけられるとは思ってもいなくて、持ち上げようとしたティーカップがカシャンと音を立ててしまう。
「気にしないで、公式の場ではないわ。貴女がご実家でまともに過ごしていないことも、学校教育を受けていないことも知っているし、あまり緊張しすぎないで。難しい話でしょうけど…」
エリザベスが、身振り手振りでミアを落ち着かせようとする。ルークの妻になったのだから、こういったこともスムーズにできるようにならないといけないのだろう。
食事中も、ルークは慣れているように思えた。家ではあんなに何本もカトラリーを見ることがなく、ルークを盗み見て食べていたことに、きっとエリザベスは気付いている。王宮に来れば、そういったことも教えてもらえるはずだ。
「王宮内だと、こんなふうに気楽に話せる人がいないのよ。私に会いに来てもらうのも、ルークに言ったとおり淑女教育もするけど、一番の理由は話し相手が欲しいから。王家に入ってしまうと、情報管理のせいでそれまでの友人とは話しにくくなってしまうの。チャールズはできる限り相手をしてくれるけれど、国王だからそれなりに忙しいし」
エリザベスは、本当に話すのが好きらしい。今までミアと話すのはルークだけだったから、その言葉数に相槌を打つのが精一杯だったが、ミアがゆっくりと紅茶をすすりながら、焼菓子をほおばりながらでも、エリザベスは次々話した。
でも、ただの話し相手なら、誰でもよかったのではないだろうか。エリザベスが紅茶を飲むために、言葉を切った。ミアが疑問を持ったことに気付いたのかもしれない。
「…どうして、私を?」
「ルークのお相手というのもあるけれど、それより大きいのはその瞳ね。オッドアイについて、何か聞いてる?」
魔力が強いことは分かったし、王家に会わないといけないのも聞いたが、その理由まではまだ聞いていない。ミアが首を横に振ると、教えてくれた。
「オッドアイを持つ者は、その存在自体が王家の機密事項で、セントレ王国のなかでも私たち王家しかその能力、魔力の高さを知らないの。オッドアイが虐げられるのは、珍しくて、普通の人にはないものだから。ルークもジョンも、ミアも眼帯をして目を片方隠しているでしょう? オッドアイを隠すほうが、生活しやすいのよ。ルークは隠すまで、小さいころは随分苦労したみたいだけど」
「え」
「詳しくは、ルーク本人に聞くといいわ。たぶん、ミアになら話すんじゃないかしら」
思わず声が出てしまっても、エリザベスは怒らなかった。ルークもそうだが、ミアが何かやってみても、あの屋敷にいたときのように怒鳴られることはない。
「それから、オッドアイの人たちは王家の秘密を知っているのだけど、さすがにチャールズから聞いたほうがいいと思う。私からは言わないでおくわ。その秘密の共有があるから、私たちの間には上下関係があるようでないの」
王家の秘密については、興味を持てなかった。それよりも、ルークの過去が気になった。さっき、食堂での話のなかで、ルークは血縁者と会うのを嫌がっていたから、そこと繋がるのだろう。直接聞いて、全てを教えてくれるとは限らないけど、言ってみなければ始まらない。
この半年、ルークとは血の繋がった家族について話題にしたことはなかった。屋敷の生活を思い出さないようにと、ルークがミアのために持ち出さなかったのだと思っていたけど、ルーク自身も思い出したくなかったのかもしれない。
「これから、私と話す機会はたくさん訪れるわ。少しずつ、伝えていくわね」
エリザベスに頷いて、その心地いい空間に身を任せ、またひとつ、焼菓子に手を伸ばした。
「分かりました。ミア、私とこちらへ。甘い物でも持ってこさせましょう」
国王夫妻の言葉に従って、ミアはチェアから降りた。さっき、ルークに手を握ってもらって、息がしやすくなった。身体が自分のものに戻った感覚がする。前の家で、自室に逃げ込めたときみたいだった。今のほうが、全然いい環境なのは間違いないのに。
食卓の上はそのままでよかったのか分からないが、ルークが微笑んでくれたのを見て、エリザベスについていくことを優先した。入ったのは食堂の奥にある小さな部屋で、その広さに見合わないほど大きな鏡が置かれていた。
「ここはかしこまった食事会で使う、メイク直しの部屋なの。狭いけれど、あの三人の話はそこまで長くないはずだし、ここで待っていましょう」
「はい」
エリザベスがすっとスツールに腰を下ろしたのを見て、倣った。場所がないため、対面ではなく隣だ。
ベルで呼ばれた使用人が、小さなテーブルに紅茶と焼菓子を並べてくれる。エリザベスを伺うと「どうぞ」と促されたので、口をつけた。ルークと住み始めたころみたく、立場が上の人の言うことには従っておいて間違いはないだろう。
公爵家にいたときは、口に入れるものがこんなに美味しいと思わなかった。ルークの作る料理で、食べ物への見方が変わって、たくさん食べたいと思うようになった。
「美味しい?」
「はい、とても」
「よかった。料理番が喜ぶわ」
エリザベスとこの小さな部屋で、ふたりきりだ。ふと、エリザベスがルークに言っていた言葉を思い出した。服や櫛など、ルークが特別使わないものもしっかりと用意されていたのは気づいていた。ミアの準備を整えてくれたのは、この方だ。
「あ、あの…」
言葉が上手く続かない。横顔を伺おうとすると、エリザベスはミアを見て、にこやかに笑いかけてくれた。
(王妃様だ……)
「そのワンピース、よく似合っているわね。ルークに頼まれて、選んだもののひとつなの。ミアは知っていたかしら?」
「いえ…」
ルークと暮らしている屋敷にあるものが、どうやって準備されたのかなんて、考えたことがなかった。使用人のいない家で、掃除などが大変だろうと思ったことはあるが、魔術があればどうにでもできるのを、今は知っている。
「こんなこと、ルークがいないところで話したって知ったら絶対に怒るから、私たちだけの秘密よ?」
(……?)
エリザベスが楽しそうに砕けて話しかけてくるため、その秘密の共有を受け入れることにした。
「ルークは、女性に対して興味が薄かったのよ。まだ若いのに、女性と仲良くしているような素振りも噂もなくて。でもいきなり婚約することになって、その準備をいろいろと頼んできたの。あのひとりで何でもこなしてしまうルークが、よ? 想像できる?」
ミアが首を横に振ると、「私も頼まれるとは思っていなかったわ」と、エリザベスが続ける。
「それで、少し手伝ったの。初夜はルークが酷く緊張していたようだけど、今日会って確認できてよかったわ。ふたりとも幸せそうだもの、新婚そのものね」
まっすぐにミアと目を合わせるブラウンの瞳は、さっきの王妃の目とは異なっているように見える。ルークとミアの新婚夫妻に対して、面白がっている印象が強かった。小説に出てくる貴族令嬢の会話とは、こういうものなのだろう。
初夜でミアの紋章の解放の可能性があったとはいえ、それを除いてもルークは異常に緊張していた。交わることも初めてだと言っていたから、エリザベスの言う、ルークが女性慣れしていないことも本当なのだろう。
「それで…」
「そう、だからさっき、なんで会わせてくれないのって言ったの。このお腹だとドレスも着られなくて、式は見合わせたから。ずっと会いたかったのよ?」
王妃であるエリザベスから、直接そんな言葉をかけられるとは思ってもいなくて、持ち上げようとしたティーカップがカシャンと音を立ててしまう。
「気にしないで、公式の場ではないわ。貴女がご実家でまともに過ごしていないことも、学校教育を受けていないことも知っているし、あまり緊張しすぎないで。難しい話でしょうけど…」
エリザベスが、身振り手振りでミアを落ち着かせようとする。ルークの妻になったのだから、こういったこともスムーズにできるようにならないといけないのだろう。
食事中も、ルークは慣れているように思えた。家ではあんなに何本もカトラリーを見ることがなく、ルークを盗み見て食べていたことに、きっとエリザベスは気付いている。王宮に来れば、そういったことも教えてもらえるはずだ。
「王宮内だと、こんなふうに気楽に話せる人がいないのよ。私に会いに来てもらうのも、ルークに言ったとおり淑女教育もするけど、一番の理由は話し相手が欲しいから。王家に入ってしまうと、情報管理のせいでそれまでの友人とは話しにくくなってしまうの。チャールズはできる限り相手をしてくれるけれど、国王だからそれなりに忙しいし」
エリザベスは、本当に話すのが好きらしい。今までミアと話すのはルークだけだったから、その言葉数に相槌を打つのが精一杯だったが、ミアがゆっくりと紅茶をすすりながら、焼菓子をほおばりながらでも、エリザベスは次々話した。
でも、ただの話し相手なら、誰でもよかったのではないだろうか。エリザベスが紅茶を飲むために、言葉を切った。ミアが疑問を持ったことに気付いたのかもしれない。
「…どうして、私を?」
「ルークのお相手というのもあるけれど、それより大きいのはその瞳ね。オッドアイについて、何か聞いてる?」
魔力が強いことは分かったし、王家に会わないといけないのも聞いたが、その理由まではまだ聞いていない。ミアが首を横に振ると、教えてくれた。
「オッドアイを持つ者は、その存在自体が王家の機密事項で、セントレ王国のなかでも私たち王家しかその能力、魔力の高さを知らないの。オッドアイが虐げられるのは、珍しくて、普通の人にはないものだから。ルークもジョンも、ミアも眼帯をして目を片方隠しているでしょう? オッドアイを隠すほうが、生活しやすいのよ。ルークは隠すまで、小さいころは随分苦労したみたいだけど」
「え」
「詳しくは、ルーク本人に聞くといいわ。たぶん、ミアになら話すんじゃないかしら」
思わず声が出てしまっても、エリザベスは怒らなかった。ルークもそうだが、ミアが何かやってみても、あの屋敷にいたときのように怒鳴られることはない。
「それから、オッドアイの人たちは王家の秘密を知っているのだけど、さすがにチャールズから聞いたほうがいいと思う。私からは言わないでおくわ。その秘密の共有があるから、私たちの間には上下関係があるようでないの」
王家の秘密については、興味を持てなかった。それよりも、ルークの過去が気になった。さっき、食堂での話のなかで、ルークは血縁者と会うのを嫌がっていたから、そこと繋がるのだろう。直接聞いて、全てを教えてくれるとは限らないけど、言ってみなければ始まらない。
この半年、ルークとは血の繋がった家族について話題にしたことはなかった。屋敷の生活を思い出さないようにと、ルークがミアのために持ち出さなかったのだと思っていたけど、ルーク自身も思い出したくなかったのかもしれない。
「これから、私と話す機会はたくさん訪れるわ。少しずつ、伝えていくわね」
エリザベスに頷いて、その心地いい空間に身を任せ、またひとつ、焼菓子に手を伸ばした。
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